46話 不愉快
「凄く幻想的で素敵でした」
ダンスを踊り終わって会場から帰る途中、私は思わず両頬を抑えた。
「はい。私も楽しかったです。これで邪魔が入らなければもっと楽しかったのですが」
隣を歩きながらちょっと恨めしそうにヴァイス様が言う。
あの後、あまりにも踊るヴァイス様が綺麗で、私はぼーっとしてしまって一曲まるまる踊ってしまった。呆けた状態で二曲目に入ろうとしたところで、にこやかな笑みを浮かべたキースさんにストップをかけられ、踊りをやめて慌てて会場からでてきたのだ。本当はキースさんが止める前に私が気をつけなきゃいけなかったのに。
ヴァイス様と踊るのが楽しくて。
一緒に踊っているヴァイス様の顔が綺麗すぎて、つい見惚れて踊り続けてしまった事にかなりブルーになる。
「で、でも無理をしてまたぶり返したら大変です」
私がヴァイス様の顔を見上げて言うと、ヴァイス様が「そうですね」と笑ったてくれた。
「残念ですが、あとは花火を見て帰りましょう」
ステッキで帽子をなおしつつ、ウィンクする。
「は、はい!」
私は慌ててドレスに隠しているヴァイス様のブローチを確認した。
花火を見ながら渡すと心に決めた、ヴァイス様用のブローチ。
うん、ちゃんと持ってる。今度こそちゃんと言わなきゃ。
今日はそのためにきたんだもの。
花火の時にちゃんと自分の気持ちを言わないと。
いつまでも好意に甘えているだけじゃ、ヴァイス様に失礼になってしまう。
それに、今日は一回も泣いてない。
うん、だから大丈夫、きっとできる。
私が決意を固めていると、
がっしゃーん!!!!
個人が店を出す、フリーマーケットのエリアに入った途端、それはおきた。
子どもと、赤ちゃんを背負った女性に、男の人が大声で怒鳴って、商品のツボのようなものを割ってしまっていた。
「な、なんでしょう」
思わず怖くなってヴァイス様の腕を掴む。
「商品についてのもめ事のようですが……」
ヴァイス様がちらりと私を見た。
私はどうしていいのかわからなくて、怒鳴られている女の人と、ヴァイス様を交互に見る。今にも殴られてしまいそうなのに誰も止める人がいない。
何人かは警備員を呼びにいったみたいだけど間に合うかわからない。
怯えている女性と子供の姿に胸が締め付けられる。
まるで昔の自分を見ているような錯覚に襲われて、思わずヴァイス様のコートを掴んだ。
ヴァイス様がその様子に目を細めて。
「キースそこにいるのでしょう?」
と呼びかけた。
「はい、旦那様」
その声とともにキースさんが私の隣に現れた。
え、え、え、どこにいたんだろう?
思わずキースさんがどこから出てきたのかあたりを見回してしまう。
「シルヴィアを頼みます。不愉快ですから片付けてきましょう。少々お待ちください、マイレディ」
そう言ってヴァイス様はウィンクして颯爽と駆け出した。
★★★
「このガキが俺の財布に手を付けたんだ!」
男がすごみながら、赤ん坊を背負った女性に詰め寄った。
目の前には女性が出店していた祭りのフリーマーケットに出店した商品が散乱している。
「そ、そんなこと、この子がするわけがありません!!」
怯えた子どもを隠しながら女性が訴える。
敷かれたシーツの上にあった商品の壺は漢の乱暴によって割れてしまい、女性は涙目になりながらシーツの上で子供を抱きながら必死に訴えていた。
「そうだよ!! おじちゃんが財布ごと僕に渡して、渡したお金が売っている絵の値段に足りないって言っただけだよ!!」
黒髪の男の子が叫んだ途端。
だんっ!!!!
男が威圧するかのように、足踏みをした。
「俺の財布をもっているのが証拠だ、このスリめっ!!! この絵を賠償でゆるしてやるっ!!!」
そう言って男が商品の絵を取り上げようとした途端。
「なるほど。この絵を購入する所持金がたりなくて、こんな一芝居をうったわけですか」
横からひょいっと顔をだしたヴァイスが横から絵を取り上げニマニマしながら言う。
「な、何だお前は!?」
「何。通りすがりの紳士です」
「関係ないなら引っ込んでいろ」
「いやいや。目の前で強奪が行われているのに黙っているわけにはいきません。この絵、亡き画家であり、抽象画の巨匠と言われたファレファのものだと気づいたから、こんな芝居をうって、女性から取り上げようとしたのでしょう? 手に入れて売れば軽く5千万ゼニーにはなりますね。それがたった3万ゼニーで売っていた。けれど所持金が足りない。だが家に戻っていたら、誰かに買われてしまう。しかし、売らないように頼めば、この絵が価値のあるものだと感づかれる可能性がある。だからこのような事をしてしまった。違いますか?」
「なっ!?」
男が驚いた声をあげ、
「ええっ!?」
売っていた女性も驚きの声をあげる。
「貴方は、財布の中身が足りていないのを自覚していたのもかかわらず、子どもに代金だと手渡した。子どもが財布の中身を確認している間に絵をもっていこうとして、失敗してキレて暴れたといったところでしょうか」
ヴァイスがにこにこしながら絵をもったまま人差し指をたてて説明した。
「そんな証拠どこにあるんだ!!!」
男がヴァイスに食ってかかった。
「貴方の手。高価で手に入れにくい、西部産の青色絵具が爪についています。これは誠に色合いが絶妙で人気ではありますが一度体につくと落ちにくくて有名です。そして青の絵の具は現在、もっと安価で作れる東部の植物で作られるものが今は主流です。その絵の具を好んで使うのは、絵師ファレファの時代の絵画を復元する者。もしくはその時代の絵をよく知り、その時代の画材を好み絵を描くもの。
――つまり貴方は絵の価値を知るべき立場にいる可能性が高い」
ヴァイスが男をゆっくりと指さす。
「それに脅し方もまったくもって素人だ。まぁ、詳しく話して参考にされてもこまるので、詳細は伏せますが、脅し慣れてはいないでのでしょう? ずぶの素人が無理をしないほうが身のためかと。いまならまだ間がさしたで許してさしあげますが、どうします?」
ヴァイスが心底馬鹿にしたような笑いを浮かべて言うと、男はわなわなと震えた後、
「うるさいっ!!!邪魔者はひっこんでろっ!!!」
と、手近にあった商品の鉄製ステッキをおもむろに持つと、ヴァイスを殴りつけ――
ガッ!!
ヴァイスが男の攻撃を避けるが鉄製ステッキ顔をかすめ、触れた頬から血が流れる。
「ヴァイス様!!!」
思わず遠くから見ていたシルヴィアが近寄ろうとするが、キースが止めた。
「どうだっ!!俺に逆らうからこうなるんだ!!」
男のセリフにヴァイスは嬉しそうに声を殺してと笑うと、
「おや、それが答えですが。では、先に手を出したのはそちらなので、遠慮はいりませんね。貴方みたいのは一度痛い目にあったほうがいいでしょう。周りにはあなたの暴力が先であったと証言してくれる証人がいることですし……さぁ『正当防衛』をはじめましょうか?」
ヴァイスはそう言って自らの頬から流れて伝ってきた血をなめとった。








