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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

企画参加した作品

絶望した聖女は狼陛下の寵愛を受ける ~氷の番は永遠なり~

作者: 垢音


「大きくなったら、家族になろう? そしたら寂しくないよ」



 そう言って、私は大きな()()()()()を撫でる。

 その時になんだが元気がないように頷いた気もしたけど……。



(何で今、あの時の事を思い出したの? そうか……これが走馬灯なのかな)



 歩く度にジャラリと音がし、自分が手錠と足枷をされている事に気付く。歩くのが遅い私に、連れて来た騎士はイラついたかのように引っ張っていく。



(ごめんなさい。お父さん、お母さん……。村の皆も何も出来ない私をきっと恨んでる)



 でも私ももうすぐ皆の所に行くよ。

 自分が死ぬんだと分かると、何だか笑えて来た。多分、これでもう関わらないと思ったからこそなのかも……。薄っすら笑う私に気味悪がる騎士は「ちっ」と分かりやすく舌打ちをする。



「罪人にはお似合いの末路か」



 興味が薄れたのかその騎士は私から視線を外した。再び歩くのと私の手に何かを持たせたのは同時だった。思わず視線を上げ、渡された物を見る。



(氷の……花?)



 私の手には小さな氷の花があった。不思議なのはその氷は冷たくないのに、とても温かく感じる事。ただの花でないのはすぐに分かり、私が目覚めた魔法の力だと分かる。一目でその純度の高い魔力が感じ取れ、ふとあの時のワンちゃんを思い出す。

 フワフワの白い毛並みに蒼い瞳。一緒に過ごした時に、時々見えた蒼い魔力。その魔力の感じが、渡された花にも感じられ不思議に思う。



「もう少しの辛抱です。それと貴方のご両親と村の人達は全員無事です。陛下が保護するように命令を下したので」

「え……」



 氷の花を不思議そうに見ていた私に、小さな声で騎士が伝える。でも、その内容に私は呆然となった。

 だって両親も、村の人達もこの世には居ない筈なのに……?

 それに陛下って一体、誰の事を言っているの?



「これより聖女セシルの処刑を実行する!!」



 連れて来られたのは王家が用意した見せしめの舞台装置。

 現に私が現れた事で、ニヤつく貴族達と処刑を実行しようとしてくる騎士と魔法師団。


 私の魔法が、珍しい治癒に目覚めたばかりにこんな事に……。王都に連れて行こうとする騎士に、反対する両親と村の人達は争った。怪我をして欲しくない私が咄嗟について行くと言えば、守ってあげられなくてごめんと謝り続けられ――改めてこの村で育って良かったと思い頑張ろうと思った。


 王族からの命令なら、それに反対するのはマズいだろう。

 育った所を守りたい私は素直について行き、王都で治癒の力を酷使した。珍しい系統だからと、魔法師団には魔力を搾り取られ実験台にされた事もある。


 私が我慢すれば、村は安全なのだ。


 そう思って苦しくても辛くても頑張ってきた。怪我を治せば、治癒だからと感謝される事もないのに王都中では高潔な女性の称号として《聖女》と呼ばれていく。だからこそ、見た目も美しく服も上等な物をと用意された。


