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22話 告白

 

「夕食はデートでもどうですか」


 ヴァイス様が倒れてから数日後。

 私の錬金術の建物でヴァイス様専用の薬を作っていたらヴァイス様が誘ってくれた。


「ヴァイス様。今日は大丈夫ですか?」


 最近は午前中に仕事をした後はぐっすり朝まで寝てしまう生活だったため、この時間に起きてきて大丈夫なのかと心配になる。


「はい。お蔭さまで。最近寝すぎで体調が悪いくらいです。少し体を動かさないと。このまま化石になってしまいそうですよ。石化して私の商売敵たちを喜ばせるのもあれなので、運動にお付き合いいただけますか? マイ・レディ」


「はい、喜んで」


 私が差し出してくれた手に手を添えるとヴァイス様は目を細めて顔を赤らめてて微笑んだ。




「ここは?」


 ヴァイス様が馬車で連れてきてくれたのは不思議な見かけの建物だった。

 ぐるりと高い壁に何個も入り口があり、すぐ横に馬車がとめられるようになっている。


「誰にも会うことなく入れるレストランです。入り口も複数あり時間指定なのですれ違うこともありません。また偶然を装ってあの男たちが絡んできても面倒なので。誰にも会わないようにすむようにしました」


 私の手を取りエスコートしてくれながら、にっこり微笑んだ。


「ヴァイス様はいつも慎重なのですね」


「問題がおきないことが一番です。どうもこちらに来てからは、全てにおいて後手後手にまわってしまっていて申し訳ありません」


「いつも守っていただいています」


「貴方の前で守らなければいけない状態になること事態が問題です。予測がつく問題は事前に防いでおくべきでした」


「ヴァイス様は背負いすぎです。そこまで気をまわしていたら身体がもちませんよ」


「……ふむ。けれど大事な人を守りたいと想う気持ちに、嘘をつくことはできません。私は最善を導きださないと」


 その言葉に私は思わず顔が赤くなるのがわかった。


「どうかしましたか?」


「……さらりと気障です」


 つい恥ずかしくなってしまって、私は顔をそむける。


「……ああ、すみません思ったことがつい。さぁ、つきましたよ。マイレディ」


 迷路のような通路を通ったあとについた場所はバルコニーから夜景がきれいに見える神秘的な部屋だった。明かりがすべて淡く光るクリスタルのような宝石の明かりだけで、薄暗い中にぼんやり浮かぶ光が幻想的な雰囲気をかもしだしている。


「……すごい、綺麗」


「気にいっていただけると嬉しいのですが」


 そういって椅子を引いてエスコートしてくれる。


「はい、ステキです」


 私の言葉に微笑んで、


「そう言っていただけると光栄です」


 耳元に息を吹きかけるようかの甘い声で囁く。


 耳を抑えて固まる私。


 ――なんでさらりとそういう事するのだろう。

 もう行動の一つ一つがかっこよくて困る。

 これがマーサさんの言っていた「無自覚タラシ」なのかな?

 カトリーヌ様が誤解してしまったのもわかる気がする。


「それでは今日という日を祈り乾杯させてもらってもよろしいでしょうか?」


 淡く青く照らされた光の中でヴァイス様が妖艶に笑う。

 その笑顔がきれいすぎて思わず赤くなってしまう。


「あ、え、そうですね!は、はい!」


「乾杯」


 とグラスを合わせたとたん。


 どんっつ!!!


