12 全ての劇に幕は下りる
何故、わたくしはまた此処にいるのか。だけどこの前と違うところもあって、わたくしは裏庭に一人でいる。エヴァンとリーシェさんはいない。
わたくしは、また夢の世界にいた。サクサクと草を踏み分けて歩く。そうしていると、目の前にレイド•パルファスの後ろ姿が現れた。だけどその姿は何処か歪で、ゲームのバグのようにモザイクがかかっている。
そしてそのモザイクで歪んだ体には、何故か既視感があった。
「あーあ、悪役令嬢のシェリアローズに転生しているから落とすのは簡単だと思ったのに。まぁでもしょうがないか。ある程度似通っている人物にしか転生できないし」
独り言のような、それでいてわたくしに聞かせているような声に警戒は募っていく。
「貴方は一体、誰なのですか?」
そう問えば、ようやく彼は振り向いた。
「この顔に、見覚えない? シェリー」
その、顔は。その顔は、前世わたくしとのお見合いが破綻し逆恨みでわたくしを殺した男。わたくしは自分を奮い立たせるように吼える。
「一度ならず二度までもわたくしを殺す気ですか! 逆恨みも甚だしいですよ」
わたくしの言葉にキョトンと首を傾げた後、男はうっそりと笑った。
「逆恨み? とんでもない! 俺は君を愛しているというのに!」
「愛……?」
「そうだよ、財閥令嬢の君を、最初は利用価値があるから結婚したいんだと思った。だけど縁談を断られて気づいたよ、俺は君を愛していたんだという事に!」
狂っている、そう思いながらもわたくしは再度問う。背中には脂汗が滲んでいた。
「では何故、わたくしを殺したのです」
「だって、あのままじゃ君との結婚は認めてもらえ無さそうだったから。だからね、俺は黒魔術を使って君を刺し殺した後、魂を取り出してシェリアローズの器に君を入れたんだ。もちろん俺も、同じ方法でレイド•パルファスの中に入ったんだよ」
ゾワリと悪寒が走った。いつの間にか目の前に立っていた彼が、わたくしの手に触れる。
「作戦は全部駄目になってしまったけど、いくつか分かった事もある。今度こそ、僕と幸せになろう」
自分を殺した男。その恐怖に胸が鷲掴みにされたようになり、お腹はズクリと痛む。それでも、とわたくしは気丈に笑ってみせた。
「ありえません、わたくしの愛はエヴァンの為にあるのですから」
「……強がってられるのも今のうちだよ」
そう言って、彼の体が光の粒になって景色にとけていく。彼が全て溶ける前に、わたくしも覚醒した。
わたくしは汗でビッショリと夜着を濡らしながら、息を吐く。夜着を着替えもう一度ベッドに潜ったが、中々寝付けなかった。
◇◇◇
「ローズ、なんだか疲れた顔をしてる。少し休憩しようか」
「……はい」
あの後、エヴァンに夢の事を伝えてからわたくし達の周りには張り詰めた様子の騎士が揃っている。その空気にあてられたのか、わたくしまで息苦しくなってしまった。
庭に行くと、薔薇の生け垣に囲まれた中に、白い机と椅子が置かれていた。そこに座ると、薔薇の香りがする紅茶とマドレーヌが運ばれてきた。ふんわりとした甘い匂いに心が落ち着く。
先ずは紅茶を……と紅茶を飲むわたくしの口の前に、小さく千切られたマドレーヌがやって来た。
「あーん、ローズ」
微かに頬を赤らめながらもエヴァンが「あーん」を遂行する姿に言い知れぬ感情が湧き上がる。つまりは、可愛いっ。
あーん、とわたくしも目を閉じ口を開ける。そしてわたくしの唇にマドレーヌが触れ合った所で、ガサガサッと生け垣が揺れる音がした。
慌てて後ろを振り向くと、ルドリアック殿下の党派が雇ったであろう人たちが剣を持ち騎士と争っていた。前回仕掛けてきた時は証拠がないのとしらばっくれた為に厳重注意で済まされたのにまた来るとは、わたくしは恐怖よりも呆れが勝る。
だが、わたくし達を守るのは国内でも随一の騎士達。こちらが優勢で圧される気配はない。それにホッと息を吐きながらエヴァンを見る。すると、エヴァンの近くの生け垣が歪んでいた。
そこでわたくしは全てに気がついて走り出した。
何故、ルドリアック殿下の党派の者達がここまで辿り着けたのか。何故もう一度襲ってきたのか。なぜ、レイド•パルファスはわたくしと結ばれると確信したのか。
彼は今きっと透明になる魔術を自分に施している。きっと手の者にも同じことをしたのだろう。そして、レイド•パルファスの目的はエヴァンの殺害。
わたくしの体は鉛のように重くて、数歩の距離が永遠にも感じられた。心臓が痛いほど鳴るのを抑えながらようやく、エヴァンの元に辿り着く。
そしてエヴァンを抱きしめると、わたくしは人心地ついた。殺されるのは、わたくしだけだと。死ぬのは、怖い。腹が破かれるような痛みも、内側から広がるわたくしを焼くあの熱さも、死ぬのだと実感するのも、怖い。だけど、愛するエヴァンがわたくしが死ねば生きるのならば、惜しくはない。
だってきっと、エヴァンをまたわたくしは見つけるから。
そのまま背中に熱いものが近づいて来た瞬間、大きな破裂音が響いた。驚いて目を開けると、エヴァンはその危険性から無くなったとされる銃のような物を持っていた。荒く息を吐きながらエヴァンは言う。
「君の魔術回路は壊した。これでもう君は魔術を使えない」
「……へぇ」
振り返ると自分の胸元を抑えるレイド•パルファスがいた。その胸元から血がたれているわけではないが、彼から滲み出ていたオーラのような物を感じる事は出来ない。それは彼の魔術回路が壊れた事を何よりも雄弁に語っていた。
目を見開くわたくしにエヴァンは告げる。
「父に借りてきていたんだ。これは『魔術師殺し』と呼ばれる物で、王族しか使えないように出来ている。もしもが来なければ、良かったんだけど」
わたくしはエヴァンを抱きしめる。エヴァンは「ローズッ、前には出ちゃ駄目だと言ったじゃないか!」と怒っていたが、わたくしは泣き笑いだけが出てしょうがなかった。
その様子を昏い目で見つめていたレイ•ドパルファスは嗤う。
「ハッ、良いさ。来世こそはシェリーと結ばれてみせるのだから」
だからわたくしは、ニッコリと笑ってみせた。
「貴方は何処にもいけませんよ。だって貴方はーー火刑に処されるのですから」
「……! いやだ、それは止めてくれっ。そんな事されたら魂まで燃えてしまう! シェリー、シェリー、シェリー! 愛しているんだ! 僕のものになってくれ!」
そのまま彼は騎士にルドリアック殿下の党派と共に連れて行かれた。
そして、レイド•パルファスは国一つを滅ぼせるほどの兵器を作っていたことも分かり、半月後に王族殺し未遂とそれで死刑に処された。わたくしはエヴァンに止められたから知らないが、新聞に書かれていた内容によると、彼は最後までわたくしの名を叫んでいたらしい。前世のも、今世のも。
そして、ルドリアック殿下の党派の者たちも罰が下された。爵位剥奪や爵位降格、今は鉱山で働かされている者もいる。
わたくしはようやく全てが終わった事を悟って、静かにベンチに座りながら瞼を閉じた。
「ローズ」
そこで、呼ばれる。
次話で終わる予定です(違ったらごめんなさい〜)。ここまでお付き合いくださりありがとうございます。




