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兄と弟

 その日の夜。


「あれ、今日は兄さん夕食別?」


「左様でございます。ハルバード様は執務にお忙しいようで」


城内食堂にて、ラジックのテーブルの前に食事を並べるのは、王家のメイド、ホーマ(25)である。

ラジックは席に着き、用意された夕食を食べ始めた。


「ラジック坊ちゃまにおひとりで夕食を摂っていただくのは、たいへん心苦しいのですが……」


「うーん。じゃあ、ホーマも一緒に食べようよ!」


「いいえ。私は王家に仕える身。ラジック坊ちゃまと夕食を共にするなど、恐れ多くてできません……あ、ニンジンを残しちゃいけません!そんなんだから魔法の成績が良くないんですよ!」


「それが王家の人間に対する態度なのかな⁉」


ホーマは代々王家に仕えるメイド一家の出自である。城内で生まれ、物心ついた時には、ラジックとハルバードに対して、姉のように世話していた。しかし、20歳になったのをきっかけに、姉のように接するのをやめ、王家に仕えるメイドとして、ラジックらの世話を続けていた。


ラジックと一緒に食事はしないものの、やはり弟のようなラジックへの思いからか、喋り相手にはなっていた。


そこへ、不意に食堂のドアが開いた。


「兄さん!」


ドアをくぐってきたのは、ラジックの兄であり、現魔法王のハルバードだった。


「お疲れ様でございます、魔法王」


ホーマは深々と頭を下げた。


「やめてくれよ、ホーマ。執務外はハルバードでいい」


穏やかな笑顔で、ハルバードは制止した。


「私も食事を戴こう。用意してくれるか、ホーマ」


「はい、ただいま」


ホーマは食事の準備をしに、キッチンの方へ向かった。


「やっぱ魔法王の仕事って大変なの?」


「それなりにな。でも父さんが手伝ってくれるから、泣き言は言っていられないよ」


「兄さんが魔法王になってくれてほんと良かったよ。僕には絶対にできないや」


「おいおい、王位継承序列第1位なんだぞ、お前は。もし私に何かあったらお前が魔法王になるんだから」


「大丈夫だよ!兄さんになんかあったら、そもそもこの国が終わるから!」


ニコニコとした顔で言うラジック。


「ブラックジョークはよせ、ラジック」


「兄さんから先に振ったんじゃないか……」


しかし、ラジックが言ったことは本心だった。魔法の扱い、体術、カリスマ性と多方面に優れ、さらには魔法王になったことにより、無尽蔵ともいえる魔力を手に入れたハルバードは、ミラセア王国一の力を持っている。そんな彼に何かあった時は、それは、国家の崩壊を意味するだろう。


「ハルバード様、お食事の準備ができました」


「ありがとう、ホーマ」


ハルバードの前に料理が並べられた。


「そうそう、そういえば。今日の朝、変な恰好の人を見たんだよ」


「変な恰好?」


「なんかこう、服が体に張り付いていて、光ったり消えたりして……」


見たままのことを話そうとしても、抽象的なものとなってしまった。


「お話のところ、失礼します。ハルバード様。先代魔法王がお呼びです」


ホーマの遮りに、ハルバードはナイフとフォークを置いた。


「やれやれ。魔法王に休みは無し、か。すまんな、ラジック。また後で話を聞かせてくれ」


「うん。お仕事頑張ってね!」


片手を挙げて、ハルバードは食堂から出て行った。


(魔法王は大変なんだなあ。父さんも王位を譲ったのに仕事三昧で大変そう。それに対して僕は……)


自分の境遇と、それに見合わない能力にため息を吐いた。


(あとで兄さんに魔法を習いに行くか……)


最後のニンジンを水で流し込み、ラジックも食堂を出て行った。

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