 魔法を扱うのには魔力が必要。その魔力を回復させるのは、十分な睡眠と規則正しい生活。

 自分の心が満たされなければ、思う様に力を発揮できない。

 だから私は心の何処かで分かっていた。この力は一時的で捨てられる、と。それでも良いと思った。


 やっぱり私には育った村が良い。

 あそこで穏やかに過ごしたい。そんな思いで私は、治癒の力を使い続けた。なのに――この国の貴族達は、王族は酷い事をした。


 ある時、呼ばれたパーティーでの事。

 面白い見せしめがあるからと、声を高らかに告げた王太子フリードル。



「国に貢献して下さる聖女様にプレゼントをしたいと思います。気に入って下さると嬉しいですね」



 嫌な予感がした。

 なんとなしに村がある方向へと視線を向ける。王城からは見えないが、辛いこの日々を紛らわす為に村がある方向へと祈りを捧げていた。


 その周囲に突然の暗雲。自然のものよりも、どす黒く雷が放たれる。

 それが魔法の力であるのは一目瞭然で――それが村へと向けられているのと思い、ゾッとした。



【な、なんだっ!? 何が起きて――】

【避難を!! 子供達を奥へと隠せ】

【や、やだっ。畑が……やっと収穫出来るのにっ】



 聞かされた村の人達の悲鳴と雷鳴。

 泣き叫ぶ子供達の声を聞き、私は声が上げられずにはいられなかった。



「いや。……いやああああっ!?」 



 髪を乱し、泣き崩れる私を面白がるように貴族達は笑う。

 帰る場所を失った私は何もかも絶望した。その時、プツンと頭の中で糸が切れた音が聞え気付いた時には、フリードルの首を絞めていた。



「ほ、本性を現したな!! 平民め、やっぱり意地が悪い。処刑だ。この失礼な女を処刑しろ!!!」

「勝手に呼んで、勝手に使って!! 私から何もかも奪って何が楽しいの!?」



 我慢していた分もそこで吐き出しても、私は村の人達を救えなかった。

 帰れる場所を守る為にしてきた事が、こんな仕打ちを受けるなんて――。どこまでも、この国は腐りきっていると分かった。


 その日を境に、私は治癒の力を使えなくなった。

 私の心を満たすものなんてないのだから当然か。魔力を感じ取れなくなり、使えなくなった私を処分する。


 もう……考えるのを止めた。



 Ж



「彼女の保護を最優先!! 歯向かう者は容赦するな」

「「「うおおおおっ!!!」」



 その処刑場は、私が到着した時には混乱を生んでいた。

 怒号と剣と剣がぶつかり合う音。何よりも、指揮をしている人物から目を逸らせないでいた。


 黒いマントを翻し、白い耳と尻尾が見える男性は獣人だ。

 そして彼が扱う魔法の力が氷であり、その魔力が私の持つ氷の花と同じ。もしかして、この花を作った人なのだろうか?



「なっ、バカな!? 何で帝国が――こちらとの和平を破る気か」

「和平、だと?」



 フリードルのその言葉に、怒りの目を向け氷の槍が放たれる。

 王太子を守ろうと魔法師団が障壁を張り、魔法の攻撃を防ぐ。だが、その氷は砕けた先から別に槍を生み再び放たれる。



「陛下の魔法が、お前らごときに破れるものか。愚か者」



 私に氷の花をくれた騎士がそう毒つき、思わず恐る恐る目を向ける。見ている事に気付いたその人は「失礼」と言ってピョコンと白い耳を生やした。



「え」

「俺は陛下と同じ帝国の者です。先程は傷付ける言葉を言ってしまい、申し訳ありませんでした。潜入して傍に行くには芝居を打つ必要があったので……」



 ピンッ、としていた耳が途端にペタンとなる。

 表情も悲し気になり、申し訳ないと何度も謝られる。突然な事にどう反応を返せばいいのか分からない……。

 その内、戦場となった処刑場が沈静化し私を見下していた王太子も含めた貴族達が怯え様子が見えた。高台から見ているから、顔を真っ青にしながら体を震わせる彼等がおかしく見える。



「和平条約を先に破ったのはそちらだろ? 獣人の子供を連れ去り奴隷にして縛り付けた。人身売買の大本も抑え、お前達が関わっていると白状したぞ。しかも見せしめの為に、自分達の欲望のはけ口に聖女を使った。……許されない事をしたのはどっちだ?」

「あ、う……」



 フリードルの足がガクガクと揺れ、やがて崩れ落ちた。

 呆気ないものだと思いつつ、もう私は彼に対して何にも思わない。そうする気力も、今の私には残っていない。



「セシル!!!」



 何故、陛下と呼ばれた人が私の名前を……?

