36話 わかりやすいフラグ
「……買い物ですか?」
私の言葉にマーサさんが驚いた顔をした。
私は朝、私の身支度を手伝ってくれるマーサさんに思い切って相談した。
豊穣祭に備えてやっておかなきゃいけない事があるから。
「そ、その豊穣祭でヴァイス様に渡すものを買っておきたくて……」
「ヴァイス様に?」
私の髪をとかしてくれながらマーサさんが聞いてくる。
「この国では豊穣祭で、好きな相手に女性がブローチを送って告白する習慣があるのです」
「好きな相手ですか?」
マーサさんが驚いた顔をした。
そ、そんなに変だったかな。
「は、はい……。その、私まだ一度もヴァイス様に自分の気持ちを言っていないので、ちゃんと伝えたくて……」
つい、言い訳のように指をせわしなく交差させながら言う。
もうきっとみんな知っているだろうけれど、口に出して言うのは恥ずかしい。
「それはまた、旦那様が泣いて喜びますよ」
「ほ、本当ですか?」
不安だったので思わす聞き返すと、マーサさんが「旦那様の態度見てればわかるでしょう?」とにかっと笑ってくれて余計顔が赤くなる。
「で、出来れば内緒で買って、当日喜ばせたいなって」
恥ずかしくてマーサさんの顔がみれなくて、うつむきながら言う。
「それは。いいですね。わかりました、キース様に手配させますよ。護衛をつけてもらいましょう」
「は、はいっ!よろしくお願いします」
私は嬉しくて、思わず声がうわずった。
★★★★
「一度も屋敷から出てこないだって?」
「はい。中に潜らせた使用人も、外で見張らせている者達からもそう報告を受けています」
エデリー商会の執務室で、部下の報告にリックスは歯ぎしりした。
「くそ、話せばわかるはずなのに」
そうだ、サニアとの間に子どもなんていなかった。僕たちは離婚する必要がなかったとシルヴィアに話せばきっと彼女は戻ってくるはずなのにあれから一度も会えない。
屋敷からでてくるのを見張らせているが、一度も出てこないため話し合いようがないのである。
あれからサニアとは話せていないが、シルヴィアが戻ってきたら、きっと母がサニアを追い出してくれるはずだ。離婚をしぶっているというが、妊娠自体が嘘だったのだ、離婚理由にはなる。シルヴィアが戻ってきたら裁判でもすればいい。
――とにかく彼女を取り戻さないと。
彼女はサニアと違う。
ちゃんとリックスの言う事を聞いてくれて、なんでも頷いてくれる。
リックスの事を邪険に扱う悪魔のようなサニアとは違うんだ。
なんとしてもあの黒髪の男から取り戻す。
母の話ではシルヴィアは何か特殊な魔道具の特許を神殿に申請したらしい。
その特許を手に入れられればかなり儲かるため、第二王妃もかなり興味をもっている、国内なら多少無茶をしても、第二王妃がもみ消してくれると言っている。
シルヴィアを連れ出して説得さえできれば戻ってくるはず。
「なんとかあの男と別行動しているときに、連れ出すぞ、いつでもできるように準備だけは怠るなよ」
「はっ!!」
その時、扉が開き
「リックス様、どうやら出かけるようです!
あのヴァイスの秘書は同行するようですが、ヴァイスは馬車に同乗しません!」
リックスの部下が報告してきた。
――やっと、やっとだ。
必ずあの男から救い出してまた僕の元に戻ってこさせる。