30話 女心
「で、なんで旦那様は魂が抜けているんです?」
シルヴィアを自室に送り届けてからマーサが執務室に行くと、ヴァイスは魂がぬけたようにソファにだらしなく寝ころんでいた。
「いえ、手札を出す順番を読み誤ったうえに、シルヴィアの前で女性を罵りすぎたかなと……」
ソファに寝たまま顔を手で覆い、ヴァイスが大きくため息をつく。
女性は目の前の喧嘩を嫌うというし、何よりシルヴィアの性格を考えると罵りあっていた姿を見せるのは最善だとは思えない。
前の二回は守るためという名目はあったが、今回はそこまで切迫したものではなかったし、もっとスマートに追い払う方法はあっただろう。
どうしてもシルヴィアを虐げていた相手にはカッとなってしまって冷静に対処できない。
「そうですね。旦那様。あそこまではさすがに言いすぎかと」
紅茶を入れながら突っ込むキース。
「アンタがそれを言うのかい?」
とぽとぽと紅茶をつぎながら突っ込んだキースをさらにマーサが突っ込んだ。
「旦那様が辛辣なセリフを吐く前に、追い払っただけです。
ああでもしないと、旦那様に変なスイッチがはいってしまうでしょう。
モーニングスターがでてきてからでは遅いのです。
手が付けられなくなってしまいます」
「それもそうだね。変なスイッチがはいると、何人死人がでるかわからないね」
キースのセリフにうなずくマーサ。
「……キース、マーサ貴方達人をなんだと……。とくにキースあなたにはあとでじっくり話をする必要がありますね」
にっこり微笑みながらソファから起き上がると、キースが「めっそうもない、私は旦那様の忠実なしもべです!」と背筋を伸ばす。
「でも、旦那様があそこで、あの女の妊娠の事を話すとは思いませんでした。聞き耳をたてている奴がいるのはお気づきでしたよね?たぶん、エデリー家のものですよ」
キースがお茶をヴァイスに差し出す。
「わかっていますよ。大人げなく、感情的になって口走りました」
そう言ってはーっとため息をつく。
あの情報は手札の一つだった。もっと効果的に使う事ができたろう。
それなのに、シルヴィアへの中傷にイラついて、情報を開示してしまった。
今頃、サニアとリックスは修羅場だろう。
それさえも気味がいいと思ってしまうあたり、かなり重症だ。冷静な判断ができていない。
「それでいいじゃありませんか」
ヴァイスが落ち込んでいるとマーサがけらけら笑いながら慰める。
「よくありません、あれはシルヴィアに使わせるべきカードだった。もっと効果的に使う事ができたはずなのに、勢いにまかせて使ってしまった。私が口をはさむことではなかったのに……。そのせいで余計こちらに執着してくるかもしれない。明らかに失言です」
「まったく、効果的だとか、口をはさむべきではないとか、旦那様はこれだから女心がわかってないのですよ」
「……女心……ですか?」
「自分の事をちゃんと目の前で守ってくれて、目の前でちゃんと抗議してくれる事に意味があるんです。その時、その場で一番守ってほしい時に守るのが男ってもんですよ。旦那様のように、戦略だの効果的だの言って、後回しにしたり、本人不在時に裏でこそこそ終わらせようとするのは、逆に不安にさせるだけですからね?」
マーサが腕を組んで言う。
「……そういうもの……でしょうかね?」
憮然と納得していない表情でヴァイスがうなる。
「そういうものです。女は時に理屈よりも感情を優先するものなのですから」
そう言ってマーサは微笑んだ。