 そんな疑問が浮かぶが、重たくなる瞼に逆らえない。疲れ切っていた私はそこで意識が途切れる事となった。




 Ж



 アルーセル帝国。

 セリューダ国とは長らく和平を結んでいたが、聖女セシルの処刑が実行されると聞かされ奪還のチャンスとばかりに軍を編成した。

 潜入し情報を集めていた諜報員の働きもあり、帝国は容易にセリューダ国を乗っ取った。

 なんせ王都中には既に人は居ない上、門番も居ない状態だった。だからこそ、彼等は処刑場まで邪魔もなく進軍して来れた。


 その指揮をしたのは、帝国を治めるリット陛下その人だった。



「もう、一カ月だ……」

「ですね」

「もうだよ? ねぇ、意味わかってる?」

「はい。ですので、仕事の続きをお願いしますよ、陛下」

「一カ月も!!! セシルに、会ってないの!!!」



 その一か月とは、処刑場からセシルを助けてからの事。 

 リット陛下はぶすっと頬を膨らまし、耳をピンッと立たせて文句を並べ始めた。




「普通はさ。彼女の容体とか、待遇とか決めるよね? その権利はこっちにあるよね?」

「えぇ。だから彼女は、陛下の大事な大事な客人として接してるじゃないですか。陛下以外は」

「それがおかしいの!!! ブレースは、何回も彼女と会ってるんじゃんか」



 リット陛下と同じく白い耳に尻尾を持ち仕事を振るのはブレース。

 陛下とは従兄弟であり、彼からよく聞かされていたのだ。大怪我をした時に、小さな村でお世話になった事。

 その時に、自分に対して家族になろうと言ってくれた子の事を。



「彼女とはもう20日間以上は会ってますね。目が覚めてからの状況を説明したのも、俺ですし」

「そこからおかしいじゃんかーー!! 普通は僕が説明する所なんだけど!? 再会を楽しみにしてたの知ってるよね」

「知ってましたが、仕事が溜まってるのも事実なので。これに懲りたら、勝手に国を空けないでくれます?」

「うぎゅう……」

「力に目覚めた彼女を守る為に、リットが守りの魔力を譲渡したのがいけないんだろ。自分の氷の力が強すぎるのを分かっててやったのか?」

「う、うぎゅう……それは……」



 ブレースの正論が突き刺さり、怒りよりもどんよりと悲しい気持ちが勝る。

 

 同じ狼の一族として、彼とブレースはライバル同士だった。帝国を治める為、王族に課せられた試験を突破した者がその代の陛下として君臨する。数々の試練をこなし残ったのはリットとブレースであり、最後は崖の上にある氷の花を取ってくる。


 見事、その花を取ったリットだったが最後の最後で足を滑らして落ちていった。

 すぐに捜索をしたが、リットが見付かる事はない日が続く。元から魔力が強く持って生まれて来たリットは、防衛本能からその魔力を解き放った。


 だが、その大きすぎる魔力はリットを体を蝕んでしまう。まだコントロールするには、若すぎる故の事であり暴走した魔力で、周囲を凍らせてしまう。それを防ぎたいリットは人から狼へと変身しおぼつかない足取りで、小さな女の子と出会う。


 それがセシルだ。

 両親が薬師なのもあり、幼いながら薬草を集めるのを手伝っていた彼女は、血が流れている事で怪我をしている事に気付きすぐに中断。村の人達の助けもあり、リットは手当てを受け元気になるまで村で過ごした事がある。



