機龍世紀1stC:バルディ戦記Ⅱ~最果ての黄金龍~
遥か――、この惑星の民が”支配民”によって支配されていた時代。世界を統べる神々はその正気を失い、狂いし神々となって生あるものを滅ぼそうとした。
支配民は、その叡智”天の魔導”をもって対神兵器――、虚ろな人造生命”機龍”を生み出し、その力を持って狂いし神々を異空に封じたのである。
その後、支配民は人々の前から姿を消し、機龍は【原龍種】として後のあらゆる龍種の祖先となった。
世界に残された【原龍種】は、世界の管理こそ使命と考えた。人類文明の背後にあって、密かにそれを支配していたのである。
――それは人々を守るということではない。世界の管理のために、ときに繁栄させ――、ときに滅亡させ――、それは自らを最上位種であると奢る行為であった。
しかし、神々との戦いより遙か未来――、とある地方にて、漆黒の魔龍が人々の目の前に現れる。彼女は人とともに世界を回り、人類文明の背後にいた【原龍種】をことごとく討ち滅ぼした。
かくして、【原龍種】による支配の時代は終わり、人類繁栄の時代を迎えたのである。
その時、黄金龍ルナーは憤っていた。
「黒龍よ――、なぜだ?! なぜ人間どもを自由にさせるのを良しとする!!」
「……」
紅蓮の炎の中心にて、漆黒の巨龍の目前で倒れ伏す黄金龍ルナーは、そう叫びながら身を起こそうとする。
「無駄だ――、もはや手足は崩壊し……再生の眠りを得なければ再び動くまい」
「く――、我を完全に滅ぼすつもりはないと?! 情をかけるか――」
「そうだな……、少なくともかの大虐殺は、お前なりに人類種の保存を考えて行ったことであろう? 貴様は、愚かで無知だが――絶対悪とは言えぬ」
「当然だ!! 世界の存続――、生命種の保存――、それこそが我らが使命であり……」
その黄金龍の言葉を、憎しみの目で見つめる無数の目がある。
炎に巻かれながら、それでも武器を持って黄金龍を見つめる人々――。それは、そこにかつてあった王国の人々であり……。
黒龍は小さくため息をついてから言う。
「そもそも――、痛みを容易に得られぬ我らが、人々の痛みを理解する事自体難しい話であったのだ」
「なに?」
「我らは神々に対抗すべく生まれた兵器――、痛みを感じる事はほぼ無きに等しい。だからこそ――、こうして容易に痛みを感じる人々の苦しみを理解できず、ソレを保存することが使命などと奢ってしまった」
「……何を言っている?!」
その黄金龍の言葉を――、心底残念に想いながら黒龍は言う。
「黄金龍ルナー――。種の保存を語って王国を滅ぼした邪竜よ……、千年を越える憎悪をその身に受けながら……、人々のささやかな生活の日々を見つめ続けるといい」
「何を言っている!! 我らは”主”より――、世界を守れと……」
「――お前達は、”主”の意志を間違ったのだ」
その瞬間、黄金龍の全身は光りに包まれる。そのまま周囲に無数の魔法陣が展開し――、その場に黄金龍の断末魔の叫びが響いたのである。
◇◆◇
――ああ、人はなんと愚かしいのか。
黄金龍ルナーは封印の中から人々の営みを見つめ続ける。
人々は自分自身が脆弱であるくせに、より弱いものを食い物にすることを良しとする。そうして多くの弱者や他生物を支配し喜んでいる。
黒龍は――、一体この愚かしい生命に、何を見出したというのか?
ふと、今日も封印に人が近づくのを感じる。それはここ最近幾度も感じたものであり――、
「――邪龍様……、今日もご主人様にいじめられました。どうか……あの男に死の鉄槌を……」
ああ――、なんと愚かな。私を神かなんかと勘違いしているのであろうか?
