28話 ミセス・サニア
「ヴァイス様! お姉さま!」
ヴァイスが門につくと、そこには複数の兵士とキースと押し問答しているサニアの姿があった。
マーサの話では、リックスに暴力を振るわれるようなり、シルヴィアしか頼る者がいない。自分も保護してほしいと主張しているらしい。
「お願い、お姉さま、私もリックスに暴力を振るわれ、食事すらもらえないようになったの。お姉さまが出て言ったのは私のせいだって。もうお姉さましか頼る人がいないの」
キースに止められた状態で、シルヴィア相手に泣き真似をする、サニアの姿にヴァイスは目を細めた。
「ほう、暴力をですか?」
「……はい。おねえさまがいなくなった途端、暴力が私に向いて……。私まで仕事ができないと閉じ込めるようになりました。だから身一つで屋敷を抜け出してこうやって一人歩いて逃げ出してきたのですっ!」
「シルヴィアがいなくなった途端。つまりあの嵐の日からですか?」
「いえ、それから10日後くらいでしょうか、急に態度が急変して」
悲劇のヒロインのように泣き始めた、サニアの姿に、シルヴィアが唇を噛みしめて、ヴァイスの服を掴んだ。
大方こうやって泣き落としでサニアはいままでリックスを口説いてきたのだろう。
そしてサニアの泣き落としで、シルヴィアが我慢することになったのであろう事はシルヴィアの態度から容易に想像できる。
やはり連れてきたのは間違いだったのではないだろうか?
と、心の中で思うが今更どうこう言ったところで仕方ない。
ヴァイスはにっこりといつもの笑みを浮かべた。
「カフェでお会いしたときは仲睦まじそうでしたが」
ヴァイスの言葉にサニアはおろおろしだし、
「あの時はまだそこまでひどくなかったのです」
と、取って付けたような嘘をつき始める。
「ふむ。暴力を振るわれて食事ももらえない。
その設定は冗談で言っているのでしょうか?
食事を抜いていたわりにはふくよかですね。
露出の高い服から見える肌にどこにも傷跡はなく、肌艶もいい。
身体にまで丁寧にそれ専用のファンデーションも塗っていますね。
自分では手の届かずうまくいかないはずの背中部分まできれいに念入りに。
いやはや、虐げられた状態で、化粧をしてくれる従者がいるとは。
私の知る虐げられると、貴方の言う虐げられるの基準が違うらしい」
そう言いながら葉巻を口にくわえ、火をともす。
「そ、それはっ」
「それに一人で歩いて逃げてきたとの事ですが、今朝から雨が降っており、この館につくためにはぬかるんだ道を一度通る必要があるのに衣服に汚も、ハイヒールに汚れはなく、ここまで一人で歩いてきたなど、どう考えてもありえません」
「そ、それはそこまで人のいい通りすがりの馬車に乗せてもらったのです!
本当です信じてください!ヴァイス様!」
すがるように言うサニアにヴァイスは目を細める。
胸を強調するかのような、それでいて庇護欲をそそるだろうといわんばかりの上目遣いで、計算高い泣き顔にイラっとしてしまう。
不倫をもちかける女というのはどうしてこうも同じ行動をとるのだろう?
