1話 嵐の日に捨てられました
「シルヴィアごめん。
子どもの産めない君はこの家に相応しくないって母も言っていたんだ。
だから何も言わず離婚してほしい」
突然夫に書斎に呼ばれて言われた言葉はそれだった。
「ごめんなさい。私のせいで」
大きくなったお腹をさすりながら言う妹サニア。
……二人の仲が良かったのは知っていた。
けれど仕事も出来ない、我が家に伝わるはずの錬金術もろくに出来ない私が口をだしたらいけないと我慢していた。
でも肉体関係まであったなんて。
くやしくて涙がこぼれる。
「錬金術の腕も未熟、しかも子どもまで産めないんだもの、離婚は仕方ないわ。だって家が途絶えちゃう」
「ごめん。これもエデリー家のためなんだ。君の死んだ父さんもそれを望んでいるはず。
だから黙って別れてほしい」
そう言って離婚届を差し出された。
ああ、そうか、私はいらないんだ。
私は黙ってその書類を受け取ってサインをする。
離婚届を出したその日に、私は家を追い出された。
わずかばかりに与えられたお金を持って私は夜空を見上げた。
彼と結婚して3年。私との間に子供はできなかった。
そして――彼と妹の間に子供ができてしまい、私は捨てられた。
――役立たず――
――これだからお前は仕事ができない――
私を攻め立てる言葉が耳に蘇る。
やめて、お願い、ごめんなさい。
屋敷を追い出されてとぼとぼと歩き出す。
私が持っているのは少しのお金と自分の身分証。
どうしよう。
ざぁざぁとふる雨に私は空を見上げた。
そういえば今日は嵐がくるといっていた気がする。
街中は嵐に備えて人通りもすくなくて、店も閉まっている。
――ああ、こんな日に捨てられるなんて。
嵐をどこでやりすごそう?
おそらくこの様子では寄合馬車も今日は休みだろう。
ここは観光客も多い場所だからホテルもいっぱいかもしれない。
なんでこんな目にあわないといけないんだろう?
仕事も、家事も、魔道具作りも、ポーション作りもまともにできない私が悪かったんだ。
寝るまもなく働いていて、肌もぼろぼろで見かけに気を使っている暇もなかった。
だから女として見られないと言われた。
ガラスに映る自分の姿に苦笑いが浮かぶ。
やせ細って肌もぼろぼろで茶色い髪の毛につやもない。
目の下のクマもひどくて、シミも酷い。
……離婚されて当然だ。
だって女に見えないもの。
夫と妹の仲睦まじい姿が頭に浮かんで涙が浮かぶ。
妹は天使のようにふわふわしていて私はまるでぼろ雑巾のよう。
じわりとあふれ出た涙で視界がかすむ。
でもこんなところでいじけている場合じゃない。
とりあえず今日やりすごすホテルを見つけないと。
歩き出して、そして――ふらりと身体が揺れた。
突然ふいた風で身体がよろけ――目の前には馬がいた。
従者が悲鳴をあげ馬車を引く馬が私の姿に驚いて足をおおきくあげている。
ああ――風でよろけて馬車がいたのに倒れてしまった。私死ぬのかな。
どうしよう、馬車の人に迷惑かけちゃう。
そんなことを思いながらどこか遠くで馬のいななきが聞こえた気がした。