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魔女の言葉にのせられて、綻ぶように恋がはじまる


 ルタ様に呼ばれて領主館へ向かうと、応接間へ通された。薬作り以外で呼ばれるなんて、初めての出来事。

 ただでさえいつもよりもずっと緊張するのに、うちの扉よりも頑丈な扉、布張りのソファ座面には花の刺繍、テーブルは木製のくせになぜか光っている。

 何か失敗したのかしら。


 いや、薬作りでの失敗だったらその時に仰るはず、と思考の方向を変える。

 やっぱり、酷い粗相をルタ様にもしてしまっていたのではないだろうか。

 言葉遣いとか、接し方とか……無意識に。やはり(かぶり)を振りたくなる。


「入りますね」

ルタ様の声と共に、あの頑丈な扉が開かれる。慌てて立ち上がり「すみませんでしたっ」と叫んでしまった。目を瞑り、言葉を待つこと数秒。


「お待たせしたのは、わたくしの方ですわよ」

顔を上げると、優しげなルタ様が笑っていた。そして、私をソファに座らせると、ルタ様がしゃがんで私を見上げた。


「ルディが言っていたすれ違いの意味が少し分かりましたわ。考えすぎるのですね」

「すれ違い?」

「えぇ、クミィもリディアスへと思っていたのですが、先に贈り物をしてもよろしいですか?」

多分、私は今ルタ様との会話に確実なすれ違いを感じている。全く意味が分からないのだけれど……。


「あの、私はどうしてリディアスへ行くのですか?」

「以前からリディアスの薬問屋から、胃腸薬の作り方を教えて欲しいと、言われていたのです」

私の質問に答えながら、ルタ様が小箱を取り出す。いつも塗り薬を入れる入れ物だけど、蓋には花模様の焼き印がされている。

 私がリディアスへ行く理由は分かったけれど。


「でも、教えたら、ディアトーラへの注文が減りませんか?」

「ただ向こうで作るだけで、ディアトーラの薬の評判が落ちることはありませんから」

そして、真っ直ぐ見つめられる。


「だから、信用できるクミィなのですよ。少しじっとしていてくださいね」

そう言われて、ルタ様を僅かに見おろす形のままじっとしていると、ルタ様の人差し指が、その小箱の中の淡い何かを掬い、私の唇に押し当てられた。甘い匂いがする。


 よく分からないけれど、私を見つめるルタ様の黒い瞳は夜のよう。闇の中に光がある。何かが叶いそうな気がしてくる。


「これで大丈夫です」

そう言われ、鏡を見せられると、淡い紅が私の唇に載せられている。口紅?そう思うだけで恥ずかしくなってくる。そして、ルタ様がさらなる衝撃を私に落とした。


「クミィは『好き』を言わせたいのでしょう? その薬がクミィに力を貸してくれますわ」

蒸気が全身から頭へ抜けるようにして、私の思考が止まった瞬間だった。


「お返事はその後で構いませんわ」


 思考の止まった頭での帰り道。領主館玄関で、一番会いたくなかった相手に鉢合わせした。それは、テオも同じだったようで、気まずそうに私を見た後、やっと口を開いた。


「帰り?」

「テオも?」


帰り道が同じだということが恨めしい。並んで歩くが、あの衝撃のせいで言葉が分からない。いや、口を開いても、結局悪態になるのだから、この方が良い。手持ち無沙汰の右手をポケットに突っ込むと、さっきの小箱にぶつかった。

 慌てて左手で唇を押さえる。


「どうした?」

慌てて頭を振る。すると、テオが笑い出した。なんで笑うの? ちょっとむっとする。見慣れないお化粧だけど、笑う必要ないでしょう?


「クミィも呼び出されてたなんて知らなくて、なんか、嵌められた感じ」

「嵌められた?」

「うん、クミィの好きなルディ様に」

それを言うなら、テオの好きなルタ様に、私だって嵌められたんだと思う。


 だけど、指先は唇を隠したまま、動かない。黙っていると、テオが続けた。


「俺さ、リディアスへの留学を勧められてて」

「うん」

「だってさ、三年も……だから、返事を待ってもらってた」

何それと思った。だって、期待されているんだよ。そう思うと、口を覆うのを忘れて、テオに向き合ってしまった。


「テオは行くべきだよ」

ただ、腹が立つ。それだけで。

「そうよ。期待されているんだから。どうしてすぐに返事しないの? どうして、テオはすぐに私の好きなルディ様っていうのよっ」

「クミィだってすぐ、テオの好きなルタ様って言うじゃないかっ。なんだよ、俺がなんかしたのかよっ」

ダメだ、止まらない。


「何にもしないから、だから、だから、腹が立つの。どうして迷うことなんてあるのよっ。ルディ様はテオに期待しているんでしょう? ルタ様だって、きっと。良いわよ。もう、テオのことなんて考えないから。テオのことなんて考えないで、ルタ様に、リディアスへ行くっていうから」

言うだけ言うと、言葉が出てこなくなった。


 力をくれる紅色。


 結局いつもと同じ。なんだか、悔しくなってくる。なんで、こうなるんだろう。ルタ様の口紅は、やっぱり普通の口紅だったのだ。


「クミィ」

テオの沈んだような、力なき声が聞こえた。

「どうしよう……」

テオが変だ。いつもなら、仏頂面のまま歩き続けるだけなのに。


「あと一日待ってくれるって言ってくれたのに、断っちゃった……」

「えっ」

馬鹿じゃないの?……という言葉をやっと飲み込む。


「どうして?」

「だって、三年も、クミィが待ってくれないと思って」

「三年もって、何年なら待ってくれると思ってたの?」

後ろめたそうなテオがぼそりと呟く。


「あと、一年くらいなら……もっと、ルディ様に近づけるかなって思って」

「馬鹿じゃないの。テオはテオなんだから。どう頑張ってもルディ様にはなれないんだから。ルディ様になんてならなくて良いんだから。……戻ろう。一緒に言ってあげるから」

私はテオの手を引っ張って来た道を戻る。


「ごめん……」 

歩きながら自分の唇に触れる。

「……私もルタ様みたいには、なれない。テオのこと馬鹿に出来ないかもね……」

すると、テオが重たくなった。振り返るとテオが真剣な表情で立っていた。


「クミィは充分にルタ様みたいだと思う。ちゃんと一人でも生きていける、すごいカッコいい。そんなクミィが、好きなんだ。伝えなくちゃって、ルディ様にもずっと待ってもらってた。でも、自信なくて……本当にごめん。だから、一緒に行こう」

テオが私の前にいる。何かとても重大なことを言われたような気がするのだけど、……。

 好きとか、一緒にとか言われたような気がするんだけど。


 テオの大きな背中を見つめながら、引っ張られる側になって歩いていた。


 領主館の玄関ホール。

 ルタ様とルディ様が、にこにこしながら、私達を待ち構えていた。

「テオ、心は決まった?」

大きく肯いたテオが「行かせてください」と頭を下げ、続けた。


「クミィを護る役目も、僕にください。よろしくお願いします」

ルタ様が人差し指を唇に当てる仕草をして、にこりと笑った。


 そっか……。


「それは、クミィに言わなきゃ」

ルディ様が当たり前のように言う。


 黙って聞いててあげるから。


 耳まで赤くなったテオが息を吸い込んだ。


 ルタ様の作った口紅(くすり)は、やはりよく効くみたい。

 

 だから、私はテオの言葉に肯いた。




お付き合いありがとうございました。

テオとクミィのお話はおしまいです。

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