7話 マーサさん ★
「今日から奥様のお世話をさせていただきことになりました。
マーサです。よろしくお願いいたします」
結局、次の日になってもヴァイス様は現れなかった。
代わりにホテルにきたのは世話係と自己紹介したマーサさんだった。
赤毛の気のよさそうな恰幅のいい優しそうな女性。
「は、はい……よろしくお願いいたします」
甘えていいものか迷うけれど、勝手にでていったらキールさんが首になってしまう。
それは困る。首になったらどれだけ大変か、嵐に放りだされた私だから知っているもの。
マーサさんは私を上から下まで見た後
「だいたいなんですか、キール、お風呂にもいれてないじゃないですか」
と、キールさんに怒りだした。
「仕方ないでしょう。私が奥様をお風呂にいれるわけにはいきません」
「それはそうですけど、さ、奥様まずは身なりをととのえてさっぱりしましょう」
「あの、奥様という呼び方は……」
「ああ、まだ婚約段階でしたね。まぁ、いいじゃありませんか。どうせ奥様になるんですし」
「え?いや、その」
「さぁ、行きましょう」
私はニコニコ顔のマーサさんにお風呂に連れていかれるのだった。
「どうですか気持ちいいですか」
「はい、とても」
何年ぶりだろう。そういえば私にもこうやってお風呂に入れてもらえる時代があったことを思い出す。
いつ頃からだっただろう、あの人がもってきた商談で大きな損害をこうむってから質素倹約をしなくてはいけなくなった。
あの頃から寝る暇も惜しんで仕事をしなくちゃいけなくなったんだ。
「それは大変でしたね」
お風呂を出て髪をとかしてもらいながら、昔の事を話すとアニスさんが笑ってそう言ってくれた。
「でも仕方ないですよ。家が大変だったのですから」
「奥様、私は昔、ヴァイス様の元で働いていたのですが結婚して、この国に越してきて夫と子供とともにこの国に住んでいました」
「そうなのですか?」
「はい、エデリー商会の本店もよく行っていましたよ。リックス様とサニア様はいつもきれいに着飾っていましたが」
「それは仕方ありません。私とは違いますから」
「……」
その言葉になぜかマーサさんに抱きしめられた。温かくて気持ちいい。でもなんでだろう?
「マーサさん?」
「ああ、すみません。さ、綺麗になりましたよ」
鏡に映るのは、うっすらとお化粧をしてもらった自分で綺麗になった姿で少し恥ずかしくなる。
お化粧をちゃんとしたのはいつぶりだろう。
「マーサさんはお化粧が上手ですね。私でも見られるようになりました」
「元がいいからですよ。もっと食べてもう少しふっくらしてきたらもっと美人になりますよ」
「そ、そうだと嬉しいのですが」
「そうですね、お昼はレストランに行きませんか。美味しいところを知っているのです。
あっさりしたスープの美味しいところなんですよ。スープなら食べられますよね」
「え、でも私お金は」
「未来の奥様がお金を気にしたらいけませんよ」
★★★
「今日はとても楽しかったです」
せっかく綺麗になったのですから外で遊びましょうとマーサさんと街にでかけた。
嵐はすっかり過ぎ去り、みな買い物をしていたり散乱したごみを片付けたりと街は活気づいていて見て回るだけでもとても楽しかった。
レストランで食事をしたり洋服を買ったりとしたけれどお金は全部マーサさんが払ってくれている。値段はちゃんと覚えているのであとで働いて返さないと。
ホテルの部屋に戻るとマーサさんがもってきた荷物をもって微笑んだ。
「それはよかったです。奥様また明日も朝に来ますね」
「えっと、その、ですが私は奥様じゃな……」
「それは旦那様と奥様の問題なので、旦那様に言ってくださいね♡」
「……はい」
もうこのホテルに泊まらせてもらって2日もたっている。
ホテルも一流ホテルのため、返さなきゃいけないお金がどんどんすごい金額になっている。
早く帰ってきてもらわないと私も借金漬けになってしまう気がする。
……私お金返せるかな……。
紙におおよその金額を記入しながら私は大きくため息をついた。