25話 小切手 ★
――ですが、常にともにありたいと望む存在を愛しているというのならば、私は確かに貴方を愛しているといえます――
花火の揺らめきの光の中で、とても綺麗な赤い瞳ではにかんで告白してくれたヴァイス様の言葉。
今でもあの時の事を思い出すだけで顔が赤くなってしまう。
嬉しくて、愛おしくて、あの人のすべてが好きな事を自覚させられた。
……それなのに、私は結局泣いてしまった。
答えすら言えずに謝ることしかできなかった。
本当に何やっているんだろう。
錬金術の工房で私は深いため息をつき、作った魔道具を机に置く。
あの後、ヴァイス様はいつも通りに接してくれたけれど、ヴァイス様の優しさに一方的に甘えているわけにはいかない。
ヴァイス様はリックスとは違う。わかってるのに、結婚したらまた変わってしまうのかと思うと怖くて震えてしまう。
自己嫌悪に陥って、やっぱり自分は駄目な人間なんじゃないかと思ってしまい、首を横に振る。
役立たず、高飛車、気が利かない、女として見れない――。
いつまでもいつまでも追ってくる、言葉に、縛られる。
リックスにやられた事はヴァイス様には関係ない。
それなのに、うじうじしていたらだめ。私の問題でヴァイス様には関係ない。
いつまでもこのままじゃ嫌われてしまう。
わかっている。わかっているはずなのに――
「それが魔力を付与できるスタンプですか?」
いきなり背後から話かけられて、私はハッとする。
気が付くといつのまにか、キールさんが私の隣立っていてニコニコと私の手もとを覗いていた。
そこにはヴァイス様用に私がつくった魔道具のスタンプがある。
「あ、キールさん」
「すみません、ノックはしたのですが反応がなかったので心配になりまして。
入ってきてしまいました」
「私こそぼーっとしていてすみません」
「いえいえ、制作の邪魔をしてすみません」
そう言って私が作った魔道具のスタンプに視線をうつす。
「これが以前にお話をいただいたスタンプでしょうか?」
「はい。そうです。これならサインを書くより楽かなと魔力が残るスタンプをつくってみました」
そう言って、私はスタンプに魔力を込めて押して見せる。
インクは中に入っているので魔力を込めるだけですぐ名前が表示され、スタンプ部分は青と黒と白の綺麗な光を放つ文字になる。押す人の魔力で色が変わるのでぱっと見でもある程度誰がおしたのかわかるはず。
「この魔道具はインクを通して魔力が残るので、神殿で鑑定していただければ、誰が押したのかわかります。筆跡鑑定のかわりに魔力にしてみました」
「これはすごい。これなら簡易な書類なら血判も必要なくなりますね」
「はい。いきなり公式な場所で使用することはできませんが、商家内の書類で使うだけでも大分楽になるかなと思ったのですがどうでしょうか?」
「はい、作っていただければ大変助かります。それにもし商品化し、広める事ができればかなり大規模な事業になりそうですし。必要な材料は遠慮なくおっしゃってください。投資させていただきます」
「と、投資ですか?」
「これは絶対流行りますよ。なにせ魔力鑑定できるのは神殿です。インクの原料も神殿が管理するものも含まれます。これが流通すれば神官達の新たな収入になりますからね」
「なるほど。流石キールさんですね。いつもありがとうございます」
「こちらこそ。奥様がいらしゃってくださったおかげで、旦那様の病気も早期に発見できました。とても感謝しております」
「もとはと言えば私のせいですから」
「薬の乱用は奥様が来る前からなので、時期がはやかったか遅かったかの違いでしょう。最近はボーっとしていることも多かったので心配していたのですよ」
「ぼーっとですか?」
「はい。声をかけるとすぐに戻るのですが。本人も自覚がないようでした」
「そうですか。薬に体にあわない成分があるのかもしれません。今後はヴァイス様が服用する薬は私が作りたいと思います。ちゃんと薬草の適正検査をしてから薬を配合しましょう」
「きっと旦那様もよろこびますよ」
笑ってくれるキールさんの返事が嬉しくて、私もうなずいた。
少しくらい私も役にたてていると嬉しいな。
