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アップルとチェリム

「悪いな。急に泊めてもらうなんて」


「気にしないで。部屋は余っているもの。それに、あなたの話をもっと聞きたいから」


ラジックとマグノリアは、アップルに招かれ彼女の家に泊まることになった。先ほどの悶着があった路地裏から徒歩五分ほどの所にあるアパートの一室が彼女の住処だった。


「一人で住んでるのか?」


彼女の部屋がある三階まで上がる途中の階段でラジックは訊ねる。


「いいえ、妹が一人――」


「お姉ちゃん!」


三階の部屋へと続く廊下から、幼さの残る少女が声を上げて階段下のラジックたちを見下ろしていた。


「チェリム!」


アップルはチェリムと呼ばれた少女に駆け寄る。


「出てきちゃダメって言ったでしょ!ほら、早く部屋に入って!ラジックたち、こっちに」


アップルは部屋へとつながるドアを開き、チェリムを押し込む。続いて、ラジック、マグノリアも促されるまま部屋に入る。最後にアップルが入り、鍵を閉めた。


「お姉ちゃん、帰ってくるの遅いよ。ところで、その人たちは?」


チェリムはようやくラジックたちに気付いたようで、部屋の部外者に向かって首を傾げる。


「こんばんは。俺はラジック。こっちはマグノリア。ちょっとお金に困っていて、お姉ちゃんに助けてもらったんだ」


「マグノリアです」


二人は自己紹介する。すると、チェリムはいぶかしげに二人を見る。


「お金に困ってるって……うちにだってお金はないよ?お姉ちゃんに騙されてない?それとも……お姉ちゃんの弱みを握ってる?」


「こらこら。その人たちは反対派から私を助けてくれたんだ。結構ワケアリみたいで住む場所を探してるってことだったから、お礼に泊まってもらうことにしたんだ」


「ふーん、そういうことなの。私はチェリム。お姉ちゃんを助けていただきありがとうございます」


アップルの説明を素直に受け取り、チェリムは二人に頭を下げた。


「こちらこそ。泊まる場所もお金もなくて困ってたから、本当に助かるよ」


ラジックはチェリムに目線を合わせてお礼を述べる。チェリムの髪もアップルと同じく赤色で、ツインテールをしていた。ただ、目つきは姉と違って鋭さを見せない丸い目をしていた。年齢は十代前半といったところだ。


「すぐにご飯作るから。二人ともそこに座ってて。チェリム、手伝ってくれる?」


「分かった」


姉妹は台所の方に消えると、残されたラジックとマグノリアはその場に遭ったソファに腰を下ろした。


「今日の宿が見つかってよかったな」


「同意」


「そういえば、マグノリアは食事ってするのか?」


「自動人形は食事を必要としません。自動人形は光エネルギーを吸収して動いています」


「光エネルギーって太陽とか月明かりとか?」


「もちろんそれらもですが、天井にある電気の明かりでもエネルギーに変換できます」


それを聞いて、ラジックは城下町に対する疑問を思い出した。



「そうだ。この明かりは何なんだ?今、デンキって言ったか?」


「肯定。電気です」


「デンキって、何だ?」


ラジックの故郷、ミラセアには電気の概念がなかった。夜の明かりは魔法を使えば賄えるためだ。


「……。ミラセア魔法大陸の項目に、電気の概念が存在しないことを追記しました」


「明らかに今馬鹿にされたような……」


「ラジックは今度、この国の辞書を購入することをお勧めします」


「え、教えてくれないの?」


「肯定。文明を切り開くには、自分で知ることも大切だと聞いたことがあります」


「そ、そうか……」


マグノリアの説明放棄にラジックは若干驚きつつ、デンキについて考えることは後回しにした。次に考えることは、アップルとチェリムのスネークバイト姉妹についてである。


アップルはラジックと同じくらいか少し上、チェリムはラジックより数歳は下の年齢だろう。そうすると、この部屋に足りないものがある。


「アップルたちの親は、どこにいるんだろうな」


デナルグ連邦の家族形態の詳しい事情は知らないが、少なくとも、ミラセアだったら、この年齢の子供に親がいないのは不自然である。


「……あれは?」


ふと見回した部屋の中で、写真立てに目を留めた。その写真には、四人の姿が映っている。真ん中の二人はアップルとチェリム。その両脇には、彼女らの父親、母親と思われる人物が立っていた。


「親はいるのか……」


その時、キッチンから声が掛かった。


「二人とも、食事の準備ができたわ。食べましょう」


運ばれてきたのはパンにシチュー、サラダだった。


「口にあえばいいけど……」


「どんでもない。泊まるだけじゃなくて食事までお世話になっちゃって。本当に助かるよ。ただ、マグノリアは――」


食事は必要ないと言っていたマグノリアに目を向けると――。


「美味。ありがとうございます、アップルさん、チェリムさん」


シチューを次から次へと口に運んでいた。マグノリアは自分を見つめるラジックの視線に気づいたようで、スプーンの動きは止めずに目だけで返事をした。食事は必要ないと言っただけで、食べられないわけではないと。


「口にあって良かったわ。ほら、ラジックも遠慮しないで」


「あ、ああ。いただきます」


マグノリアの評価に違わず、姉妹の作った料理は、ミラセアにいたときの使用人、ホーマが作る物に勝るとも劣らない味だった。


「食べながらでいいから教えて。ラジックたちがどこから来たか。スチュワート様とどんな関係か。ね?」


ここまで良くしてもらったら黙っているわけにはいかない。だからといって、兄を殺され、復讐に来たと言ったら、ガブリエラ・スチュワートを慕うアップルの反感を買いかねない。丸く収めるため、ラジックはでっちあげの経歴を話した。


「俺とマグノリアのいた国で戦争が起きたんだ。国から脱出するために飛行艇で逃げようとしたんだが、海の上で敵国に撃ち落とされて……。運よく、ガブリエラの巡回軍隊にひろってもらったんだ。城に住まわせてもらっていたけど、流石に居心地が悪くて城から出てきたんだ。ただ、後先考えず飛び出したせいで無一文なのを忘れていて……」


ほとんど嘘は言っていない。マグノリアの存在と飛行艇で逃げるという部分が違うだけだ。


特に違和感はないよな……。そういう思いでアップルとチェリムを見る。


すると、驚いたことに彼女ら姉妹は目に涙を浮かべていた。


「あなたたちも、戦争が原因で不幸になって、スチュワート様に助けてもらったのね……!」

そしてアップルは、自分の身の上話を始めるのだった。

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