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5話 契約結婚 ★


 ……ここは?


 やわらかい肌触り。まるで柔らかいベッドに寝ているような違和感に起き上がる。

 見渡すとかなり高価な調度品の整った部屋で、高級な布団をかけて寝ていた。

 まるでホテルのような部屋で、自分はベッドで寝ていてソファには見知らぬ男の人が本を顔にかぶせて眠っている。


 何がどうなっているのだろう?

 私は馬車にひかれて死んだはずなのに。


「……ここは……」


 思わず立ち上がろうとして、そこで


「目が覚めましたか」


 綺麗な顔立ちの長身の男性に声をかけられる。


「……え、あ、貴方は?」


「私はヴァイス・ランドリュー、商人です。

 誤解を招く前に言っておきますが、私は貴方を保護したのであって、誘拐ではありませんのであしからず。

 貴方が私の馬車の前に飛び出してきましてね。

 見ての通り外は嵐であのありさまですので、放置するわけにもいかず、ここへ連れてきました。

 すでに医者に診てもらいましたが、栄養失調と疲労によるものだそうです」


 そう言われて窓の外を見て見ると、外はたしかにかなりの雨と風だった。

 高級なホテルなため魔法での防音が完璧なせいか気づかなかった。


「た、助けていただいてありがとうございますっ」


 私は慌てて頭をさげる。


「お礼は結構。身元を調べさせていただきましたが、貴方の状態を見る限り、貴方をこのまま返すにはあまりいい環境というわけではなさそうでしたので、家への連絡は控えさせていただきました」


 そう言ってヴァイス様が私の身分証を私に渡した。


「……ありがとうございます。

 連絡を控えてくださってありがたいです。

 もうあそこに私の居場所はありませんから」


 よかった。エデリー家に連絡をされたらきっとまた怒られてしまう。

 お前など知らないと、罵られる未来が視えて、急に悲しくなって涙ぐんでしまい、あわてて涙を手でぬぐった。


「……居場所がないですか?よろしければ理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「はい。離婚したので、もうあの家は私の居ていい場所ではありません」


 私が身分証を抱えながらいうと、ヴァイス様は凄く不思議そうな顔をした。


「わかりません。家を継いだのは貴方のはずです。何故貴方が出ていかねばならないのですか?」


「それは私が仕事も出来ないし、役立たずで、女としてもこんな姿ですから」


 ベッドから見える鏡に映る自分の姿に泣きたくなる。

 身なりを整えてなかったせいで本当に酷い。


「……。

 関係ありませんよね?」


「え?」


「家を継ぎ、土地建物、そのほかのものも名義はすべて貴方のはずです。

 仕事ができようがどのような身なりであろうが貴方が家を出ていく理由にはならないはずですが、婚姻後に名義を移したのでしょうか」


「……はい。私には不相応だと。全て夫に」


「………」


 ヴァイス様は無言で私を見つめた。


「それはいつ頃?」


「……結婚して二年目くらいだったと思います」


「それについて貴方は何も思わなかったのでしょうか?」


「……?

 家は夫と妹の方がふさわしいと思いましたから」


「確か貴方の妹は妻側の連れ子で相続権はないはずですが?」


 ヴァイス様が聞いてくる。

 確かに母が死んで新たにきた新しい母の連れ子だ。

 でもそんなこと関係ない。

 だって彼女のほうがふさわしいもの。


「彼女の方がふさわしいですから」


 私の言葉にヴァイス様はもっていた葉巻に火をつけようとマッチをすり、慌ててそのマッチの火を消した。

 葉巻を無造作にポケットにつっこむ。


「わかりました。今の貴方とこの会話をしても不毛でしょう」


 ヴァイス様の声から少し苛立ちを感じて私はびくりとしてしまう。

 男の人の怒る声はいまだに苦手だ。

 私は無能だからすぐに人を怒らせてしまう。


「ああ、申し訳ありません。イラついたのは貴方にではなく、相手方なのですが。

 ……わかりました。今の貴方は職も住むところもないようですから、私が雇いましょう」


「え? どうしてそれを?」


「貴方の服装と行動、そして今までの言動でそれなりに推察はできます。

 違いましたか?」


「それはそうなのですが……、見ず知らずの私を雇っていただけるのでしょうか?

