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11 新たな恋

 ある日の朝、教室で自席についていたわたくしは緊張した面持ちのリーシェさんに「シェリアローズ様、放課後お時間ありますか?」と尋ねられた。首を傾げるわたくしに彼女は周囲を憚るように言った。

「貴女が見た、悪夢について話したいことがあります」

「……!」

 わたくしは、リーシェさんに放課後ガゼボに来るように言った。


 最近は、めっきり見なくなっていたから忘れていたあの悪夢。胸に手を当てると、心臓は早鐘のように鳴っていた。


◇◇◇


 エヴァンも呼んで、ガゼボに集まった。リーシェさんがくる前にエヴァンにわたくしの悪夢を話したら「なんで話してくれなかったんだ!」と泣いてしまった。その泣き顔にキュンとしたことは黙っておこう。

エヴァンの後ろには、あの攻略対象の一人であるセドリック•ルーレイが控えていて、近衛騎士だから……と自身を落ち着かせているがつい気になってしまう。

 そんなわたくしの心中など知る由もないリーシェさんは重々しく話しだした。

「シェリアローズ様が夢を見始めたのは、あたしがある魔術師に出会ってからです。ちょうど1年位前ですね。彼は言いました『君はこれからどうしても蹴落としてやりたい子が現れる』と。驚いて動けないあたしに、彼はこのネックレスを渡したんです」

 リーシェさんが机の上に置いたのは、黒い大粒のダイヤモンド。そのダイヤモンドには、薄くだが魔術紋が刻まれていた。

「あたし、何が起こるかわからない事を誰かに使う気などありませんでした。だけど、あの日シェリアローズ様を見た時、どうしても"蹴落とさなきゃ"って思ったんです」

「……失礼、少しいいですか?」

 わたくしはそう断ってから、リーシェさんの眼球を覗き込んだ。そこにも、小さく魔術紋がある。わたくしに会うこと、それがこの魔術紋の発動条件だったのだろう。リーシェさんに、的確にこのダイヤモンドを使わせる為に。

「それで、このダイヤモンドに血を垂らすと、夢の中であたしはエヴァン殿下と一緒にいるんです。それで、体が言うことを聞かなくって……」

 リーシェさんは、ダイヤモンドをひたと見据える。

「あたし、今日までこのダイヤモンドを忘れていました。ちょうどシェリアローズ様が学園に来なくなる頃から」

「だけど、思い出したのですね?」

「はい、今朝の夢にあの魔術師が現れて、あたしに『役立たず』と言ったんです。それで全て、思い出しました」

 一体何のために……そう思案するわたくしの隣でエヴァンが手を上げた。

「少なくとも、その魔術師の正体には心当たりがある」

「わたくしもです、犯人はレイド•パルファス。彼しかあり得ないでしょう」

 わたくしが言い終わると、エヴァンはきゅぅ、と唇を噛み締め変な顔をした。

 かっわいい、と悶えるわたくしの隣でリーシェさんが「ご愁傷さまです」と呟いた。気を取り直すようにエヴァンは一つ咳払いをする。

「問題は、彼が何故そんな事をしたのかだ。それに、何故そこで止めたのかも」

 そこでセドリック•ルーレイが「僭越ながら申しますと」と前置きをしてから話し始める。

「魔術は基本的に二重でかける事は出来ないんです。その魔術紋がたとえ効力を失っていても。レイド•パルファスは『最悪最凶の魔術師』と呼ばれるほどの使い手ですが、流石にそれは出来なかったのでしょう。

