47話 野次
「しっかりしろー! さっきまでの威勢はどうした!」
ヴァイスと男の戦いはいつの間にか見世物になっていた。
周りからヤジが飛び、男がヴァイスを何度も殴りつけるがヴァイスはさして動くことなくあっさりかわす。
「いやぁ、情けないですね。女、子ども相手に脅すのも中途半端。ひょろい商人にはパンチ一発あてられず、見世物にされている。これほど情けないこともないじゃないですか」
はぁはぁと肩で息をする男にヴァイスがけらけら笑いながら煽ってくる。
馬鹿にするように、後ろ手にステッキをもった体制でひょいひょいと男の攻撃をかわしてしまうのだ。
いつの間にか周りにいた人たちや商品は綺麗に撤収されており、嘲笑うように見物人たちがやいのやいのと騒いでいた。
「ふ、ふざけるな」
「他人から強盗をしようとしていた貴方の方がふざけていると思いますがね。
ここまで注目を浴びてしまえば、知っている人の一人や二人いてもおかしくありませんね。いやはや、貴方の今後の評価がどうなるのか、楽しみでしかたありません。
か弱そうな子持ちの女性と子供が金品を巻き上げたチンピラ評価は貴方の仕事にどれだけ響くでしょう」
ニタニタ笑いながら、ささやくように言う。
「きさまっ!!!」
男が殴るがやはりヴァイスに軽く躱される。
「さて、そろそろこれくらいでいいでしょうか。私も愛しい人を待たせていますので、貴方にかまっているほど暇ではないのですよ」
そう言って冷酷な視線になり、男はぞくりとしたものを感じ、思わず後ずさる。
「女性や子どもの前だったことを感謝するのですね。これくらいですんで貴方はとても運がいい。……ああ、ですが、それはここだけの話で、その後の生活にまったく影響がでないかまでは保証しかねますが」
にやりと笑ってヴァイスのスティックがものすごく動いたと思った瞬間。
何をされたかもわからぬまま腹部に痛みが走り――男は意識を失った。
★★★
「ヴァイス様!!」
私はキースさんと一緒にヴァイス様のところにかけよった。
ヴァイス様の足元ではのびてしまった男の人がいる。
「思ったより時間がかかってしまいました。申し訳ありません」
言いながらヴァイス様がコートを着なおすと、
「あ、あのありがとうございました!」
子どもを背負った女の人がヴァイス様に涙ながらに頭をさげた。
「いえいえ、お気になさらず。ですがこの絵は気を付けてくださいね。皆価値に気づいてしまいましたから狙われるかもしれません。…ああ、そうだ、テック」
「はい、旦那様」
護衛の人の一人が人ごみから出てきてヴァイス様にうなずいた。
「この子たちを家まで送ってあげてください。ああ、その前に銀行に連れて行って荷物を預かれるように手配してあげてください。家に所持しておくのは危険です」
「はい、かしこまりました」
ヴァイス様の護衛の人が頭をさげて、女性の後ろに立つ。
「何から何までありがとうございます」
涙ながらに女性が言うと、女性の足元にいた、男の子が
「お兄ちゃん!!! ちょっとしゃがんで!!」
ニコニコとヴァイス様に手を伸ばした。
「はい?何でしょう?」
しゃがんで男の子にヴァイス様に目線を合わせると、男の子が二かっと笑って
「ありがとう!これお礼!」
と、ヴァイス様の傷口に何か塗った。
「……これは?」
「最近よく効くって売っている傷薬!エデリー商会の高いお薬で本当によくきくんだ!ありがとうねお兄ちゃ……」
そこまで言いかけて男の子の顔が真っ青になって、私はどうしたのかと男の子の前にいるヴァイス様を見て、その意味を悟った。
ヴァイス様の顔が真っ青になり、ぶわっと顔のいたるところに茶色い塊が浮かび上がる。
「う……あ……」
ヴァイス様が急に胸を抑えて苦しみだし、見ていた周囲から悲鳴が上がった。
みるみる、斑点が広がっていき、どんどん顔が茶色く染まっていく。
目の前にいた男の子が恐怖で腰から崩れ落ち、ヴァイス様も苦しそうに胸を抑えたまま前かがみになり――ぐらりとゆれて倒れ込む。
「ヴァイス様!!!!!」
私が慌てて駆け寄るけれど、それよりはやくキースさんがヴァイス様を抱き上げた。
「シルヴィア様!!はやく薬を!!!」
その声にはっとして、私は持っていた抑制剤の瓶をあけて、ヴァイス様に差し出した。
けれど、ヴァイス様は目を細めただけで、ピクリとも動かない。
慌てて手をみると、もう手の先が茶色く変色してしまっていて、胸を抑えた状態で固まってしまっている。
一気に硬質化が進んでしまっている!?
私は急いで口に含むと、無理やりヴァイス様に口移しで飲み込ませた。
時間がない!恥ずかしいとか言っている場合じゃない!
硬質化を早く止めないと。
「キースさんっ!!屋敷に戻りましょう!!抑制剤は一時しのぎにしかなりませんっ!!テーゼの花の薬を飲ませないと無理ですっ!!」
「はいっ!!」
キースさんは男の子から薬をとりあげると、ヴァイス様を肩に担いで、私まで肩に担いで猛ダッシュで、人ごみをすり抜けていく。
「キースさん!?」
「喋らないでください!舌をかみます!!馬車までこちらのほうがはやい!!!」
そう言って、キースさんは高く飛び跳ねた。