 この通り見かけも酷くて、仕事もよくできないですから……」


「エデリー家の取引先くらいは把握しているのでしょう?

 その情報を所持しているだけでも、十分雇うだけの価値はあります」


「ではお断りします」


「……ほぅ?」


 ヴァイス様が目を細めた。助けてもらった恩はある。でもこれだけは駄目。


「お客様の同意なく顧客情報を流すわけにはいきません」


「取引内容まで話せとはいいません。取引先だけでかまわないのですが」


「それでもです。

 エデリー家の取り扱いはほぼ薬であるポーションです。

 その取引内容は密接にお客様の健康状態や、軍事機密にも関わる事があります。

 そういった顧客の情報を流すのはマナー違反です」


 まっすぐ見つめて言う。いくらできない女でもお客様情報は流せない。

 ダメな私でも私を信じて注文してくれたお客様まで裏切ってしまったら私は本当にダメな人間になってしまう。


「では、貴方はこれからどうすると?

 その所持金では一週間すごすのがやっとでしょう。

 申し訳ありませんが貴方の今の健康状態と、貴方の身の上を考えると雇うところなどないでしょう。

 この街はエデリー家の影響力は大きい。

 エデリー家から追い出された、病弱な貴方がどこかに就職できると思いませんが。

 浮浪者にでもなるつもりですか?」


「それとこれとは別問題です。

 浮浪者になる未来しかないとしても、私を信用してくださった方々を裏切るつもりはありません。

 仕事の出来ない私なりの最後の誇りです」


 そう、この誇りを失ってしまったら、私には何も残らなくなってしまう。

 それだけは絶対譲れない。


 私はいそいで立ち上がると、そのまま荷物に手を伸ばす。


「どうする、つもりですか?」


「必ず今日のお礼はお金を稼いでお返しします。

 今日は本当にありがとうございました。

 けれどこれ以上ここでお世話になるわけにはいきません」


 もしお客情報を聞き出すためだけに私を拾ったのだとしたら、これ以上この人に関われない。

 それに調度品をみるとかなりランクのいいホテルだろう。

 あまり長く滞在してホテル代を請求されても私には払えないのだから早く出て行かないと。


「この嵐の中をですか?」


「どこかで雨さえ凌げればかまいません。寒いのには慣れています」


 立ち上がろうとした私の肩にヴァイス様が手をおいて制した。


「……わかりました、では取引先を聞かないと約束いたしましょう。

 別の条件を提示させていただきます」


「別の条件……ですか?」


「はい、私と契約結婚してください」


 ヴァイス様はそう言ってにっこり微笑むのだった。




「契約結婚……ですか?」


 長い長い沈黙のあと、やっと声がだせたのがそれだった。


「はい。契約結婚ですから貴方の、愛情まで望みません。

 私の妻として籍をおき、たまに行われるパーティーなどに同伴していただければ結構です。

 貴方はエデリー家のご令嬢だった。社交界のマナーなどに知識がないわけではないでしょう?」


「で、でも私ではとてもそんな大役が務まるとは」


「けれど契約ならば私は顧客になります。貴方は情報を厳守してくれるのでしょう?」


「は、はい!!!そ、それは……もちろんお客様の情報は必ず厳守しますっ!」


「では、契約成立ですね。よろしくお願いします」


「え、あの、その、そう言う意味じゃ!?

 いまのはお客様の情報を厳守するほうにうなずいた……」


「キールっ!!」


 私が言い終わらないうちに、ヴァイス様が叫ぶと


「はっ」


 と、別の男の人が扉を開けて入って来た。


「彼女は未来の私の妻なので丁寧にもてなしてください」


 入って来たキールという男の人にヴァイス様がにっこり笑って言うと、キールさんが私とヴァイス様を交互に見つめ――


「かしこまりました」


 頭を下げる。


「え、あ、あの」


「私はやらなければいけない事ができましたので、少し出かけてきます」


 ヴァイス様がそう言って、マントを羽織る。

 って、つい見とれてしまったけど、ちゃんと断らなきゃ!


「あ、あのっ!」


「それではあとはまかせましたよ。キール」


「はい」


 私が断る前にパタンと扉が閉められる。


「それではよろしくお願いいたします。シルヴィア様」


 残ったキールさんが深々と頭を下げた。


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