その娘はここ最近封印地帯にやって来ては、小さな供物を捧げてくる。
おそらく――、そうすれば自分をいじめる”主人”とやらが天罰を受けると思っているのであろう。
その時、その娘が驚きの表情で後ろを振り向く。そこにその男が立っていた。
「君は――」
「あ、ああ……」
娘は恐怖の表情を作る。男はその様子に少しため息を付いて言った。
「怖がる必要はない――、俺の名はバルディ・ムーア――、マストニカ公国から来た学者だよ」
「学者――さま?」
「そうだ――、ここにかつて暴れたという【原龍種】の墳墓があると聞いてな」
「……」
男の言葉に娘は俯く。それを見て男は言った。
「――ここら一体は禁忌の場所……だったか? 大丈夫、俺は王国からの調査依頼で動いているから許可は取っているんだ」
「あの……ごめんなさい」
「何を謝る? ……まあ、禁忌の場所にいる事を罪と感じているのかな?」
娘は小さく頷いて男は優しげに笑った。
「だったら……、誰か来る前に家に帰るといい。俺は君のことを見なかったし、知らないからな」
「え?」
男の言葉に顔を上げる娘。
「子供なら――、こういう場所に一度は踏み込むものさ。誰にも何の言わないから安心して帰るといい」
「あ……ありがとう学者様」
「ふ……バルディだよ」
娘は頭を下げるとそそくさとその場を立ち去った。男はそれをしばらく見送った後、封印へと近づいてきたのである。
「このささげ物は――、さっきの娘か」
そう呟いてから封印に手を触れる男。そして、そのまま目を瞑って呪文を唱え始めた。
【I use the soul mark as a proof of the contract.】
[Deployment: GeneralPurposeAnalysisApp420511 Ver 31.22]
[Connect: Dragonis]
[Boot up: Provenance Research]
男の周囲に魔法陣が展開し――、そして男は顔をしかめた。
「ふむ――、ここに封じられた【原龍種】は、確かにかつてのホーマの大虐殺を行った邪龍だな。本人の成したことだけではなく、それに関わった者たちの憎悪が未だに残っている」
男は静かに立ち上がって、そして周囲を調べ始めた。そうした調査行動はそれから数時間に及んだ。
「――バルディ様」
不意に新たな男がその場に現れる。微笑みを顔に貼り付けた優男である。
「調査は進んでおりますかな?」
「ああ……、無論だともヘクター殿。封印の本格的な調査は明日にしたいと思っているが」
「そうですか――、もしこの封印内の【原龍種】がいまだに生きているなら、それは国防に関わる話ですし、なるべく早くお願いできますか?」
「任せておくといい。明日の本格的な調査で報告書をまとめよう」
「お願いします」
そう言って頭を下げるヘクターと呼ばれた男。それは一瞬封印の方を見て――、そして怪しげな微笑みを浮かべた。
――あの男……、
黄金龍はあの男の目を見て嫌なものを感じた。それは――欲にかられた愚か者の目であった。
――そうか――、
その一瞬で黄金龍は悟る――、あのバルディという男はまだしも、あのヘクターという男は何か欲を持って自分を見つめているのだと。
そしてその果てに、あのヘクターという男は、愚かな行動に出るであろうということを。
――そして、それは後に現実となる。
◇◆◇
「さて――、ライオネル導師……わかっておるな?」
「はい準備は万全でございます」
あれから数ヶ月後、黄金龍が封印されている地に、無数の機器が運び込まれ始めた。
