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4 乙女ゲームの役者が揃っていく

「余所見してたみたいでごめんなさぁい。リーシェドジっ子だからぁ」

 甘ったるい砂糖菓子のような声で、目の前の女生徒は謝ってきた。わたくしではなくエヴァン殿下に。


 事の経緯は、学園で移動教室の為エヴァン殿下と廊下を歩いた所から始まる。18歳であるわたくし達は最高学年である紺のネクタイの制服なのだが、エヴァン殿下の栗色の髪によく合っているとうっとりしてしまう。その時も、新しく紺のネクタイを作らせようか悩んでいた。だからかわたくしは、曲がり角でぶつかってしまった。

 わたくしはエヴァン殿下の体に倒れ込む形で転ばなかったが、相手側の女生徒は尻もちをついてしまっていた。

「ごめんなさい、お怪我はありませんか?」

 そう手を差し伸ばすと、ストロベリーブロンドの髪を持つ少女は顔を上げた。空色の瞳は、思わず引き込まれてしまう程キラキラしていた。……なんというのだろう、庇護欲をそそる、ような。

 少女は、暫く放心したようにわたくしを見つめていたが、暫くするとカッと目を見開いた。その目力の強さに驚いたのかエヴァン殿下が隣でピャッと飛び跳ねている。


 ――そして、少女はエヴァン殿下に抱きついた。

「余所見してたみたいでごめんなさぁい。リーシェドジっ子だからぁ」

「なっ……」

「!?」

 わたくしは慌ててリーシェと名乗る少女をエヴァン殿下から引き離した。そしてエヴァン殿下の前に立ちふさがる。殿下はきゅーんと怯えた子犬のような顔をしていた。可愛いっ。

 そんなわたくしを、リーシェさんは不思議そうに見つめる。そして、わたくし位にしか聞こえない声量で呟いた。

「あれ、なんで悪役令嬢が幸せそうなの?」

 そして「許せない」と言った。その時の瞳は黒く淀んでいて、さっきの空色の瞳とは形容出来ない程に濁った色をしていた。そこでわたくしはようやく気づく。彼女こそが、あの乙女ゲームのヒロインなのだと。

 そしてわたくしに顔を近づけた後、ハラハラと涙を流し叫んだ。人の往来がそれなりにある廊下で、皆の視線がわたくしに集まる。

「あたし、転んでエヴァン殿下に支えてもらっただけなのにシェリアローズ様に『うざ、死ねよ』って耳元で言われたっ! こんな人が未来の王妃になるなんて信じられないですぅ」

 な、何ですかこの人は。エヴァン殿下に転んだ時支えてもらったのはわたくしです。貴女は自ら抱きつきに行っただけでしょう!

 怒りを顕にするわたくしに、一層リーシェさんは怯える。ここでわたくしが否定するのは寧ろ揚げ足取りをされてしまうからやらない方が良い。根も葉もない言葉だから放って置こうかと結論づけたわたくしの前に、エヴァン殿下が来た。

「リーシェ嬢、シェリアローズは無神経に人を傷つける事はしない」

「でも、あたし本当に……」

「君にとってはそう聞こえたのかもしれないなら謝罪する。だがシェリアローズはそんな言葉で人を貶めた事は一度だってないよ」

 リーシェさんは分が悪くなったのか唇を噛み締めた。そして「勘違いだったかもしれません」と一言だけ残して去っていった。

「エヴァン殿下」

 わたくしは、彼女が立ち去った後殿下に話しかけた。

「ありがとうございます」

「当たり前の事をしただけだ」

 廊下にいる人たちはもうわたくし達には興味を示さず歩いていく。わたくし達も授業のある教室へと歩を進めた。


 わたくしは、殿下の隣で自分の心臓にこっそり手を置いた。

 まだ心臓がドキドキしている。彼がわたくしはやっていないと断言した事が、わたくしの胸をこんな風にさせる。本来なら王族としてあまりにもう一方の意見を否定する事は憚られるのだ。だけど、その焦りの感情以上にわたくしは抑えきれない恋情でドキドキしていた。

 エヴァン殿下が迷いなくわたくしを信じてくれた事。愛おしさが込み上げてくる。

「大好きです、殿下」

「……あぁ」

 顔を真っ赤に染め上げた殿下は少し間を置いて頷いた後、消え入りそうな声で「僕も、愛している」と言った。

 きゃー! 誰かボイスレコーダーください、毎朝この声で起こされたいっ。

 

◇◇◇


 ヒロインであるリーシェは、あそこでもう終わりかと思った。だが、本当の地獄はその次の日からだった。

「シェリアローズ様に足を引っ掛けられましたぁ!」

 そう言ってわたくしの隣で急に転んだり。

「酷いです、シェリアローズ様。あたしの教科書をこんな風にするなんて!」

 と水浸しになった教科書を見せつけてきたり。


 やった記憶などないものばかりなので「やっていません」と否定しているが、最近は生徒たちもわたくしに対し不信感を持ち始めている気がする。これは悪い兆候だと思ってはいるが、これ以上わたくしに打てる手はない。これが黒幕が第三者な場合、その犯人を見つければ解決するがおそらくリーシェさんによる自作自演だから、わたくしには否定し続ける事しか出来ないのだ。

 それに、彼女を公爵令嬢に対して不敬だと処罰する方法もあるが、彼女は今『シェリアローズに虐められている』と訴えているだけ。リーシェさんがやったという証拠を掴めなければそれこそわたくしの信用が地に落ちるだけだ。


「大丈夫か、シェリアローズ。箸が止まっている」

 そう殿下に声をかけられてわたくしは我に返った。今は中庭で二人で昼食を取っている。いつもなら幸せとしか考えないのに、わたくしはリーシェさんの事ばっかり考えていたみたいだ。

 心配そうにこちらを見る殿下を、わたくしも見つめる。

「婚約破棄は、受け付けておりませんわよ殿下」

「しないよそんな事っ」

 ショックを受けたようにエヴァン殿下は吠える。

「前科持ちですもの」

 少しからかいたくなってそう言うと殿下は情けない顔をした。

「ぐぅの音も出ない……!」

 暫く呻いた後、エヴァン殿下はわたくしに言う。

「でももう、あんな事しないよ」

「それは良かった」

 笑うわたくしに、殿下は目を瞬かせる。

「そんなに簡単に信じて良いの?」

「はい、わたくしは殿下の言葉を疑いません。愛していますから」

 ですが、とわたくしは口を開く。

「貴方がリーシェさんを好きになった、等と言ったらわたくしは嫉妬で何をするのか分かりません」

「……具体的には?」

 恐る恐る、といった感じで問いかける殿下にわたくしはにっこりと笑顔を返す。

「あの女を炙り殺します」

「ひぃ」

「そして殿下を監禁し一生わたくしが面倒を見るのです」

「シェリアローズの目が本気(マジ)だ……」

 火は、魂をも焼き尽くすと言われている。生まれ変わって殿下と恋に落ちることの無いようにギロチンではなく火炙りになるようにしなければ。

 そう考えながらお弁当を食すわたくしのお弁当箱の中に、エヴァン殿下はご機嫌取りをするようにいつも殿下が大事に最後に食べている卵焼きを入れた。

 遠慮なくわたくしは食べた。

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