最後のタピオカ喫茶
pixivのホラー大賞に応募した物です。
誰も読まないし、反響無いからこっちでも投稿します。
感想とか有りましたらどうぞ!
1
「花岡さん、ご苦労様でした」
タピオカ専門店「たぴおけら」の店長、石本が挨拶した。石本はヒョロッとして短髪のツーブロック、面長で薄いアゴはカッパを連想させた。
ただ一人のアルバイトである私と店長、二人だけの閉店式。タピオカブームが去ってすでに2~3年が経つ。「たぴおけら」は、この地域最後のタピオカ入り飲料が飲める店になっていた。そして夏も終わり冷たいタピオカを求める客も耐えて久しい。普通の喫茶店としても振るわず、いよいよ店じまいの日がやって来たのだ。
「結局、今日もお客さん一人も来なかったですね」
「しょうがないよ。広告してないもん」
予算が無くてDMや新聞の折り込み広告さえ出来ない。お店の前に「本日閉店0円セール」という看板を立てた。どっちみち潰れるのに客を集めてもしょうがない。惜しむらくは大量のタピオカ在庫。
「店長はこれからどうするんですか?」
「う~ん、お金無くなっちゃたからねぇ…。楽しくなるように『たぴおけら』って付けたのにオケラにやっちゃったね。アッハッハ」
石本は最近のお気に入りのジョークを言った。こういう性格だから、この人はこの先も大丈夫だろう。
「花岡さん、タピオカ持って帰る?」
「じゃあ、少しだけ」
私は在庫の山から二袋を手にした。それでもそこそこ重い。タピオカはほとんど水なので持って帰れるのは二袋が限界だ。氷山の一角とはまさにこの事だ。
「残り、どうするんですか?」
「ああ、こっちで処分しとくよ。へへ」
石本は悪びれたように笑った。石本はタピオカを生ゴミには出さずに、なぜか少しずつ向いの「金色川」に捨てている。
「金色川」は名前に反して汚れきった川だ。沈んだタピオカは二度と浮かんで来ないだろう。上流にはゴミ処分場が有って、有毒な灰を液状にして川に流している。ドロドロした赤や緑色の廃水が毎日垂れ流されて、健康被害が出ると昔は町と工場との間で争いが起きていた。今では町の過疎化も進み年寄りだけで戦えない。国と市からの見舞金ですっかり牙を抜かれ、町ごと腐敗に飲み込まれていた。
店からの帰り道、私はその汚いドブ川を眺めながら水面から頭を出したミドリガメに挨拶した。汚物の中で生きるこの亀は町を嫌いながら離れられない私みたいだ。夕日が反射して輝く刹那、川は一瞬その名を取り戻していた。悪臭が目にしみるぜ。
「おねーちゃん、遊ぼう」
公園の前を通りかかると、気の抜けた声をかけられた。
「ヒロくん、一人?」
砂場に手をついたまま、ヒロくんは鼻をズルッとすすって返事をした。
ヒロくんは近くに住む子供だ。母親は夜勤のシンマ(シングルマザー)で、ここらの年寄りが面倒を見ていた。今日は一人のようだ。あまり賢そうとは言えない子供で3年生になるのに体も小さく年よりも幼く見える。くりくりとした坊主頭には小さなハゲがいくつもあり、発育や頭が悪いのも栄養不良や工場のせいだと想像できる。
「それ、なぁに?」
ヒロくんは私のタピオカの袋をさした。
「ああ、今日でお店お終いだったの。来てくれたらただでジュース飲めたんだけどね」
「ええぇぇ、タダでジュース!?」
ヒロくんはビックリしたように言った。そしてタダジュースを逃した事を理解して泣き出しそうになった。
「困ったな。あ、そうだ、ヒロくんこのタピオカ一袋あげる。お母さんに言ってジュース作って貰いなよ。とっても美味しいから」
私が袋を渡すと、ヒロくんはその場で袋を開けてタピオカを一つ口に入れた。
「甘くない、美味しくない!!」
ヒロくんは言った。
「だから、それジュースに入れて一緒に食べるのよ」
「美味しくない、美味しくない!!」
ヒロくんはタピオカのジュースを想像できないみたいで、足を踏みならして怒ってしまった。
「お母さんに言ってね。じゃあね」
私は癇癪を起こしたヒロくんから逃げるようにその場を離れた。子供のご機嫌取りは私には無理だ。