それはかのヘクター――、その土地の領主である伯爵の指示で運び込まれた、その顧問である魔導学者ライオネルが完成させた大型の魔導機器の部品であった。
ヘクターは顔を醜く歪ませて笑う。
「ライオネル導師――、邪龍を復活させた後に、その精神を支配下において我が傀儡とする。それがなされれば貴様も魔導学者の頂点に立つことが出来るぞ」
「無論ですとも――。そのために長年研究をしてきたのです。必ずや成功いたします」
ライオネルはそう言って笑いながら魔導機器のコンソールを操作する。そして――、
「では――、封印の破壊を行いますので……、そのためのリソースを準備してください」
「わかった……」
ヘクターが背後の兵に指示を下すと、その場に数人のボロを着た人々が連れてこられる。
そして――その中には……、
「ご主人様? 何を……」
そう言って困惑の表情を浮かべるのは、いつも邪龍に供物を捧げていた娘であった。
その娘を含めたその人々に向かってヘクターは言う。
「喜ぶがいい――、貴様らはその生命をもってこの俺の役に立つのだ」
「え?」
その言葉を聞いてボロを着た人々は困惑の表情を浮かべる。それを嘲笑するように眺めるヘクターは背後の兵に指示を下した。
「連中の首を切り落とせ――、脳は傷をつけるなよ?」
その言葉に兵士たちは静かに従った。――そして、その場に地獄が広がる。
◇◆◇
――ああ、やはり人は愚かであったか……。
封印の中から黄金龍は顛末を見届ける。
多くの人が死んでゆく――、その首を切り取られてゆく。そして――あの娘も……、
「……」
黄金龍はかつてを思い出す。娘が――、自分の封印に供物を捧げながら語ったことを。
「邪龍様――、私には夢があるのです。大人になって、恋をして、子供を生んで――、そんなささやかな夢が」
――でも、ソレはもはや敵わぬ夢。そうだ――、あの男の欲望が娘の夢を食らい尽くすのだ。
不意に黄金龍は心に憤りを得る。――愚か……、あの娘のささやかな夢すらあの男は。
その瞬間、封印がその力を失う。娘は――、その意志のない瞳を空へと向けて死んでいた。
「あああああああああああああ!!」
◇◆◇
黄金龍は復活しその咆哮を天へと放つ。
すぐさまライオネル導師は魔導機器を起動させるが――、
「な?!」
それは機能をせずに停止したのである。
「どうした?! ライオネル!!」
「失敗――、失敗だと?!」
その絶望的な言葉にヘクターは絶句する。その場に巨大な機械の龍神が歩み寄ってきた。
「人間――、お前は……何を思って我の封印を解いた」
「あ……ああ――」
あまりの事態にヘクターは次の言葉を発することが出来ずにいた。
「欲か? 世界の支配を欲したのか?! 愚かしくも――、弱き者のささやかな夢を壊して」
「ああ……」
「答えよ!!」
ヘクターは泡を吹きながらその場に倒れる。ライオネルも恐怖でその場で失禁して跪いた。
「ああ――黒龍よ……、結局人は愚かではないか!! 何が――、”我は間違えた”と言うのか」
不意に――、どこからか銃声が響く。
黄金龍がその銃声のした方を見るとそこに兵士たちが立っていた。
「ヘクター様を守れ!!」
「……」
それを見て黄金龍は疑問を得る。なぜ――、このような愚かな男を命がけで守ろうというのか。
「その男のどこに守る価値がある!!」
黄金龍はそう叫ぶがそれには答えず、兵士たちは弱い力で立ち向かってくる、
「愚かな――」
黄金龍はその手を振るう――、それで多くの兵士たちは血溜まりに沈んだ。
「愚かな――、なぜ」
しかし、残った兵士たちはそれでも黄金龍に立ち向かってくる。その目に確かな意思を込めて。
(なぜだ?! なぜ?)