「……わかりました。信じましょう」
その言葉に、シルヴィアがヴァイスの服をつかむ手が強まり、サニアが目を輝かせる。
「で、ではっ!!私もお姉さまと一緒に……」
「何故ですか?それを信じたとして、何故私や私の愛しいフィアンセが貴方を保護する必要があるのです?」
サニアの言葉を遮ってヴァイスがにっこりして言う。
キースが小声で「うっわ、あげてから突き落としてきた」とつぶやいていたが、ヴァイスはあえてスルーした。
「え?」
「だってそうでしょう?貴方がリックスに虐げられたとしても、その前に私の愛しのフィアンセを虐げていた罪が不問になるわけではありません。
しかも、私のフィアンセと貴方は両親も違い、再婚したはずの父親も母親もすでに他界。
エデリー家を追い出された今、貴方と私の愛しのフィアンセに何ら関わりはありませんよね?」
「で、でも姉妹で……」
「父親も母親も違い、この国では戸籍的につながりはありませんし。
赤の他人です。姉妹として過ごしていた期間仲がよかったというならまぁ、一考の余地はありましたが、貴方は虐げていた側だ。こちらで保護する理由が見当たらないのですが?何故こちらを頼って来たのか理解に苦しみます」
その言葉にサニアは唇をかんでぷるぷると震えた後、そうだと言わんばかりに口の端をつりあげた。
そして
「うっ!!お腹が!!」
と、うずくまって苦しみ始めた。
(……やはり子供を盾にしてきたか。バカバカしい)
ヴァイスはふぅっと息を吐いた後。
「それは大変ですね。早く家に帰る事をお勧めいたします。馬車くらいは御貸しましょう」
と、くるりと背を向けた。
「そんな、こんな痛いのに馬車になんて乗ったら子供が」
サニアの言葉にシルヴィアの顔が真っ青になる。
さすがに子どもを人質にとられたら逆らえないと思ったのだろう。
きっと、いままでもこうやってサニアは情に訴えて、シルヴィアにいろいろ我慢を強いてきたのだろう。その様子が手に取るようにわかってさらに苛立ちが募る。
真っ青になるシルヴィアを見て、一瞬勝ったという表情をしたサニアの顔をヴァイスは見逃さなかった。
(この女はいちいち人の神経を逆なでする。彼女の前でなければもっと徹底的にいたぶってやったものを)
再起不能になるまで貶めてやりたいが、それは自分の仕事ではない。
いつかシルヴィアの心の整理がついたとき、彼女自身にさせてやらなければきっと彼女の闇は晴れはしないだろうと、思い直す。
「……本当にその中に、いたら……の話ですがね」
ヴァイスがつぶやいた。
ヴァイスがポツリと言った言葉に、サニアがぴくりとする。
「え?」
シルヴィアも不思議そうな声をあげる。
「私がこれ以上言う前に、大人しく帰る事をお勧めしますよ。ミセス・サニア。
今ならまだ、知らなかった事にしてあげましょう」
ヴァイスは瞳に冷徹な色を浮かべたまま笑みを深くして、シルヴィアの肩に手を添える。
「さぁ、行きましょう。シルヴィア」
「ヴァイス様」
顔を赤らめて見上げるシルヴィアにヴァイスは微笑んだ。とたん――
「なんで!なんでよ!サニアの方が可愛いのに!そんな女のどこがいいのよ!
田舎っぽくて、どんくさくてサニアに勝るところなんて何一つないじゃない」
サニアが叫んだ。
「……は?」
「だって、そうじゃない、お姉さまよりこの私の方がキラキラしていて可愛いのに!!
なんで、私じゃなくてお姉さまを選ぶの!?」
サニアが指さして言う姿にヴァイスが完全に動きを止める。
(……)
「……この女。一体何を言っているんだ? 頭は大丈夫だろうか?」
「旦那様、心の声と喋る言葉が逆になっています」
思わず、思った事を声にそのまま口に出してしまいキースに突っ込まれる。
「いや、しかし、おかしい。あの女のどこにシルヴィアに勝っている部分があると?
容姿においても、教養においても、知性についても、才能についても……何一つ勝ってる部分など見当たらない。なぜ自分が勝ってると断言できるのか不可解でしかたないのですが」
つい素でキースに問い返すと
「旦那様、酷いです!いくら相手がいかにも容姿だけで男を落してきました!カワイイ私に酔いしれてて、男なんて私が見つめたら、私のものになっちゃうと思っている勘違い女でしかなくても!そこまで言うのは失礼です!!!」
ぐっと手を握りが抗議してきた。
「キース、あんたが一番容赦ないよ……」
マーサが頭を抑える。その様子にサニアはぷるぷると震えながら、唇をかみしめると、
「私、お姉さまのこと絶対ゆるさないんだから!!!!!」
と、叫び。
「そうやって勝てそうな相手に宣戦布告していくところがものすごく、浅ましいですよね」
と、キースに突っ込まれて涙目で逃げていくのだった。