好きってどういう気持ち?
朝が来て、また私の一日が始まる。うちは養鶏をしているから、その手伝いからはじまり、領主館へ卵を運び、薬作りをする。
丸薬を載せた板から、丸薬を落とさないように乾燥棚からそろっと取り出し、テーブルに載せ、完全に乾燥しているものからひとつずつピンセットで取って、笊に入れていく。
ルタ様が笊の中の丸薬をさらに小さな紙袋に5つずつ入れて、封をしていく。
ルタ様は、どうやってルディ様と結婚したのだろう。
静かに封をしているルタ様の横顔を見ながら、そんなことを考えてしまう。
「どうしました?」
ぼんやり横顔を見つめてしまっていた私に、ルタ様が不思議そうに尋ねた。
どうやって、好きを伝えたのだろう……。
「ルタ様……」
ルタ様は魔女だと言われていた女性なのに、いつも教会にある女神様に見える。なんでも受け止めてくれるように思ってしまう。
「ルタ様は、どうしてルディ様と結婚なさったのですか?」
思わず、口走ってしまった。そして、くすりと笑われる。だけど、まるでどこか過去を思い出すような、そんな微笑みにも思えた。
「そう言えば、クミィはルディのような方と結婚したくて、薬作りをしているのでしたね」
「私、ルディ様と結婚したいとは思ったことありませんっ」
そう言ってから、とんでもなく失礼なことを言ってしまったのではないかと心配になった。
「ルディ様のことは好きです。優しいですし、頼りになりますし、ディアトーラを護ってくださっていますし、でも、だからと言って」
ルタ様は優しく微笑みながら私の言い訳を聞き続けてくれていたのに、穏やかに変なことを言った。
「クミィの『ルディのような人』はテオなのでしょう?」
「ちが、違います」
少し考えて、「ただ、テオが留学するって聞いて」と繋げると、きょとんとされたルタ様が、爆弾のような言葉を私に落とした。
「あぁ、テオが好きだから、留学されると寂しくなるということを心配しているのですね」
ルタ様は私の言葉を整理しただけ。だから、私の心臓は秘密を暴かれたかのように高鳴り、必死になって何かを訴えようとするのだ。そして、否定しようとする。
「違いま……」
あまりにもルタ様が真っ直ぐに私を見つめるので、『す』と繋げることが怖くなる。
「いつも一緒にいたので……」
「ふたりは仲良しですものね」
だけど、ルタ様の言葉に「はい」とは答えられなかった。
夜、ルタ様の言った「ふたりは仲良し」を考えた。
仲良しだったけれど、今は嫌われていると思う。
だって、……
そう思い、窓をそっと開ける。秋口である。夜風は冷気を含み初め、肌に寒い。だけど、澄んできている夜空に星は満天だった。
あの星のその向こうくらいに、リディアスがある。
大きな国だと聞く。元々はディアトーラと敵対していた国だと聞く。リディアスは、魔女を政敵として狩る国だと聞く。
……テオは大丈夫だろうか。
今はルタ様の薬だって卸している国である。
今の領主様、ルディ様のお父様がリディアス王家から婿入りしているから、仲良く出来ているとも聞く。
その領主様が向ける留学生なのだから、大丈夫なのだろうけど。
「だけど、テオを知らない同級生とかになると、知らないから」
言葉にしたのは、どうしてなのだろう。そして、その後に続けたかった言葉が言えなかったのは、やはり仲良しじゃないからなのではないだろうか。だから、彼は留学のことも言わずに行ってしまうのだろうか。
ルタ様なら、ルディ様ならテオを護れるのだろうけれど、私はリディアスへ行く伝手もなければ、護るための力もない。
星はただ綺麗に瞬き、私を見下ろしていた。
私もあんなふうに輝けたら良いのに。
それなのに、輝けるどころか、テオとまともに話すらできなくなっている。
☆
ルタは、領主館の庭を歩いていた。領主館の庭にはたくさんのハーブと色とりどりのバラの花が植わっている。
その庭でルタは、赤い色の出る花とほのかに甘い匂いのする花を摘みながら、自分の過去をクミィに重ねた。
ルディの言う『好き』の温度の違いに悩んだ日々を。
クミィを見ていて、思い出してしまったのだ。ただ、決定的にルタとは違う。クミィはただ気付きたくないだけで、言葉を発してしまう癖があるのだ。
気付きたくて悩んだルタよりも、ずっと気付ける場所にいる。
「ルタ、何してるの?」
朝の公務が終わったルディが、庭を歩いているルタを見つけて尋ねた。
「惚れ薬を作ろうと思っているのです」
「惚れ薬っ?」
元魔女のルタが言うと、その重みが甚だしい。
「はい」
一瞬目を丸くしたルディだったが、ルタのきょとんとした表情を見て、焦りだけは消える。いわゆる惚れ薬や媚薬という類いではないのだろう。ルタの冗談……のはず、とは思った。ルタはそんなルディを見て、クスリと笑う。
「クミィにあげようと思っています。好きに悩んでいましたから」
「クミィかぁ、じゃあ、相手はテオだね」
ルタはそんなルディを見つめながら、魔女だった者の傍にずっと居続ける彼に、今度はテオを重ねる。
「ずっと胃腸薬の作り方を教えて欲しいと薬問屋に言われていたのです。もし、テオが『ルディのように』これからも、クミィの傍にいてくだされば、クミィを三年、リディアスへ遣ってもよろしいでしょうか?」
行きたいと言う者全てを留学させる資金は、ディアトーラにはない。クミィの家にもそんな資金はない。そして、もちろん、薬問屋がついているとはいえ、若い女の子のクミィが一人で過ごすには、リディアスの治安は不安である。確かに、テオなら護衛としてもちょうど良い。
だから、ルタはそれを叶えるための道を整えているだけなのかもしれない。しかし、他人の『好き』を叶えようとするなど、以前のルタなら考えられなかった。だから、クミィのことを本当に想った結果なのかもしれない。
だからだろう、慌てた顔をするテオがルディの脳裏を掠めていったのは。
『リディアスへ、留学、ですかっ? えっと……、クミィにちゃんと言ってから、お返事しても良いでしょうか』
「ルタ、その薬いつ渡すの?」
そう言って笑うルディの表情は、悪戯っ子のようだった。
「明後日には出来ますので、その時に……」
ルタは首を傾げて、真っ直ぐにルディを眺める。
「すれ違いにならないようにだけしてていい?」
「すれ違い?」
ルタにはあまりよく分からなかったが、経緯を知らないルディは「大丈夫、ルタがいつも言う『突拍子のないようなこと』じゃないから」と続けた。まったく、クミィもよくルタに恋愛相談なんかしたものだ、とおかしくもなった。
「で、ものは何?」
納得はしたものの、やはり心配そうな表情を浮かべるルディに、ルタがこっそり耳打ちした。
やっと完全に安心出来たルディが笑った。