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12話 仮初の婚約生活

「ではこれを」


 次の日。応接室でヴァイス様に契約書を渡された。

 五枚ほどの綴りで綺麗な字で契約内容が書いてある。


「はい。熟読させていただきます」


「……まずは半年契約ですか?」


「はい。この国の法律で、離婚した女性は国外に出る事ができません。その半年の婚約期間の間に貴方が無理と感じたら、結婚はなしという形で」


「……それは逆に言えばヴァイス様が無理と感じても契約を終了するということですね」


「そうなりますね。どちらが望んだ場合でも、契約不成立後の職も衣食住も保証いたします。私にも世間体もありますから、そこは心配しないでください」


「はい、ヴァイス様なら心配していません」


「それでは、今日はこの後仕事で家を空けなければいけません。

 明日からよろしくお願いいたしますね」


「はい!お任せください!」


 そう言って出ていくヴァイス様の背を見送った。


 行き倒れていたところ拾って命を救ってくださって、ここまで親切にしてくださった。そしてリックスとサニアからも守ってくれた。


 ここまでしていただいて恩義に報いないわけにはいかない。


 ヴァイス様の望む契約妻にならないと。




「おはようごさいます。シルヴィア」


 次の日。

 ――円満な夫婦を演じるために食事はなるべく一緒に――


 という契約書の条項通り、私はヴァイス様と食事をすることになった。

 けれど朝、食堂に向かうことなく、ヴァイス様が部屋の前まで迎えにきたので、ついびっくりしてしまう。


「お、おはようございますっ。で、ですが朝食にお迎えまでしていただかなくても」


「そう言わないでください。仕事で共にいられる時間は少ないのですから、過ごせる時間くらいは親睦を深めたいとおもっています」


 そう言って優雅に手をさしだした。


「あ、ありがとうございます」


 さすがに数多くの貴族を相手に財を築いた人だけあって、エスコートの仕方もとても優雅で、貴族と言われても驚かない。うちのような田舎の商家とは格が違う事を痛感させられる。


 もう少しちゃんと作法も学ばないと。


 きっとこれは試されている。試験なんだ。


 食事中。向かい合って食事をしているけれど、緊張でナイフとフォークが震えてしまう。

 朝からだされた豪華な食事に四苦八苦していると、ヴァイス様がふふっと笑う。


「それほど緊張しなくてもいいと思いますが。食事マナーのテストではないのですから」


「も、申し訳ありません」


 笑って答える私。

 けれど、そう言われても緊張するものは緊張してしまう。


 ――貴方は何をやってもダメなのよ――


 ――君は意外と不器用だよね。そんなことも出来ないのかい――


 ――おねえ様は仕事しか取り柄がないから――


 思い出さなくていい、言葉が頭にうかび、思わず私はあたまをふって


「あ……」


 そのまま、フォークを床に落としてしまう。


 やってしまった。

 テーブルマナーで一番やってはいけない事を。


 どうしよう。初日から失望された?

 慌てて、ヴァイス様を見ると、ヴァイス様はにっこり笑う。


「ふむ。では、こういったのはどうでしょう?」


 ヴァイス様が隣に座る。


「え?」


「私が食べさせてあげましょう。こちらのフォークはまだ私もつかっていませんから」


 そう言って隣に座ると微笑みながら食べ物をフォークでとると、私に食べさせようとしてくれる。


 え、え、え。


 思わず慌てる私。

 これでは普通の恋人同士みたいになってしまう。


「私にも新しいフォークはあります!?あーんはさすがに!?」


「一度やってみたかったのですが……駄目でしょうか?」


 そう言ってしょんぼりするヴァイス様に私ははっとする。


 なるほど。ヴァイス様はお忙しくて恋人を作る暇もないから、こういうのにもあこがれていたのかもしれない。顧客の要望に応えるのも、仕事のうち。ヴァイス様がやってみたかったのなら全力でこたえないと。


「そ、それではいただきます」


「はい、どうぞ」


 緊張しながらパクリと食べると、ヴァイス様が少し顔を赤らめて笑ってくれる。

 その顔があまりにも綺麗で思わず見とれてしまうけれど、これはやってみたかったことを出来て嬉しいだけ。勝手に好意があると勘違いしては駄目とだと自分に言い聞かせた。


「美味しいですか」


「はい、美味しいです」


「それはよかった。では新しいナイフとフォークをもってこさせますからお待ちください」


 そう言って席を立つヴァイス様の背を見送って、私は大きくため息をついた。


 心臓がいくつあってもたりないかも……と。


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