8話 外堀 ★
「今日からこちらに住むことになりました」
それから数日後。
マーサさんとキールさんにホテルから連れ出されてついたのは、街のやや中央から離れた位置にあるお屋敷だった。
「えーと」
私がエデリー商会にいたとき住んでいた屋敷よりさらに大きさの屋敷に、どう反応していいのか困っていると。
「ホテルの一室ではあれでしょう?先日旦那様が買われたそうです」
買った!?この屋敷を!?
「でもあの、五日で買えるものなのでしょうか?」
「旦那様ですからねぇ。
あの悪徳商人で有名なランドリュー商会のヴァイス様ですよ。
他所から奪い取ったお金がたんまりあるから大丈夫ですよ」
マーサさんがけらけら笑いながら言うと、キールさんがごほんと咳ばらいをして
「ちゃんと正規に稼いでいますよ。人聞きの悪い。
しかしこじんまりしたところですが、いいところですね
人もこれなら少な目でも大丈夫でしょう」
「こ、こじんまり!?」
どこがこじんまりなのだろう。
広い庭園もあり、屋敷も4階建ての立派なものなのに。
「そうですね。
まぁいつかはランドリュー商会の本社のある国に行くことになるのですし。
所詮仮住まいですからね」
「か、仮住まいですか?」
「そうですよ。奥様の国は離婚後半年他国への出国禁止ですから。
奥様が移動できるようになるまで半年はここに留まらないとですから、それまではここで療養しないと」
「あ、あのもし半年ここにいたとして、その後はどうなるんですか?」
「え。不要ですからまぁ支部に流用しましょうか。
利用方法は後程考えるでしょう。旦那様が」
「そうですね。考えますよ旦那様が」
うんうんと頷く二人。
な、なんだかすごい事になってしまって私は狼狽する。
ど、どどどどうしよう。
ここまで用意してもらって断れる?
どんどん断りづらい状況になっている状態に私はため息をついた。
「今日の夕飯はわたしが腕によりをかけてつくったサファのステーキです♡」
そう言って夕飯に出された食事に私は頬をひきつらせた。
「これ舌ざわりからして一級品ですよね?」
「流石商家のお嬢様はお口が肥えてますね。シャンデール地方の一級品です♡
胃にも優しい食材ですのでご安心を♡」
(一般市民の給与の二か月分!?)
「さ、食べてください」
にこにこ笑って勧めてくれるマーサさんに笑顔で私はお礼を言って食べ始めた。日数が伸びれば伸びるほど断れない状況になっていることに気づいて、私は気落ちする。
本当にどうしよう。
★★★
「外堀の埋め方がエグイですね」
今日の食費がいくらとぶつぶつつぶやいて部屋に戻っていくシルヴィアを見つめて、キールがマーサに突っ込んだ。
「もちろんですよ。頼まれましたからね旦那様に。
途中で逃げられないようにしてくれって♡」
マーサが笑顔でキールに答える。
「私、旦那様と貴方だけは敵に回したくありません」
「よくいいますよ。妹が病気だと話を捏造しておいて、キール様も同類じゃないですか。
キール様、妹なんていませんよね」
マーサが薄目でキールを睨む。
「そうでもしないと出ていかれたら、私の首が飛ぶでしょう?物理的に」
と、キールは苦笑いを浮かべるのだった。
★★★
(どうしよう。ざっと思いつく限り私に消費してもらった金額を計算すると……。
一生かけても払えない)
紙に書いた私の食べた物、ホテル代金、医者の費用、私用にオーダーされた服。そしてこの館のために雇われた人たちの人件費。それだけで軽く予算オーバーだ。
この建物まで含めてしまったらもう身体の臓器を売っても無理で逆立ちしても1/10も払えない。
(契約結婚だし、これはもう受けるしかない……)
ここまでしていただいて、嫌ですとはさすがに言えない。
そして借金をかえせるあてがない。
でも私なんかでいいのかな?
鏡に映る自分。
そこにるのはエデリー家を出る前の自分とは比べ物にならないくらい健康で。
ほっそりはしているけれどちゃんとお化粧をしているので前より全然見られるようになっている。
髪もトリートメントを毎日しっかりしたおかげかかなりつやつや。
……そっか。お化粧すらしていなかったもの。
綺麗なのは妹だと思い込んでいたけれど、私ももう少し頑張れば綺麗になれるのかな?
……私も幸せになれるのかな?
そんなことを考えてはっとする。
優しくしてくれるのは契約結婚するからで、別に愛のある結婚じゃない。
それでも幸せになろうと考えてしまうのはおこがましいのかもしれない。
それにあの人も最初の頃は優しかった。
変わったのは結婚してからだ。
マーサさんと色々話して色々食べて、街を回って、そしてよく睡眠をとるようになって。
普通の生活を送れるようになって気づいた事がある。
なんで私あそこまで尽くしていたんだろう?
なぜかエデリー家にいたころは逃げようという気すらおきなかった。
でも今思うとあの状況は普通じゃなかったと思う。
私一人だけ仕事をさせられて、睡眠時間ももらえずお給金すらもらえなかったあの状態を正常と思い込んでいた自分はどうかしていた。
完全に夫と夫の母、そして妹の支配下にあったことに気づいてぞっとする。
そう思うとやっぱり結婚は怖い。
再び男性に人生を預ける勇気がない。
……お金どうしよう。
私はぐったりとベッドに倒れ込んだ。