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1 方向性の違いを理由に婚約解消を言い渡されました

「シェリアローズ、君との婚約を解消させてくれ」

 夜会で、エヴァン殿下は至極真面目そうな顔をして言った。わたくしことシェリアローズは、その言葉に笑顔のまま硬直する。

「……理由をお聞きしても?」

 エヴァン殿下はもっともらしく言った。

「方向性の違いだ」

「方向性の違い、ですか」

 いやバンドかよ。今度は真顔で固まってしまった。そう、わたくしには前世の記憶がある。と言っても、記憶の大半はある一つの乙女ゲームが占めているのだが。


 その乙女ゲームは『小動物系ヒロインは肉食動物にも負けないもん!』だ。はっきり言うと中身は糞だ。庇護欲をそそる美少女であるヒロインが、俺様、腹黒、etc……そう、なんか強引で押しの強そうなヒーローにちやほやされるゲーム。だが、分岐を誤るとヒロインが留学し、それから帰ってきたら強強肉食系ヒロインになってヒーロー達を従えたり、他のヒーローとイチャイチャしてるヒロインを見て、嫉妬したヒーローがヒロインの元を去り他の小動物系美少女とくっつくエンドもある。結ばれても、他の肉食系野郎に掻っ攫われていくエンドもある。

 一部マニアには受けていたが、わたくしにはてんで当てはまらなかった。では何故その乙女ゲームの記憶だけあるのか。それはひとえにわたくしの婚約者であるエヴァン殿下を乙女ゲーム越しに眺めている時から愛していたからだ。

 うさぎのようなくりりとした目。少しふわふわとした栗色の髪。肉食動物とは程遠い風貌の彼は、なんと唯一の小動物系ヒーローである。そして他のヒーローは美形なのに対し唯一の平凡顔である。それはコンセプト的に良いのかと思いながらプレイしたのだが、これが良かった。

 エヴァン殿下はいつだって駄犬のように愛らしかった。ヒロインを助けようとしては失敗し、失敗したらピエピエと情けなく泣く。今思い返してもキュンと心臓が音を立てた。ちなみに分岐を間違えるとヒロインではなく肉食系イケメンとくっつくBLエンドになる。


 だから、彼の婚約者であるシェリアローズとしてこの世に生を受けた時、わたくしは天高く拳を上げた。そのあまりにも堂々とした赤子の仕草にメイドが目を剥いた程だ。

 これからは、わたくしが彼を支えてあげよう。エヴァン殿下が何もしなくてもいいくらい。それで彼はわたくしとお茶会で語らうだけでいいのだ。泣くのならわたくしの前でだけにして欲しいし、もし泣いたのなら全力で甘やかしてあげる。現に、今までのわたくしはそうしてきた。これが最善だと思っていたからだ。

 ――その筈なのに。


「わたくしの何処が不満なのですか?」

 サラリと金髪を揺らしながらわたくしは問う。エヴァン殿下は唇を噛みしめた後、キャンキャンと吠えた。……やだ、何その情けない声! 頭撫で回したい!

「き、君は完璧すぎるんだ! なんで僕の仕事を奪っていく。あれらは王太子である僕の務めであるというのに!」

「でも、わたくしの方が上手く出来ますわ。それに貴方には毎日ゴロゴロして生きていて……」

 ほしい、と言う前にエヴァン殿下の言葉が被さった。

「僕は、助け合える夫婦を目指しているんだ! 君と僕の今の関係は、『王女様とその王女様の駄目息子』と国民には言われているんだぞ! 誰が親子だ!」

「お、親子……っ」

 そんな、わたくしはただ貴方を甘やかしてわたくし無しでは生きれなくなって欲しいだけだったのに……。よりによって親子! パワーワードすぎてクラリと貧血がした。

 エヴァン殿下は腕を組み、眉間にシワを寄せ重々しく頷く。

「あぁ、だから僕たちの婚約は解消しよう。僕は今度こそ支えあえる、そうだな庇護欲をそそる女性と結ばれたいのだ」


 庇護欲をそそる女性? それはヒロインの事だろうか? そう言えば乙女ゲームでもヒロインに自分の婚約者が怖いと彼は泣きついていた。そして、最後は婚約者であるシェリアローズと婚約を解消していた。

 その運命と、同じ道を歩もうとしているというのだろうか? 冗談ではない。エヴァン殿下と結ばれるのは、わたくしだ。


「貴方を世界で一番愛しているのは、わたくしです」

「へっ!?」

 エヴァン殿下が顔を真っ赤にさせる。わたくしはつかつかと歩み寄ると、持っていた扇子でエヴァン殿下の顎をくい、と上げた。ヒールを履いているわたくしは彼よりも身長が高くなるのだ。

「お聞きなさい、エヴァン殿下。貴方が従順な女が好みだというのであればわたくしはそれを演じきってみせます。ですから、わたくしを捨てるのだけはお止めください。嫉妬で死にたくなります」

「す、捨てっ、し、死ぬ……っ!」

 エヴァン殿下は戰いているようだった。わたくしは畳み掛ける。


「そもそも、エヴァン殿下が王位継承権第一位に成れたのはわたくしのリーントル公爵家のお陰ですわ。そうでなかったら殿下、隣国に売り飛ばされています」

「売り飛ばされる」

「はい、今でしたらタール王国とか」

 あそこは、王女様の苛烈さで知られている。弱々しいエヴァン殿下では3日も生きられないだろう。身ぐるみ剥がされる姿が目に浮かぶ。それを自分でも自覚しているのかエヴァン殿下はぷるぷると子犬のように震えた後わたくしに縋り付いた。

「お、お願いだシェリアローズ。僕との婚約を解消しないでくれ」

「仰せのままに、殿下」

 そのまま、他の貴族が『何だこの茶番』という顔をしている中わたくし達は退席した。


 次の日から、『王女様とその王女様の駄目息子』改め『王女様とその駄犬』と名称が変わった。エヴァン殿下は嫌がっているがわたくしはこの駄犬という響きが嫌いではない事は、墓場まで持っていくとしよう。

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