侵入者
ミラセア王国。ここは、魔法を使って生活を豊かにする国。
「ラジック!戴冠式見たわよ!ハルバードさんが魔法王になるなんて、いまだに信じられない!」
戴冠式の翌日。魔法学校へ行く途中、幼馴染のヨハネが近寄ってきた。
「僕だって信じられないさ!でも、兄さんだったら絶対にこの国を良くしてくれる。それは僕が一番よく知っている」
「そうね。ハルバードさんはあんたと違って魔法のうまさも抜群だもんね」
ヨハネの言葉が、ラジックの胸に刺さった。
魔法にはセンスがある。兄であるハルバードは、魔法の強さから、齢19歳にして魔法騎士の隊長を務め、溢れるカリスマ性から、わずか一年で魔法王に抜擢されたのある。もちろん、先代の魔法王が病で統治するのが難しくなったという理由もあるが。
一方、弟のラジックは、魔法のセンスがからっきしだった。14歳ならたいていの魔法の使用は難なくこなせるはずだが、ラジックはまだ基本の魔法しか使えなかった。
「ぼ、僕はまだ発達途中なんだよ……」
目を潤ませながらラジックは答えた。
「ほら、また泣く。魔法には強い精神が必要。そんなよわよわ精神だから魔法が使えないのよ!この前のテストだって……」
「あれは緊張して、精神が乱れただけで……」
「その精神の乱れが良くないのよ!」
魔法には、強い精神力が必要だ。信念を貫く強い意志があれば、基礎的な魔法も強力になるし、逆に、脆い精神状態では、どんな強力な呪文を唱えても、魔法が発動しない。
ラジックは精神が弱い。もともと王族に生まれて不自由のない生活をしていた身。のらりくらりと幼少期を過ごし、魔法学校はエスカレーター式に進級していく。そんな彼を快く思わない人間もいるもので、10歳を過ぎたあたりから彼を標的としたいじめが行われるようになった。
いじめられるたびにヨハネにかばわれる毎日で、ラジックの心はボロボロだった。
「ねえ、ラジック。あそこ、見て」
ヨハネの見る方、商店の物陰に目を移した。
「なんかあの人の恰好、変じゃない……?」
視線の先には、体に張り付くような衣服に身を包んだ男だった。さらに、時折衣服が光って見える。
「うーん、僕、ファッションには疎いから……」
「あれが最新鋭ファッションなわけないでしょ!」
ヨハネはそう言うと、杖を取り出した。魔法を使う準備である。
「インプ!リスニング!」
呪文を唱え、杖を振る。その呪文は、ラジックが聞いたことのないものだった。
「何、その呪文!?」
「いいから黙ってて!」
また目に涙を浮かべながら、ラジックは黙った。すると、杖から声が聞こえ始めた。
『……分かった……今夜……にけっ…こうする……』
途切れ途切れだったが、意味を理解することは可能だった。
「今夜結構って?何を?」
「もう!静かにしてって!」
再び喋るラジックに、ヨハネは怒った。
もちろん、その声は不審な男にも聞こえていた。
「誰だ!」
「マズイ!インプ!ハイディング!」
ヨハネは杖を振った。すると、ヨハネとラジックの身体が透明になった。
「気のせいか……」
不審な男は、その場を離れ、どこかへと消えていった。
自分たちの安全が分ると同時に、ヨハネがかけていた魔法が解けた。
「危なかった……って、ラジック!アンタのせいでバレるところだったじゃない!」
「バレるって、盗み聞きの方がよくないぞ!そもそも、そんな魔法習ってないじゃん!」
ラジックは反論した。
「学校で習ってない魔法は使っちゃいけないんだぞ!」
「学校の図書館にあった本から学んだからセーフですぅ!」
「そう言って、図書館の立ち入り禁止の書庫に忍び込んだんだろ!あっちの書庫は先生じゃないと入っちゃいけないんだぞ!」
ラジックの言葉に、ヨハネはたじろく。図星だった。
「ほらほら!悪いのはヨハネ、君だよ!」
立場を逆転されたヨハネは、この場を打開すべく言葉を発した。
「分かった!ラジックったら、今の隠れる呪文が知りたいんでしょ!だって、透明になればいやらしいことし放題だもんねえ」
ヨハネはあざけるようにラジックを見た。ラジックは顔を真っ赤にする。
「絶対教えないわよ。アンタにお風呂覗かれたくないもんね~」
「だっ誰がヨハネの風呂なんか覗くかっ」
「顔真っ赤よ~。あ、もしかして今アタシの裸想像した?これだから男子は、やらしい~」
ヨハネはそう言って走っていった。
(誰がヨハネの裸なんて……)
ラジックは頭をぶんぶんと振った。