表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/80

10話 同意しかねます

 

「とっても楽しかったです」


 演劇場内にあるおしゃれなカフェ。

 お茶を飲みながらマーサさんに感想を聞かれて私は答えた。


「それはよかったです。奥様はまだ若いんですから満喫しなきゃ」


 けらけら笑いながらマーサさんが言ってくれる。


 マーサさん達とあのお屋敷に住むようになってからもう一か月。

 私の体調もそれなりに回復し、マーサさんのお化粧術のおかげで見られるようになった。

 綺麗なドレスを着させてもらって、今日は演劇を見に連れてきてもらえた。


 前から一度見てみたかった演目で、興奮がいまだに収まらない。


 そういえば結婚してからは出かけて楽しむなんて事なかったから、何年ぶりだろう。


 嬉しくて、景色を見回して、そこで私は動きを止めた。


「奥様?」


 マーサさんが不思議そうに聞いてくる。

 でも私は動けない。

 だって……そこにいたのはリックスと妹のサニアだったから。

 慌てて、目をそらそうとした瞬間。


「シルヴィア」


 リックスに声をかけられる。


 気づかれた。


 どうして、彼がこんなところに?しかもサニアと。

 お腹を守るように撫でるサニアを見て胸がぎゅっとなる。


 子どもの作れない女なんていらない。

 無能。高飛車。気が利かない。


 罵られた言葉がまた思い出されて、つい震えてしまう。


「あら、お姉さま何でこんなところに」


 サニアまで気づいてずかずかと私たちの前にくる。


「友達と遊びにきていただけです。もう帰ります」


 慌てて視線をそらして、私は席をたった。


「ずいぶん見違えたよ。綺麗になってびっくりした」


 リックスの言葉に私は唇をかんだ。

 見違えた?

 大体化粧にまで文句をつけてきたのはリックスだった。


 その色は派手すぎない?

 あまり好みじゃない。

 ちょっとその化粧は高すぎるんじゃないかな。

 経費で落とすけどやっぱり……。


 彼に言われた言葉が頭をよぎる。


 そうだお化粧すら面倒になったのは彼がいつも駄目だししてきたからだ。

 それなのに女としての魅力がないとか言われて、何故私は受け入れていたのだろう。


「実は君がいなくなって大変なんだ。

 納品先の発注数の予想ができなくて。できれば戻ってきてくれないかな」


 悔しすぎて何も言えないでいると、勝手にリックスが言葉をつづけた。


 ……この人は何を言っているのだろう。

 あんな状態で捨てておいて。

 あの時は疲労と睡眠不足で判断力が鈍っていた。

 捨てられても仕方ないと。

 でも今は違う。あんな捨て方おかしい。慰謝料をもらうべきだったのに私はなぜかもらわずにあんな少額のお金をもたされて雨の中に放りだされた。

 それなのに戻ってこい?


「お姉さま、妻としてはもう無理かもしれないですけど従業員としてなら雇ってくださるそうですよ」


 サニアが笑いながら言う。


 どこまで人を馬鹿にしたら気が済むの?