振り返るとヒロくんは砂場にタピオカをぶちまけていた。穴を掘って花の種を植えるように一つずつ押し込んでいる。食べ物を粗末にしてはダメよと思ったけれど、店長の行動を黙認している手前、私に言えた義理も無かった。
@2
「水星の軌道は変則的で予測が難しいのです。今回のN251と地球とのランデブーは15年ぶりの天文ショーになるでしょう」
「水星が地球に落ちてくるという可能性は無いのでしょうか?」
「まさか、水星から吹き出す水蒸気が凍結して落ちてくる可能性は有りますが、大気圏で燃え尽きて綺麗な流れ星が見られますよ…」
朝の情報番組は新発見された水星の話をしていた。女子アナウンサーのくだらない質問と、お笑い芸人の笑い声。
「たぴおけら」が潰れて一週間が経っていた。私はテレビを消して新しいバイト先に向かった。パチンコ屋のフロア係だ。車の無い私が徒歩で行けるのが近所のパチンコ屋というだけの理由だが、私はつくずく丸くて小さい玉に縁が有るようだ。
公園の前を通ると人垣が出来てカメラがいくつか並んでいた。何だろうとのぞき込むと、砂場に立派な花壇が出来ていた。花壇と言うには余りにも豪快で、そこだけジャングルのように草木が縦に生い茂っている。頂点の黄色い向日葵を筆頭に赤や青のヒヤシンス、ハイビスカスだのが、季節を無視しててんでに絡み合っている。
濃厚な花の匂いがムッと立ちこめ私は思わず口を覆った。花壇の前にヒロくんと痩せこけた母親が立っていてマイクを向けられていた。
「そうです、この子がずっと世話をしてて、やっと花が咲いたんです。私があげた花の種、こんな所に植えてたんですね。まったく子供って予想が付かないわぁ」
テンション高くはしゃぐ母親を尻目に、ヒロくんは人垣の向こうから私を見つけ手を振った。私も手を振り替えしたが、アルバイト初日から遅れるわけにはいかない。声をかけられる前にその場を後にした。
ヒロくんは私のあげたタピオカを砂場に埋めた。母親の言うように前から花の種も植えていたのだろうか? まさかタピオカが発芽したのではあるまい。アレはただのデンプンの塊だもの。しかしあの滅茶苦茶な咲きようは何なんだろう。キレイというより奇妙な感じがした。私はタピオカに植物の種よりも爬虫類の卵を連想する。自分が持って帰ったタピオカは冷凍庫の中で、すっかり存在を忘れていた。
公園の脇を流れる排水溝でザリガニが群がって何かの死骸を食べていた。大きさからして子猫かネズミの死骸だろう。ここの排水溝は例の「金色川」に繋がっている。最近あの川も妙に生態系が崩れてしまい、沿岸におびただしい苔と葦が生い茂って気ままにに花を付けている。ミドリガメの数が急増し、他にザリガニや虫もたくさん見える。水の表面で常に生き物がうごめいてネバっぽくゴポゴポと泡立っている。酸欠で死んだ魚が浮いてウジが湧き、ウジをめあえてに魚が群がる。川は生と死の食物連鎖を謳歌していた。この川も店長が流したタピオカのせいで生き物を大量発生させたのだろうか。タピオカのせいで町ごと狂い咲きしているようだ。
ヒロくんはその三日後に行方不明になった。
3
ヒロくんの遺体は二週間後に見つかった。公園前の排水溝から「金色川」に流れ込む柵にゴミに紛れて引っかかっていた。犬と散歩中の老人が気まぐれにコースを変えて思わぬ棒に当たったという話だ。近所で発見されたために事故の線も濃厚になったが、警察の上層部は誘拐や母親の虐待といった犯人探しにこだわり、それが遺体発見が遅れた要因だとマスコミは評した。遺体は腐乱が激しく繁殖したザリガニに食い荒らされて死因の特定も困難らしい。
アルバイト先に田村という刑事が聞き込みに来た。私はたばこ休憩中に軽めの尋問を受けた。「たぴおけら」でバイトしていた頃は飲食店という事で禁煙していたが、仕事が変わって喫煙室の掃除をしたりするうちに昔の悪習も復活していた。
田村は30がらみの背の低い男で、シャツにネクタイとホワイトカラーを気取っていたが羽織ったパーカーはシワくちゃで不潔な印象を与えた。鼻の広いあばた顔で濃い髭との毎日の格闘の末に肌は荒れはて血が滲んでいた。
「亡くなったヒロくんとは面識が有ったそうですね」