「これが魔力を込めると出来るスタンプですか」
執務室で仕事をしていたヴァイス様が私の作った魔道具を物珍しそうに、見ている。
「はい。スタンプはヴァイス様のサインと同じにしました。魔力を通すイメージで押してみてください」
私の言葉にヴァイス様はスタンプを紙につけると
「これは綺麗に押せますね」
と、押して浮かんだ文字にヴァイス様は嬉しそうに言う。
「人間がもつ魔力の本質は同じですが魔素レベルの記号となると個人個人違います。それがたとえ双子であってもです。すでに魔力痕鑑定は神殿で確立されています。インクそのものに魔力をこめているのです。偽造は現在の魔道具レベルではできないと思います。ある程度色で誰かの区別もつくと思います」
「ふむ。これは社内で使う分には十分ですし、神殿に話を通せばすぐ広めてくれそうです。魔力をインクに乗せそれを持続できるという技術と発想が素晴らしい。やはり貴方は優秀ですね。素晴らしいです」
そう言って微笑んでくれて、どきりとしてしまう。
ヴァイス様はスタンプを置くとすらすらと何かを書き始めた。
「ある程度インクの確保とルートを開拓できたあと商品化を進めるとしましょう。他にもこれは魔術の魔方陣保持などにも使えそうですね。魔術師協会にも需要がありそうです。契約時のライセンス料はこれくらいでよろしいでしょうか? 眼鏡の分も加えてあります。販売の分についてはきちんと試算をだしてから、後日契約書をつくりましょう」
言葉とともに私に小切手を渡す。
その小切手には私の前の職場の年収50年分が記入されていた。
「こ、これは?」
あまりの金額につい震えた声で聞いてしまう。
「ライセンス料です」
「ライセンス料ですか?」
「はい。少なかったでしょうか?」
「い、いえ違います!!多すぎます!!」
「これくらいが妥当でしょう。ただこういったものは、普及させるまでにある程度採算度外視で商品展開しますので最初の数年、利益はほぼ出ないと思ってください。利益がでるまでは申し訳ありませんが販売分のライセンス料は払えませんのでその分も少々上乗せさせていただきました」
「でも私がこんなに」
「こういったところで遠慮してはいけません。もちろん私はそんなことをするつもりはありませんが、無一文に近い形で放り出された時の事を思い出してください。
自分の名義で金を所持することは大事な事です」
「それは……」
「恩にきせるつもりはありません。ですが現実問題あの時私が拾っていなかったら、死んでいた。もしくは物乞い、人買いにむりやり街娼をさせられていたかもしれない。最悪の事態を想定して備える事は重要です。そしてなにがあっても身を守るのはお金です」
――君は僕を信用してないの?――
自分の名義をもっていたときにリックスが言った言葉が脳裏によぎる。
やっぱりまだ私は彼の呪縛から逃れられていないことを痛感させられる。
そんな私の姿にヴァイス様は優しく微笑んでくれた。
「いいですか、私は必ずあなたを守ると誓いますが、私に何かないとはいいきれません。このまま貴方名義のものが何もないのでは、私は不安で夜も眠れません。私を安心させるためにも、あなたに対する対価の金は必ず受け取る。約束してください」
「はい、わかりました」
「ありがとうございます」
私はおずおずと小切手を受け取ると、ヴァイス様は嬉しそうに微笑んでくれた。
やっぱりヴァイス様は凄い。
私が作った物にすぐ商品価値を見出してくれて、私が考えた以上の価値をつけてくれる。
作っても否定しかされなかった事に慣れてしまって、いつの間にか嬉しいという気持ちを忘れていた。
魔道具を作ったら父が褒めてくれた時のよう。
それに………自分のお金かぁ。
小切手を見つめて、私は嬉しくなる。
金額自体ではなく、自分自身のお金があるという事実。
結婚してからは自分の物なんて一つもなかったから。
そっか、私、好きな物買っていいんだ。
初めて給与をもらった時以上に嬉しくて、私は大事にそれをポケットにしまう。
まずはヴァイス様やお世話になってる人にプレゼントを買って、読みたかった本も買いたいな。