兵士を皆殺しにしつつ、その疑問を思考していた黄金龍は、その視線の端に走りくる鉄騎馬を見た。
「おいおい――、いくら領地を守るためって、コイツを復活させたのか?!」
そう言って怒りに顔を歪めるのはバルディという男であった。
「――貴様」
やっと現れた話の出来そうな男に、黄金龍はその言葉を放った。
「バルディとか言ったか――、貴様は……この愚か者の事を知っているな?」
「……愚か者……か、確かにそうだな」
「なぜコイツらは命がけでこの愚か者を守ろうとした」
その言葉にバルディは、ため息を付いて答えた。
「この領地を守るためだ」
「何?!」
「この領地は――、隣国グランザク王国と戦争状態にある。このままでは間違いなく数日で陥落する」
「……」
「グランザク王国軍は、一度降伏を蹴ったものを許さない。かの軍がこの国に入れば虐殺が起こるだろう」
「だから――-」
黄金龍の言葉にバルディは頷く。
「……まあ、コイツに他の欲望がなかったと言えば嘘になるだろうが――、今回は純粋に戦火から民を守るためだ」
「その民をその手で殺してか?!」
「まあそうだな――、だからこそコイツは愚かなんだが。決して領地を守りたいという想いがなかったわけでもない」
そのバルディの言葉に、黄金龍は憤りを隠せず口から炎を吐いた。
「それが愚かでなくて、何が愚かなのだ!! 民の安定のために民を殺すなど……」
「――そうだな、俺も同感だ。コイツは結局、上から目線で、民の痛みを理解できなかったんだろう」
――と、不意にかつての黒龍の言葉が、黄金龍の心に響く。
”我らは神々に対抗すべく生まれた兵器――、痛みを感じる事はほぼ無きに等しい。だからこそ――、こうして容易に痛みを感じる人々の苦しみを理解できず、ソレを保存することが使命などと奢ってしまった”
その言葉を思い出しながら黄金龍は天を仰ぐ。
”人々のささやかな生活の日々を見つめ続けるといい”
そう言えば――、いつから私は娘の死を嘆くようになったのだろう。そう――、その時、確かに黄金龍は涙を流していた。
封印から見た人々の生活は愚かしいものであった。でも――愚かであっても、ささやかで穏やかな生活は確かに存在していた。
そうだ――、かつて黄金龍がその手で滅ぼした王国にも――、
”何を言っている!! 我らは”主”より――、世界を守れと……”
”――お前達は、”主”の意志を間違ったのだ”
ああ――そうであったか。
その時になってやっと黄金龍は自覚する。目の前の愚かな男――、ヘクターはかつての自分自身であったのだ。
「……この領地はどうなる?」
「このままならグランザク王国軍の侵攻を受けて――、滅ぼされるだろうな」
「――……」
人は愚かだ――、下らぬ戦争で領地を奪い合って――、多くの命を奪う。
「我は――」
かつて種の保存のためと、嬉々と滅ぼした人の王国――、その時の自分とかの軍隊にどれほどの違いがあるというのか。
「我は――、民のささやかな生活を守りたい」
「――そうか」
黄金龍の呟きにバルディは笑って頷いた。
「まあ――、軍の侵攻を止めるぐらいはいいんじゃないのか?」
「――」
未だに人の本質を測りかねる黄金龍だが、だがこれだけは理解できた。
「我は――、命を簡単に奪おうとする者が許せない」
自分は結局間違っているのかもしれない。でも――、かの黒龍が理解できたことを自分が理解出来ないわけはない。
「バルディとか言ったか? 少し手伝ってくれるか?」
その言葉にバルディは笑う。
そして――、
◇◆◇
O.E.1777年――、ハーヴェン王国へと侵攻したグランザク王国軍は、復活した【金邪龍ルナー】の襲撃に会い壊滅状態に落ちいる。
しかし、グランザク王国軍の死者は思ったより少なく――、一時的な撤退に留まった。
無論、再び侵攻を企てるグランザク王国であったが、その再侵攻の直前に起こった国王の死を切っ掛けに和平路線へと転換、ハーヴェン王国とグランザク王国は和平条約を締結することとなった。
さて――、そのグランザク王国軍を襲った【金邪龍ルナー】は、遥か北へと飛び去った後、その姿を見ることは二度となかったという。