田村は手帳をめくりながら聞いた。
「公園がアパートの近所なので遊んであげたこともありました。事件の前まで変わったところは有りませんでしたよ。虐待なんて。ああ、もちろん、失踪前は砂場の件でヒロくんは人といる事が多くて、私は遠慮してましたけど」
「ヒロくんは、あなたに貰ったタピオカを砂場に埋めたって、友達には言ってたみたいですね。あなたは先日まで近くのタピオカ店でバイトしていたとか…」
「ええ、そうですけど、それが何か?」
「遺体が司法解剖に回されたのはご存じですか?」
田村の質問は一方的で行き先が見えない。私のアルバイトと死体に何の関係が有るのか。私は田村の態度にムカついた。
「まあ、ニュースで見ましたよ。まだ事件の可能性が有るって、警察が誘拐にこだわったせいで発見が遅れたのに、まだしつこく事件にしたがってるって」
私は田村にチクリと言ってやった。何となく私は警察とか権力とかに反感がある。こんな場末の町で社会からの疎外感があるせいだ。それに今後も警察が事件を追い続けるなら母親の容疑もいつまでも晴れないだろう。子供をあんな形で失っておまけに犯人扱い、彼女に好い印象を持ってはいないが、その心労を察するといたたまれない。
田村は悪びれる風も無く聞き流して言った。
「それが妙な事になりましてね、事件の手がかりだと思うんですけど…」
「はあ」
田村は頭をかいていった。何となく歯切れが悪い。
「実は、ヒロくんの胃の中から大量のタピオカが発見されまして」
「…」
タピオカを食べていたから何だと言うんだろう。もちろん、私があげたタピオカでは無いはずだ。あのタピオカはみんなヒロくんが砂場に撒いたのを見ている。それを刑事に納得させる証拠など無いが、百歩譲って私のあげたタピオカだとしても、そんなに問題だろうか? 田村は私の困惑に答えるように言った。
「それが…ヒロくんの胃袋は、出血するほどパンパンにタピオカが詰め込まれていましてね…、胃袋があんなになるまで子供が自分の意思で物を食べるなんて普通あり得ない。誰かが無理やり食べさせた。そして気管にタピオカを詰まらせ窒息したか、あるいは食べさせたあとで何らかの方法で殺害して川に遺棄した…と警察では考えています」
私は田村の言うその光景を想像して吐き気がした。タピオカを子供の胃が裂けるほど詰め込む? まるで、猟奇映画の異常者だ。
「これで事件の線が濃厚になった…母親が虐待していてタピオカを無理やり食べさせたという可能性もある、共犯者の線も、この辺りでタピオカはあの店でしか手に入らないですし…」
田村は私の表情を探るように言葉を切った。
「あの、それじゃあ私も容疑者だと?」
「いやまあ、普通は自分に容疑がかかるような証拠は残さないですからね、それだけで容疑者という訳には。でも、こういったケースでは誰かに対するメッセージや脅迫だったりするんです。いずれにしてもあなたは重要参考人だ」
私が困惑していると、田村は急に打ち明け話をするように親しげに言った。
「実は、もう容疑者の目星は付いているんです。あなたからその裏付けが取れないかと…特捜部では母親ともう一人、タピオカ屋の店長に目星を付けている。狭い町だ、あの店の店長とヒロくんの母親がデキていて、店の借金もあるし保険金目当てで、邪魔な子供を始末したという筋書きです。ま、よくある話です」
田村に急に距離を詰められて、私はしょうじき気持ちが悪い。
「あの、だったら店長に直接聞いてください。私もう一ヶ月も前に辞めてるし、店長のプライベートまでは…」
「それがですね、その店長も現在、行方不明でして」
4
私はアルバイト早退して田村と一緒に「たぴおけら」に向かった。有給にはならない。私のような社会的弱者にとって無料の捜査協力は負担だ。警察は手当を出すべきだ。
一ヶ月ぶりに訪れた店は、何だか記憶よりも寂れた感じがした。「たぴおけら」の看板も色あせて営業中は気が付かなかった傷をいくつも発見した。
「あなたには中を確認して貰って、それで店の様子が前と違う所が有ったら教えて欲しいんです」