 何より悔しいのに何も言い返せないで黙っている自分が一番悔しい。

 言い返そうとすると怖くて言葉がでない。


「それは同意しかねますね」


 一人震えていたら、ぽんっと肩に手が置かれ、振り向くと、そこにいたのはヴァイス様だった。スーツ姿でにっこりと笑みを浮かべていた。


「旦那様」


「シルヴィア、その男誰だい?」


 リックスが眉間をよせた。

 まるで責めるような視線にぞくりとして、慌てて視線を逸らす。

 頭ではあんな奴、怖くないとわかっているのに、なぜか身体が怖いとうまく動いてくれない。


 震えが伝わってしまったのか、ヴァイス様が私の手を取って微笑んでくれた。


「紹介が遅れてしまい申しわけありません。彼女の婚約者です」


「は!?まだ別れて一か月だぞ!?」


 リックスがまるで責めるように言う。


「愛が芽生えるのに時間など無価値にして無意味。

 恋は理屈も理念もなく、人を思い慕う病気のようなものですから。

 私たちは出会った瞬間に恋に芽生え、婚約しただけのこと」


「そ、そんなのありえないわ!お姉様浮気していたの!?」


「やれやれ、自分たちがやっていたから、他人もやっていると決めつける。

 それはなんと浅慮で短絡的思考なのでしょう。

 だいたい婚姻中に性行為をまでして子までなした貴方達にとやかく言う資格がありますか?」


「もういい!こちらにくるんだシルヴィア!」


 リックスが私の手をとろうとして、ヴァイス様がその手を制して止める。


「貴方と会話をしているのは私のはずですが、今貴方と私の愛しの婚約者は赤の他人。

 女性を一人だけ連れ出すのは時と場合によっては警察沙汰ですがよろしいでしょうか?」


「それは……」


「婚姻中の付き合いをお疑いのようですが、彼女と会ったのは貴方と離婚後です。

 ご希望とあれば私がこの国についた日の証明書を発行してもかまいませんよ。

 彼女が嵐の中一人歩いていましてね。あまりにも不憫で保護させていただきました。いやぁあの嵐の中をあのようなやせ細った状態の彼女を一人追い出せるとは」


 ヴァイス様がはっはっはと笑いながらよく通る声で言う。

 喫茶店にいる人達視線があつまりリックスが慌て始めた。


「そ、それは仕方なかったんだ」


「ほぅ、どのような理由が?」


「彼女の仕事ぶりが、あまりにもひどくて仕方なく首……」


「それが行くあてのない女性を嵐の中追い出す理由になりますかね?

 嵐が収まってからでもよろしかったのでは。

 いえ、むしろ経営者としてはたとえ首にしたとしても、元従業員の身の安全は保障すべきです。

 あの日は嵐がくる予報がだいぶ前からでていた。あなたも知らなかったわけではないでしょう。

 嵐のせいで店は全て閉まり、寄合馬車が運休となれば宿が混むのはこの地にいるものなら知っているはず。それなのに嵐がくる直前に新たな住居も提供せず一人女性を追い出すのは、死ねという意図がなければできませんね」


「そ、そんなつもりはなかった!私は知らなかった」


「ああ、では単なる無能の方でしたか。

 これは申し訳ありません。さすがに長年この街に住んでいた方がそのような子供でもわかるような一般常識をご存じなく、嵐で死ぬことすら予期できない馬鹿がこの世に存在するとは思いませんでした」


「貴方は喧嘩をうっているのですか!?」


「おや、知能指数が低くてもそれくらいはわかりますか。

 もちろん私の婚約者を口説き、先に喧嘩をうったのは貴方です。

 私はそれに応戦しただけにすぎません」


「僕はそんなことを認めない!」


「戸籍を確認してきましたが、籍は抜けていますのであなたの同意など必要ありませんよ。ああ、それと勝手に再び婚姻扱いにできないようにも手配してきました。偽造サインで再び婚姻など出来ませんのであしからず。彼女から土地や建物を取り上げたやり方はもう通じませんので」


「……とりあげたなど、無礼な!全部彼女の意思でやったことだ!」


「ええ、睡眠も食事もろくにあたえず、外部との接触を遮断して意志薄弱にして同意させたのでしょう?

 本来ならあの規模の取引なら神殿の審判委員の立ち合いの元サインをしなければいけないはず。ですがなぜ彼女不在で名義が移動になっていました。はておかしいですね?

 何故でしょう?」


 そういえば、そうだ。なんで名義移動が完了しているの?

 私も思わずリックスを見る。


「そんなの僕は知らない」


「ではあなたのお母様の方ですか。

 まぁ私にとってはどちらも小者なのでまったく問題ありませんが」


「なっ!さっきから失礼な!君は大体誰だ!」


「名乗りが遅くなって申し訳ありません。ヴァイス・ランドリュー。

 ランドリュー家のものです。何か物申したい事がありましたら、そちらの方へどうぞ。

 さてそれでは行きましょう」


 言いながら、ヴァイス様が私の肩に手をまわす。


「……まて!!君はそれで本当にいいのか!?」


「いい?それは何に対する問いですか?

 私は貴方と違い妻の財産をとりあげて、美容どころか睡眠すらとれない激務を押し付けたりしませんので。誰から見ても私の方が良物件だと思うのですが」


「貴方には聞いてない!!」


「貴方が聞いているかどうかなど知った事ではありません。

 婚約者を守るのは私の仕事です」


 そう言ってヴァイス様が私をつれて歩きだし、とめようとしたリックスをマーサが押しのけた。


「待ってくれ!シルヴィア!!」


「ちょっとどうなっているのよ!」


 後ろでリックスとサニアの二人の声が聞こえて、私は怖くてヴァイス様のコートを必死につかんだ。


「大丈夫ですよ。私がいますから」


 そう言って抱き寄せてくれたヴァイス様のぬくもりは温かくて泣きそうになる。


 嬉しくて、嬉しくて。


 そうだ私はずっと誰かに認めてもらいたかっただけだったのに。


 なんでこんなことになったのだろう。

 そして一番私の事をわかってくれてるのが、何年も一緒だったリックスじゃなくて、会って数回のヴァイス様だって事に悲しくなる。


 私達どこで間違ったのかな――。


 私は溢れる涙を止められなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

■□■宣伝■□■
★書籍化&漫画化作品★
◆クリックで関連ページへ飛べます◆

表紙絵

表紙絵

表紙絵

表紙絵

表紙絵

表紙絵

表紙絵
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