 1年も経てば、魔術紋は馴染んで中々剥がすことが出来ない上に、剥がすのは魔術紋を刻んだ相手に直接会わねばなりません。何故効力がそこで切れたかは分かりませんが」

 『最悪最凶の魔術師』という言葉に、そう言えば彼はヒロインと出会った事により改心していく事を思い出した。

 わたくしは考え込む。

「あの悪夢は、わたくしとエヴァンを仲違いさせる為の物でした」

「あんなに弱っているローズ、初めて見た」

 わたくしはエヴァンの発言に引っかかる。

「弱っていた? わたくしが?」

「え、自覚なかったの?」

「蹴落とそうとしたあたしですら心配になるほどでしたよ」

「あんな姿は初めて見ました」

 三者三様で次々に心配気な声をかけられる。でも、たしかにわたくしは弱っていたのかもしれない。

 それこそ、あの時レイド•パルファスの手を取ってしまいそうな程に――、

「……なるほど」

 ポツリと呟くわたくしに、エヴァンは首を傾げる。わたくしはエヴァンに体を向けると堂々と言った。

「わたくし、浮気しかけました」

「えっ……!」

 リーシェさんは飲んでいた紅茶を吹き出した。

「そして、わたくしはレイド•パルファスに好きだと言われました」

「えっ、あ……」

 リーシェさんは口元をセドリック•ルーレイにハンカチで拭われている。

「わたくし、少し心がグラつきました!」

「ロ、ローズ、なんて堂々とした宣言……!」

 驚き超えて戰いているエヴァンにわたくしは言う。

「ですから、彼はわたくしに依存してほしかったのだと思います。だから、わたくしの心が弱ることを契機にリーシェさんにかかった魔術は効力を失くしたのでしょう」

 乙女ゲームでも、ヒロインに執着しだしたレイド•パルファスは、周りから彼女を引き離そうとする事もあった。

 だとしたら、彼の行動にも一つの筋が見えてくる。


「だけど、どうしてわたくしなのでしょうか」

 そこだけは皆で首をひねっても分からなくて、わたくし達は一旦考えるのを辞めることにした。

 エヴァンにクッキーをあーんとしていると、こちらを見つめるリーシェさんに気づく。

 わたくしは気になった事を聞いてみた。

「そう言えば、リーシェさんはエヴァンは本当に好きではないのですか? あれでしたら全力で争う事もやぶさかではありませんよ?」

 拳を作って見せると、リーシェさんは慌てたようにぷるぷると首を振った。

「い、いえ! その、本当にエヴァン殿下の事は恋愛的には好いていません!」

 リーシェさんはビシッとセドリック•ルーレイを指さした。

「あ、あたしはどちらかと言うとセドリック様の方がタイプです! ……って、あたし何を!」

 我に返ったように手を下ろしたリーシェさんは顔を真っ赤に染めた。口元を抑えるセドリック•ルーレイをチラチラと見ては顔を赤くしたり青くしたりしする。

 あらあらと笑うわたくしと、展開に追いついて行けていないエヴァンを助けを求めるように見たリーシェさんはもう涙目で顔を真っ赤にしていた。小動物系ヒロインの名に相応しい姿だった。


 セドリック•ルーレイは暫くウロウロと視線を彷徨わせた後、リーシェさんに手を差し出し「今度、一緒に出掛けませんか?」と言った。目を真ん丸くしたリーシェさんは言葉にならないという感じでコクコクと頷いた。その様子をジッと見つめていたわたくしはハッとする。

 エヴァンとくっつく可能性のあるヒロインリーシェ + エヴァンとBLエンドに突入する可能性のあるセドリック•ルーレイ = わたくしのライバルが二人も減る!

 にっこー! と笑顔になってしまう!

「わたくし、二人の仲を応援しますわ!」

「ローズが今までに無いほどいい笑顔だ……!」

「貴女を貶めようとしたあたしを応援してくださるなんてなんて懐の深い……ありがとうございますシェリアローズ様」

「ありがたきお言葉です、シェリアローズ様」

 ウフフ、と笑うわたくしは気づかなかった。


 わたくしを観察する、アメジストの2個の目玉に。木の陰でこちらを見て、忌々し気にエヴァンを見つめる視線に。

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