店に入るとホコリが舞い上がり異臭がした。「金色川」の臭いだ。店内の様子にすぐ違和感を感じた。店内は閉店して何年も経ったように、あらゆる物が風化していた。
「あの、警察が入ったのはいつですか? その時からこんな?」
「ええ一昨日、司法解剖が終わってすぐにこちらを訪ねました。その時はもうこんな惨状で、やっぱり営業していたときと違いますか?」
「ええ、だって、この椅子とかカビが生えて、木が腐ってる。ほんの一ヶ月でこんなになるなんて」
私たちはギシギシいう店を奥の倉庫に入っていった。床も湿気を吸ってたわんでいた。倉庫の中はもぬけの殻だった。あの大量のタピオカも見当たらない。ただ、乱暴にちぎり捨てられた袋だけが散乱していた。
「店長、ほんとにみんな捨てちゃったのかしら」
「業者に問い合わせたところ、大量のタピオカが生ゴミとして捨てられたという報告は有りません。どこかに持っていったり自分で処分したという事ですか?」
私は一瞬口ごもり、正直に答えた。
「あの、店長は向いの『金色川』に少しずつタピオカを流していたんです」
田村はアゴを触りながら言った。
「それは、あまり褒められたやり方じゃ無いですね。その、いくら汚い川だと言っても」
「私も言い出しづらくて。でも、店を閉めたときにも、けっこう在庫は残ってたんですよ。あれを一辺に捨てたなら、それなりに目立つはずです。やっぱり、まだ他の所に有るのかも…あ、そうだわ!!」
わたしは倉庫の奥に地下室が有るのを思いだした。タピオカの在庫が積み上がって、中に入れなくなっていたのだ。案の定、空の袋に入り口が隠れていた。
「ここ、調べてないですね」
「ああ、こんな所に…」
田村は地下室の蓋を開けて下に降りていったが、慌てて戻ってきて私を押し戻した。
「入らないで、鑑識が必要になる!!」
5
救急車は来ないで鑑識の車がやって来た。遺体は小さなビニール袋に入れられて運ばれていった。ミイラ化した遺体だという。私は鑑識に呼ばれて遺体を見たけれど、干からびた顔からは誰とも見分けることは出来なかった。身元確認には歯形の照合が必要になるだろう。そしてこの遺体も司法解剖に回されるはずだ。
遺体が石本ならば最後に私が会ったのは「たぴおけら」を閉めた日だから、最長でも一ヶ月でミイラ化した事になる。田村はそんな事は不可能だと言った。警察では第三者の遺体として捜査を続ける事になる。私に遺体確認以上の用は無かったが諸々の事情で深夜まで家に帰れなかった。もしも、警察が言うようにあれが石本でない別人の遺体なら、私はずっと死体の上でアルバイトをしていた事になる。そう考えると背筋が震えた。
警察車両に送ってもらってアパートの戻ると、自分の部屋も前より寂れたように感じた。窓を開けると平屋の向こうに公園が見えた。砂場の花はアッという間に涸れていた。もともと季節外れの開花だったのだ。花壇の回りは妙に湿気て花の残骸はいつまでもネットリとした粘度を保っていた。砂場を元のように使うには土を全部入れ替えるしか無さそうだ。外の空気は生ぬるく汚染川の匂いがして、私はすぐに窓を閉めた。
テレビをつけるとニュースは相変わらず水星を特集していた。
「N251は地球の公転軌道に乗っていて、これからもしばらくは地球とランデブーを続けるでしょう。もしかしたらこのまま二つめの月になるかも知れないですね」
私はシャワーを浴びて寝る事にした。「たぴおけら」の店の湿気と匂いが肌まで染みこんだ気がして、念入りに体をゴシゴシこすった。
布団に入ってもすぐには寝付けなかった。目を閉じると初めて見たミイラの顔が浮かんでくる。ポッカリ開いたあの暗黒の目と口。冷蔵庫を開けて発泡酒を取り出すとき、入れっぱなしのタピオカを思い出した。もう腐ってるはず、明日捨てよう。発泡酒を飲むと逆にお腹が冷えて寝付けなかった。暗い部屋で音量を絞ったテレビを照明代わりに恐怖を紛らわす。
ようやくウトウトした頃、生臭さと湿気で目が覚めた。窓を閉め忘れたかと思ったがやはり閉じたまま。私は気のせいだと思ってもう一度目を閉じた。何かオカシイ。部屋の様子がいつもと違う。一瞬の光景を反芻する。どこかが違う、どこが…?