「その事も含めて、話したかったのに……。ブレースが仕事を理由に閉じ込めるから」

「当然です。彼女を見付けて、事情を話そうとした矢先に連れていかれる場面を見てそのまま4年も帝国を空けてましたよね?」

「うっ。それは心配で……。しかも、平民だからってイジメた上に扱いが酷かったし慰めたくって」

「だからと言って護衛でもあり、諜報員でもあるカゲロウを使わないで下さい」

「いやいや。良かったぜ? あんな必死なリットは貴重だし」



 言い合う2人をのんびりと見ているのは、護衛のカゲロウ。

 俊敏な豹の獣人であり、ニヤニヤと面白そうに眺めている。



「あ、陛下。セシルちゃん、今日は羊姉さんとリス姉さんとで買い物だって。良かったな、元気になって♪」

「そういうのは僕がするのーー!? と、いうかしたいのーー!!」

「あと昨日渡したマフィンは、セシルちゃんの手作りだ。嬉しいだろ?」

「めちゃくちゃ嬉しいけど、ちゃん付けはするなっ!! イライラする」

「残念。ちゃん付けしていいって、本人から許可貰った」

「ぐ、羨ましい、ずるい……!!!」



 バンバン、と机を叩き悔しさを表現するリット。

 無駄な抵抗と言わんばかりに、ブレースは仕事を積み上げる。その量にどんよりとした気持ちで向き合い、セシルに会えないとは何の拷問だとつい零した。



「国を無断で空けた罰です」

「うわ、正論だしリットには一番効くじゃん」

「うぎゅう……」



 カゲロウは助ける気はない。

 ヘトヘトになった体で、自分の部屋にようやく着いたリットはそのまま寝室へ。服を着替えるのも面倒な位に、働いたからか既に瞼が潰れている。



「うぅ……セシル……。会いたい、よぉ……」

「っ!?」



 ガタン、と大きな音がしたが起きる気力もないリットはそのまま寝てしまう。

 不思議な事に、翌日にはその疲れも吹き飛んでスッキリした気分になる。それはちょうど、セシルが気を失ってから目覚めたと聞いた日から続いている。




「これにて終了ですね。お疲れ様です」

「お、終わったぁ……」



 耳と尻尾が垂れ下がり、自分の限界を搾り取ってリットは仕事を終わらせた。仕事を振って来たブレースを睨みながら言ったのは、せめてもの恨みがあるという意思表示。

 しかし、ブレースはそれも含めて分かっているが涼しい顔をして「お疲れ様です」と返すのみ。



「仕事の鬼め。生まれて来る種族を間違えただろう」

「間違えてないですよ。最後の試験だって、陛下の圧勝でしたじゃないですか」

「そう? 勝ちを譲ったように思えるけど」

「あの時は本気でした。が、気付きました。表で仕切るより裏で仕切る方が俺にあってるな、と」

「うわー知りたくなかった真実」



 え、じゃあずっと嵌められた? とショックを受ける。

 そんな彼に構う事なくブレースは「入って下さい」とある人物が執務室へと入る。



「お、お邪魔します。リット陛下」

「え」



 そこには水色のワンピースに白の上着を着たセシルがいた。

 処刑台で見た時は、全てに絶望をしていた彼女も今では元気を取り戻しているのがよく分かった。肌艶もよくスッキリとした顔立ち。

 

 そして、ピンクの髪に紫色の瞳。恥ずかしそうにしている彼女の後ろから来たのは、羊とリスの獣人だ。



「お疲れ様でーす、リット陛下。セシルちゃんと買い物してましたぁ」

「凄く楽しかったです♪ セシルちゃんと仲良しでーす」

「羨ましすぎるだろ、君等!!」



 ちなみにこの羊とリスの獣人は、カゲロウの部下。

 セシルの護衛を密かにお願いしていたブレースは、悔しそうにしているリットを見て満足気。


 それを見たカゲロウは敵に回したら恐ろしいのは、リットよりもブレースだなぁと密かに思った。



「両親や村の皆の事、本当にありがとうございました。この恩は一生をかけても返しきれません」

「あ、いや……。そんなにかしこまらなくても」



 現在、2人は王城の庭園へと来ていた。

 帝国が誇る氷の花は、代々の王族達が継いできた力の結晶。そしてその氷の力が、帝国では最強の力を持つ証でもある。



「ブレースさんから聞きました。この庭園の花が一輪なかった、と」

「よ、余計な事を……」

「でも、あの花から温かい力が流れて来るのが分かりました。まさか魔力が感じ取れなくなっていた私が、また魔法を扱えるなんて思わなかったです」



 リットは幼い日に、セシルから言われた事を覚えている。

 村での暮らしが楽しく、なによりセシルの傍に居るのが心地いい。しかし、いずれリットは帝国を治める立場になる。


 そうなれば、この楽しい時間に終わりが来る。


 それを寂しくとても苦しい事が続くのかと思った事もしばしばあった。そんな彼の心情を読み取ったのか、セシルは何げなく言ったのだ。


 家族になれば、寂しくないよ――と。



「あの言葉があって、僕は嬉しくって……。これから辛い事があっても、セシルの言葉を秘めてここまでやってこれた。だから見てすぐに分かったんだ。君の魔法の発現に。大きすぎる力は、簡単に意思を飲み込んでしまう。……だから、そうなって欲しくなくて守ろうとしたのに、失敗しちゃった」



