44話 豊穣祭
「さぁ、行きましょうかマイレディ」
豊穣祭最終日の夕方。馬車の前で、ヴァイス様が手をさしだしてくれた。
昨日から平熱で、今日の夕方も熱が出なかったことから、花火だけでなく少しの時間だけ豊穣祭会場に行くことも許してもらえた。
ヴァイス様にエスコートされて私は馬車から降りる。
いつもは黒を基調としたコートだけれど今日は刺繍が施された赤いコートにシルクハット。顔立ちとすらりとした長身がさらに映えて、カッコよさも増していて、どぎまぎしてしまう。
祭りは最終日というだけあって人がおおくて、賑わっていた。
街のあちこちで出店が立ち並び、大道芸を繰り広げている人や、嬉しそうに買い物を楽しむ人々でにぎわっていて、久しぶりの人ごみに少しテンションがあがってしまう。
祭りなんて何年ぶりだろう。
ヴァイス様と来れるなんて幸せ。
結婚してしばらくしてからは街に買い物に行くことすらなくなっていた事に気づいて、また、変な事を考えてしまいそうで私は思わずヴァイス様を見た。
「どうかなさいましたか?」
「あ、い、いえ、いえすみません。今日のコーディネートも素敵だなっておもって」
嫌な事を思い出して泣くと困ると慌てて見てしまったけれど、いきなりじっと見つめるのは失礼だったかなと、慌てて視線を逸らす。
「はい、今日のために気合をいれましたから、そう言っていただけると嬉しいです」
ヴァイス様は優雅に微笑むと私を抱き寄せた。
「わっ」
「申し訳ありません。人が少々多くなってぶつかりそうだったので」
よく見ると確かに、夜のパレードにむけて人の通りが多くなっている。
「今日の貴方こそとても素敵ですよ。レルテーゼの女神の再来かと思わず見ほれてしまいました」
私の腰に手をまわして顔を近づけると、耳元で甘い声でささやいた。
かかった甘い吐息に思わず身が固まる。
ほのかに香る香水の匂いにどきりとしてしまう。
「ヴァ、ヴァヴァヴァイス様!!」
思わず身を離すと、ヴァイス様がにっこり笑う。
「おや、これは失礼しました。迷惑でしたか?」
「い、い、いえ、め、迷惑ではないです!!ただ、ちょっと驚いてしまって」
私は慌てて、目をそらした。本当に、ヴァイス様はさらりとこういうことをするから、かっこよすぎて困る。
「ならよかったです。ただ、体制はこのままでお願いします。はぐれてしまっては大変なので」
ヴァイス様が杖でシルクハットを少し持ち上げるとウィンクして、私の腰に手を添えて、歩き出した。
私の歩く速度に合わせてゆっくり歩いてくれる、ヴァイス様と一緒に歩く。
…‥‥前はリックスの速度にあわせるために早く歩いていたのに。
やっぱりヴァイス様は優しい……
と、また思い浮かんで私はまた、慌てて思考を戻す。
駄目、駄目。なんでいつも比べちゃうんだろう。また泣きだしたらヴァイス様に迷惑をかけてしまうもの。
「見てあの人かっこいい」
「凄い素敵」
時々女性がヴァイス様を見て、かっこいいと話しているのが聞こえて、一緒に歩いている私まで思わず赤くなる。
赤いコートと目立つ服装だからか、女性の注目を浴びてしまっているのかも。
ひそひそ話をしている人の中には私なんかよりもずっと美人な人もいて、私がヴァイス様の奥さんでいいのかと不安になってくる。
――出来ない嫁、恥ずかしい嫁、気が利かない嫁――
どこからかそんな声が聞こえてきた気がして、苦しくなって思わずぎゅっと手を握る。
「マイレディ?どうかしましたか?」
いきなりヴァイス様が覗き込んできて、私はびっくりしてしまう。
「え!?えっ!?」
「すみません、先ほどから呼んでいたのですが、何か考え事をしていたようでしたので」
綺麗な顔でにっこり微笑まれて、私はまた涙がでそうになってぐっとこらえて、笑う。
「すみません、なんでもありません。た、楽しいなって思って」
「……そうですか。それはよかった」
少し目を細めて微笑むヴァイス様。
「では、中央広場に行きませんか?」
「中央広場ですか?」
「はい、もうすぐダンスを皆で踊るそうです。よろしければそこで一曲お相手いただけると嬉しいのですが」
「ダンス?」
「ええ、近年はじまった行事だと聞きました。ここでこの国の服の流行が生まれると噂でして。この国にも事業を拡大するつもりですから。ぜひそのダンスの様子を見ておきたいと思いまして」
ウィンクしておどけていうヴァイス様に私は思わず、くすっと笑ってしまう。
「あまり事業を拡大すると、またキース様に怒られてしまいますよ?」
「私は、走り続けてないと死ぬタイプなので、彼に我慢してもらうしかありません。ダンスはご迷惑でしたか?」
「いえ、私は大丈夫です。でもヴァイス様があまり無理をしないほうが。体調が万全ではありませんし」
「……ふむ。返す言葉もないのですが、このダンスを一緒に踊ると結ばれると噂でしてね。ぜひあなたと踊らせていただけると嬉しいです。一曲全部は少々厳しいかもしれませんが、少しだけでもご一緒いただけると」
少し顔を赤らめて笑うヴァイス様にドキドキしてしまう。
「はい、それでは、少しだけにしておきましょう。よろしくお願いします」
はにかんで微笑むヴァイス様に私はにっこり笑い返した。