「あ…!?」
私は目を開いて天井を見た。暗くても分かる。見慣れた天井の模様が変だ。渦巻き模様のボードが密度が濃いような気がする。目を懲らすと次第にディティールがハッキリしてボコボコと立体感が現れた。まるで天井に一面に巨大タニシが張り付いた様な…いや、本物のタニシだ。何故ならそれらは微妙に蠢いている!!
「ギャッ」
天井のタニシが落ちてきて、私は反射的に布団を跳ね上げた。
ガシッ
しかし肩を上から押さえつけられ動けない。と、同時に顔全体を撫でるような感覚。ボトボト、腹の上に巨大タニシが落ちてきた。
「ブクブクブク…逃がさ…ない…」
口いっぱいに泡を含んだ女の声がした。ヒロくんのお母さんだ!! 体を押さえつける力が一瞬抜け、顔を覆う髪が離れた。頭を上げると目の前にもう一人いる。そいつが布団にのしかかってきた。
「ヴェヴェヴェ、はなおかさん…」
「て、店長!!」
石本は私に馬乗りになると髪をつかんで顔を押さえつけた。ヒロくんのお母さんにアゴをつかまれ無理やり口を開けさせられる。
「オゴゴゴォォ…」
何かの器具を口に挿入されて閉じられない。先端が喉まで入って苦しい。ヒロくんのお母さんは私の頭をジャンプで飛び越えた。何も着ていない生っ白い裸が私の顔にまたがって…
「ブリブリブリ!!」
「おげ、オゲェェエエエエ!!!」
吐き出したくても吐き出せない。
「オエオエェェ」
スゴイ圧力と匂いが口いっぱいに広がり、無理やりのどの奥、胃の奥まで何かが流れ込んでくる。ブリブリという食感、タピオカだ!! ヒロくんのお腹にいっぱい詰め込まれていたタピオカ。
「おええ、おげええええ…」
数秒の事だったのか数十分なのか、強烈な圧迫感と匂いに何度も意識を失いそうになった。顔の上から尻が離れて、うっすらと目を開けると目の前に店長がいた。頭のてっぺんがはげ上がりヌメヌメと光る緑色の肌。店長は河童みたいだ。
私は意識を失った…
「N251は突然軌道から外れ、地球とのランデブーは終わりました。次に地球に接近するのは10年後か、20年後か…」
テレビの音が聞こえる。窓から差し込む光を感じて私は目を覚ました。体中汗だくで、ヌメヌメして気持ちが悪い。すぐにシャワーを浴びよう。とんでもない夢を見た気がする。
遅刻してアルバイトに向かう途中、「金色川」にさしかかると捜査員がまだ川をさらっていた。歩道で田村に声をかけられた。
「例のミイラ、やっぱり石本さんだったよ。胃袋から大量のタピオカが発見されてね。しかも、干からびたミイラの中だってのに、生みたての卵みたいに新鮮でプリプリだったんだ!!」
田村はさも怪奇な現象に遭遇したように言った。私はそれを聞いてもさほど驚かなかった…了