 リットが行った魔力の譲渡は、小さなセシルの体を守った。

 あとから知ったが、リットのこの行為は自分の伴侶として加護を与えるものだという。だからこそ、リットは常にセシルの居場所が分かり彼女の苦しみが伝わって来た。


 本当ならすぐにセシルを助け出したい。

 しかし、和平を結んでから数百年。

 帝国は軍事国家として大きな力を持った。それをいいことに、和平を結んだ国は何かあれば帝国の存在をちらつかせた。

 だから、セリューダ国は非合法での実験を行い条約も破ることにも躊躇がない。


 極めつけは条約を無視した奴隷制度と人身売買。

 同じ人間では飽き足らず、ついには帝国の獣人にまで魔の手が迫っていた事実。このまま行けばセシルのように、居場所を失う者達が次々に現れるだろう。


 手を切るなら、タイミングはあそこしかない。そう、自分に言い聞かせて来たとリットは説明をした。



「すまない。セシルを迎えに行く前に辛い経験を沢山させて。僕がもっと優秀なら、苦しませずに済んだのに」

「そんな事ないです。だって……村の人達を全員助けてくれた。それに私達の居場所を、ここに作ってくれました」



 セシルが絶望したあの日。

 リットはカゲロウから、妙な動きをしていると報告を受けていた。数人の騎士と魔法師団がそれぞれ固まって散らばりつつあの村を包囲している。黒い雷が畑や家畜として育てていた牛や豚に直撃するように誘導し、避難をしている際にリットは転移を行った。


 村1つ分の転移ともなれば、かなりの魔力が消費される。

 だが、カゲロウ達を見張らせていたリットは転移が出来る準備を進めていた。もし、村に何かしらの被害を及ぼそうとした時に自動で発動できるようにと設定をした。


 実際、あの雷の威力はかなり強力だ。

 あれが直撃すれば、跡形もなく消える。それだけの魔法を開発していると掴んでいたリットは、村ごと転移し居場所を失った彼等を手厚く保護をした。



 絶望し苦しんでいるセシルの心の内は、リットにも流れ込んでくる。

 乗っ取る計画も含め、彼女が大切にしている人達を失う訳にはいかない。帝国は、人間と獣人とが暮らしているのもあり、国民達に告げれば皆が協力的にしてくれた。


 環境に慣れない彼等を気遣い、職場を教えてたりしていく内に村の人達は国民の権利を得た。そして、セシルもブレースから事情を聞き嬉しさのあまり涙を流した事は今でも覚えている。



「本当にありがとうございます。今では笑ったり泣いたりが出来る自分に驚いてます」



 これも陛下のお陰ですと嬉しそうにするセシルを見て、リットは自分の行動でそうなれたのが嬉しく小さく尻尾を振った。耳も嬉しそうに動いているのが、セシルからも見え嬉しそうに微笑んだ。



「本当なら、僕が帝国を案内して色んなお店や気に入ってる所とか案内したいんだけど……。全部、ブレース達に取られたし」

「す、すみません」

「いや、謝らないでいいよ。でも、これからの事を聞いて欲しいんだ」

「……はい」



 自然とセシルはリットに向き合う。

 緊張したようにリットは息を吐きながらも、決意を固めてセシルに告げた。彼女の手を優しく握り、目線を彼女よりも下になる様に膝をついた。



「僕はね。あの時、セシルに家族になったらと言われてハッとしたんだ。あんなに心地が良かったのも、村から離れたがったのもきっと恋に落ちてたんだなって。これから先、絶対に幸せにして見せる。だから……僕の伴侶として、これから隣に居て欲しいんだ」

「っ」

「すぐに助けに行けなかった僕に説得力はないかも知れない。でも、約束するよ。大事にするだけじゃない。幸せ過ぎるって思う位、セシルの事を愛させて。後悔させないから」

「……はい。私、今から傍に居ても遅くないですか?」

「全然。むしろこれからセシルの事が知れると思うと、僕は嬉しいよ」



 手を広げているリットに思い切り飛び込むセシル。

 絶望をしていた彼女は、今、全てを助けてくれたリットに甘えた。2人が互いを確かめるように抱きしめ返す様は――翌日の緊急速報として帝国中に知れ渡った。



「カゲロウ!!」

「良いだろう別に。告白の内容は書いてないんだしっ――おわっ!?」



 諜報員は裏の顔。表では帝国の国民に情報を届ける記者としての顔を持つ。

 つまり、昨日の2人の告白の場面などはしっかりと聞いている状態。部下の羊とリスの獣人も、自分の事のように嬉しいのか泣いて喜んでいた。


 怒りのまま氷をぶつけるも、カゲロウはギリギリで避けたり風の魔法で相殺。

 セシルが、リットの伴侶として生きる事。それを彼女の両親は安心して送り出しまた盛大に祝った。

 

 その頃のブレースは、式典の準備やセリューダ国から流れてきた国民の受け入れに大忙し。全てが終わった後に、またリットを閉じ込めようと決めて膨大な量をこなしていく。



(っ、なんだ、今……寒気が……!!)



