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3 平和だが不穏な日々

 ――これは、シェリアローズとエヴァン殿下が閨を迎えるまでの半年間で起こった物語。


 わたくしはエヴァン殿下の隣に座ってお茶を嗜んでいる。今日はシナモン等のスパイスがきいた紅茶にミルクが入っている物で、その甘やかな紅茶は少し肌寒い秋の季節にはもってこいだ。

 エヴァン殿下は自らが公言する程の猫舌なので、わたくしが美味しそうに飲んでいる姿を見てソワソワしながら紅茶が冷めるのを待っている。そのいじらしい様が愛らし過ぎて、わたくしは扇子で口元を隠しながら口元を緩めた。出来ることならわたくしがフーフーしてあげたいっ。妃教育でつちかった礼儀作法が、そんなわたくしを押し留めている。

 だから、未だウロウロと冷めるのを待っている殿下の口にわたくしはアプリコットジャムとバターを塗ったスコーンを差し出した。

「わたくしのお気に入りの組み合わせです。はい、あーん」

 わたくし達はもう何回かあーんをし合っているというのにまだ慣れていない様子のエヴァン殿下は、僅かに頬を赤らめた後目を閉じ口を開けた。雛鳥が親から与えられる餌を待っているような仕草に心臓がキュンキュン音を立てた。

「……! 今まで試した事が無かったが美味しいな」

「エヴァン殿下は保守的ですからね」

 あれから閨のお誘いは一向に来ませんし。恨みがましい目で見つめると、殿下は気まずそうにフイ、とそっぽを向いた。あぁ、そっぽ向かないでください殿下。貴方の愛らしいお顔を脳裏に焼き付けられないではありませんか。


 わたくしに見つめ続けられた殿下は暫くするとバツが悪そうな顔をした。

「……悪かった、シェリアローズ」

「わかってくだされば良いのですよ。ですがなるべく早くしてくださいね」

「…………分かっている」

 そう耳まで赤くしながら苦渋そのものな顔をした殿下は、自分の椅子を引いてわたくしを手招きした。首を傾けながら近づくとグイッと腰を引かれわたくしはポスンと殿下の膝の上に座ってしまう。殿下の硬い足の感触がドレス越しに伝わってきて、今度はわたくしは顔を赤くした。ドキドキとしながらもエヴァン殿下に尋ねる。

「殿下、重くはありませんか?」

「失礼だな。僕にも君を持ち上げる位の力はあるぞ。最近は結構鍛えているしな」

「わたくしとの木刀での手合わせで勝ったことないじゃありませんか」

「うっ……」

 エヴァン殿下は「いつか絶対勝ってみせるから……」と呻くとわたくしを膝に乗っけたままスコーンを手に取った。殿下はスコーンにブルーベリーのジャムとクロテッドクリームを乗せる。そしてそれをわたくしの口に入れた。

 もぐもぐと食べるわたくしにエヴァン殿下は褒められるのを待っている犬のような顔をした。可愛さの暴力に心臓を抑える。誰か、わたくしに救急車を手配してくださいっ、殿下の愛らしさで胸が破裂してしまいます! 

 こくんとスコーンを飲み込んだわたくしは、この宇宙一可愛い人を褒め称えた。

「とっても美味しいです。こんなに美味しいスコーンは初めて食べました」

「そお? 結構ポピュラーな食べ方だと思うんだけど」

 てれてれと嬉しそうにはにかむ殿下は可愛い。

「殿下に食べさせて貰ったから、こんなにも美味しく感じるのです」

 そうにっこり微笑んで見せれば、少し目を見開いた後殿下はふにゃりと笑った。

 

 そうやってエヴァン殿下と愛を育んでいたのだが、突如刺客がやって来た。アクション系RPGの「おっと、話している途中だが敵が現れた!」という台詞を思い出し、顔がスン、となってしまう。

 そんな事を考えている間に殿下がわたくしを守るように抱きしめた。刺客に背を向けている体制の殿下が刺されて死んでしまう! その事実に気づいたわたくしは拘束から逃れようと藻掻くが、拘束は取れない。

 手だけでも、と殿下の背に手を回したが、その心配は杞憂で終わった。


 ガキンッ、という音と共に「来るのが遅くなりすみませんお二人共!」という声が聞こえた。そしてすぐに鈍い音と「ギャッ」という短い悲鳴がし、辺りには鉄のような臭いが充満する。その時には拘束も緩んでいてエヴァン殿下から身を離すと、剣を持った青年が立っていた。緑の短髪に金眼を持つ青年は深く頭を下げる。だがそこで、わたくしの視界はブラックアウトした。エヴァン殿下の手に視界を塞がられたのだ。

「本当に申し訳ありません。他の刺客に手間取られている間に、この者の侵入を許してしまいました」

「いや、大丈夫だ。それよりも早く遺体を処理してくれ。シェリアローズには見せたくない」

「了解しました」

 そう言うと何かを持ち上げた音がして足音は去っていった。その後も何か音がした後、辺りからようやく鉄の匂いが消える。

「ごめんね、もう大丈夫だよシェリアローズ」

 視界が明るくなる。目を覆っていた感触に少し淋しくなりつつも、わたくしは思考を巡らす。

「あれはルドリアック殿下側だった貴族たちから差し向けられた刺客ですね?」

「うん、怖い思いをさせてごめん」

 わたくしは首を振る。

「そこは怖くありませんでした。殿下が死んでしまうのではと焦りはしましたが。危うくわたくしも後を追う所でしたわ」

「いやそこは生きてよっ」

 エヴァン殿下が泣きそうな顔をしながらキャンキャン吠えるのを聞きながらわたくしは思案する。あの青年、乙女ゲームで見覚えがあった。

 セドリック•ルーレイ。平民から実力で王太子の近衛騎士となった彼は、爽やかな見た目に反してヒロインにだけは俺様なイケメン。そして分岐を間違えた際のエヴァン殿下のBLエンドのお相手である。


 新たなライバルの登場にジェラシーを感じるわたくしは気づけなかった。――攻略対象がいるならば、ヒロインもいるという事に。

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