 バルコニーから見える空に大きな花が舞った。

 綺麗な花火だ。


 空一面を染めたそれは金色の光の帯をつくりながら花火がキラキラと散っていく。

 いままでに見たことのない花火で思わず見ほれてしまう。


「……綺麗」


 でもいま花火をあげるイベントなんてないはずなのに。


「なんの花火でしょうか?」


「喜んでいただけたら嬉しいのですが」


 空を全て埋め尽くすように打ちあがる花火を見ながらヴァイス様が微笑む。


「……え?まさかこれはヴァイス様が!?」


「はい、今日のために用意させていただきました」


「わ、わざわざ私のためにですか!?い、い、いくらかかったのですか!?」


「愛を伝えるのに金額など関係ないと思いますが」


「あ、あああの、その」


「はい?」


「契約結婚……ですよね? 何故ここまでしていただけるのでしょう」


 私がグラスを持ちながら聞くと、ヴァイス様は驚いた顔をして


「ふむ……そういう設定だったのを忘れていました。

 私としたことが……。どうも最近うまくいきません」


 言いながら、私の椅子のとなりに跪いた。


「それでは、条件変更を今からでも可能でしょうか」


「え?」


「契約ではなく、正式に結婚を前提にお付き合いいただきたい。

 答えは貴方がこの国を出る許可がでるまでの期間。それまでにいただけると嬉しいです。また最初の条件通り、たとえ婚姻関係になれなくとも、貴方に財政面で苦労させるようなことは致しません。できればそのまま当商家で働いていただけると嬉しいのですが、もし気まずいというのであれば、私と関わりのないところで働くための身元保証書も手配いたしましょう」


「あ、あの!」


「はい」


「わ、私なんかで本当にいいのでしょうか?

 子どもも望めませんし、一度結婚し離婚された身です。うちの国では汚点付きとよばれています。そのような身なのにヴァイス様に結婚していただけるような、女だとは思えません」


「貴方はとても魅力的ですよ。もともと結婚などする気はありませんでしたから、最初から子供を望んでいませんし……いや、貴方との間にできるというのなら、もちろん大事にしますが。貴方が産めないというのならそれでいいと思っています。まぁ、子どもについては保留にしておきましょう。あなたが捨てられた時の状況を顧みるに、あのようなやせ細った身体で妊娠ができるとは思えません。本当に貴方自身に問題があったかどうかはまだわからない段階で、あれこれ語っても仕方ないとおもいます。何より子は女性側だけの問題ではありませんからね」


 そういって私の手をとり見つめる。


「再婚についても、私側は何一つ障害になりえません。問題ですらない」


「で、でもどうして私なんかが、美人でもないし、むしろその……」


 思わず顔をそむける。

 だってヴァイス様に相応しいところが何一つ浮かばない。


「明確な理由の説明が必要ですか。

 正直な事を申し上げると私もよくわからないのです」


「え?」


「貴方はとても優秀で仕事のパートナーとしても、錬金術師としても尊敬しています。

 ですがそれは、後からわかっただけの事で、それが直接的理由ではないと思います」


 そう言ってヴァイス様は視線をさまよわせた後、少し困った顔をした。


「申し訳ありませんが恋というものがはじめてでして。

 ……どう表現していいのかわからないのですが……。

 ですが、常にともにありたいと望む存在を愛しているというのならば、私は確かに貴方を愛しているといえます」


 その言葉にどきりとする。

 ……自惚れてもいいのかな?


「貴方が浮浪者になろうとも、私に顧客情報を教えるつもりのないと言ったあの時。

 その美しいエメラルドグリーンの瞳に吸い込まれました。

 私は切実に貴方をもっと知りたいと思いました。

 おそらくこれが恋のはじまりだったのでしょう」


 そう言って手の甲にキスをしてくれた。


「もちろん貴方にまで私を愛せというつもりはありません。

 ですが家族として暮らしていくうちに情というもので互いに大事に思える存在にくらいはなれるように努力してみせます」


「わ、私は……」


 そこまで言いかけて、言葉がでない。

 なぜか震えてしまう。


「……答えを今すぐにとはいいません。まだ期間は4ヶ月もあるのですから。その間恋人を演じてくださるだけでも十分ですよ」


 少し寂しそうに笑うヴァイス様。

 違う、そんな顔をさせたかったわけじゃない。

 それでも、好きだという気持ちと、また裏切られてしまうのではないかという恐怖で揺らいでる。


 リックスだって最初は優しかった。


 でもよく考えてみたら、守ってくれるようで守っていてくれなかった。


 でもヴァイス様は。

 いつだって全力で守ってくれていて、私のためにしてくれた。


 だから信じたい。


 でも――。まだ心のどこかで結婚した途端変わってしまうのではないかという不安もつきまとって、答えが言えない。


 少しだけ顔を赤らめて微笑んでくれる優しいこの人を。


 私は何故信じられないのだろう。

 何故自分も好きといえないのだろう。


 いつまでも縛り付けてくる前夫の呪縛に泣きたくなる。


「シルヴィア」


「……はい」


「答えは急ぎませんよ。あのような理不尽な離婚をしたばかりですぐにまた結婚してくれと言われて戸惑う気持ちも、わかっているつもりです。だから……」


 ばぁんっとひときわ大きく散った花火の音でヴァイス様の声はかき消された。


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