 ヒヤリとした感覚を覚え、思わずリットは周囲を見る。

 嫌な予感を覚えつつ、きっと気のせいだと思わずにはいられない。そんな彼は、セシルのマッサージを受けて真っ最中だった。



「まさか、あの激務の時から来てたとはね。じゃあ、目が覚めてからずっと僕の体を癒してたの?」

「うん。あの時は、仕事が忙しそうにしててゆっくり話せなかったし。お礼がしたかったなって、そうしたらブレースがマッサージはどうかと提案してくれて。やり方も教わったよ」



 なるほど、と納得した。

 服も着替えられていたから、世話係と一緒に手伝ったなと思う。

 そう言えばと思い出した事がある。

 疲れた翌日に、セシルの匂いがしていたなと。マッサージをしていたのなら仕方ない。自分の妄想でなくて安心したリット。



「飴と鞭の使い方間違ってるような、そうでもないような? 絶妙な感じでいくのが怖い。そもそも、ブレースの奴が無理矢理に詰め込むからだし……」



 しかし、国を空けてしまったのは事実なので強く言えない。でも、これを妻であるセシルには知らせたくないと変に濁す。

 一通りのマッサージを終えたセシルは、自然の流れでリットの傍に行く。


 初めは恥ずかしくてなかなか近づけなかったが、今はこうしている方が安心できる。

 自分も少しは進歩できたのかなと思っていると、リットと目が合う。考え込んでいるセシルが可愛くて見ていたというリットに、分かりやすく顔を真っ赤にした。



「そ、そういう不意打ちはいらないっ」

「甘やかしたいのは事実だよ。……ねぇセシル。今、幸せ?」

「リットがくれるからね。十分幸せだよ」

「それは駄目だね。言ったでしょ、僕。幸せ過ぎる位に愛するって」

「これ以上、幸せになるのって……何だか怖いよ」



 セシルは聞かされていないが、セリューダ国の王族を含めた貴族達は粛清の為に処分した。

 周辺諸国に、次のセリューダ国にならないようにする為にと実行した。だから、こうして穏やかに笑えるようになるまでに回復したセシルを甘やかす。


 彼女の心が満たされる時、またリットの心も満たされる。

 何が来ようが、リットは負ける気はない。もう2度と好きな人を悲しませない為に、その為の努力も苦労も背負う気でいる。



「何が来ても僕は負けないよ」

「え、何か言った? リット」



 ボソッと言った事がセシルに聞こえた様子。

 何でもないと言い、狼へと姿を変えていく。ゴロンと彼女の傍に寄れば待ってたとばかりにセシルは、思い切り息を吸った。



「リットの毛並み、フワフワで気持ちが良い~」

「そう言えるのはセシル位だよ。これでも僕、狼陛下として恐れられてるんだけどねぇ」

「でも、ブレースにはもっと頭が上がらないよね」

「アイツは仕事の鬼。裏で罠を張るのが好きな奴で、徹底的にやるから怖い」

(そっちの方が狼陛下っぽい……?)



 密かにそう思うセシルだったが、何だか不機嫌になるリットを見て思わず「ごめん」と謝る。

 

 居場所を奪われ、育った所も失い絶望した聖女セシルは狼陛下であるリットの寵愛を受ける。治癒を駆使するセシルは、リットの魔力を譲渡された事で守りの力も発現しその力は、帝国を守る結界へと変貌を遂げた。


 

 2人を結んだとされる王家の花でもある氷は、やがて番の象徴として種族を超えた素敵な物語として、帝国中に伝わり語られていく事となった――。


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― 新着の感想 ―
[良い点] まさに増長していたという以外ない、あまりにも非道なセリューダ国の行いに憤りを感じました。 同時にこれまでにセシルが受けてきたその数々の苦痛を思うと、処刑が行われなかったことに安堵を覚えます…
[良い点] 「獣人春の恋祭り」企画から拝読させていただきました。 緊迫感溢れる前半とほっこり楽しい後半。 両方楽しませていただきました。 ありがとうございます。
[一言] 最初、とても悲しかったけれど。 でもざまぁできて愛されてハピエンで良かったのです( ´∀` )
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