市民弾圧
「なんで俺はこんな弱いんだ!」
再び同じベッドで目覚めたラジックは、己の弱さを嘆いた。何度も、ベッドを叩く。
「やめなさい。そのベッドはあなたの物ではない。壊したら弁償ですよ。その前に、部屋を濡らしたクリーニング代と勤務時間に眠る怠慢行為。同じ従事者として、あなたの行動は目に余ります。どうやって責任を負うつもりですか」
ファララだった。カラムより丁寧に接しているように見えるが、カラムより冷たい空気だ。
「さあ。早く働きなさい。まずは――市民の弾圧に向かいます」
「え?」
「それと。杖は私が預かっておきます。これが必要なときは、私から渡しますので」
ファララは杖を自分の胸元にしまった。
「待て、市民の弾圧って、どういうことだ?」
「見てみれば分かりますよ」
そう言われ、城の外に出ると――。
『スチュワート政権反対』
『ストップ・浮遊大陸』
『スチュワートを許すな』
そのような旗、看板と
「出てこいスチュワート!」
「死んで詫びろ、スチュワート!」
「ワイマンガー国にいる夫に会わせて!」
怒号が聞こえた。その数、数百、数千。
「どういう、ことだ、これ……」
信じられない光景に、ラジックはたじろいだ。
「女王様への反対派閥ですよ。か弱い女を相手に、こんな大勢で……。女王様の気も知らないで……」
か弱い女という表現に引っかかったが、ラジックはツッコまなかった。
「この国の女王はあの女なんだろ?なんで、ここまで反発が起きる⁉」
「女王様の政策に不満があるのでしょう。私には理解しかねますがね」
「そういうことではない!あの女がこの国のトップなんだろ!?トップの言うことを聞かない民衆がいるのか!?」
今度は、ファララが表情を崩す番だった。
「あなたの国は、民衆が全てトップの言うことを聞いていたというのですか?」
「当たり前だろ!?国のトップ、魔法王は唯一精霊王の魔法を使える人間だ。反発する人間などいるはずがない」
「……それは大衆に意志がないのでは……いえ、それはまた別の話ですね。今は、あの民衆たちを追い払うことに専念しましょう」
「じゃあ杖を返してくれ」
「いいえ。暴力はいけません。反対派閥を興奮させるだけです」
「じゃあどうやって?」
「見ていてください、いえ、聞いていてください」
ファララはそう言うと、息を大きく吸い上げた。
「Ah~」
その波長は、ラジックの耳を通り、脳を震わせ、体の力を奪った。
「何だ、この声……?」
「これ以上聞くとまたアナタは寝てしまいます。耳を塞いでいてください」
言われるまま、ラジックは耳を塞ぐ。その間にもファララは声を震わせ続け、城の前に集まった民衆は次々と倒れていった。
「……眠って、いるのか?」
倒れた民衆たちに目を向けると、苦しむ様子もなく、目をつぶっているだけだった。
「そうです。これが女王様が私に与えてくれた力。私の歌は強い睡眠作用を促すのです」
「……やはりお前らも魔法が使えるんじゃないか?」
ラジックが知っている魔法の中にも、人を眠らせるものがあった。もっとも、その魔法を覚えるのは治癒魔法師であり、民衆を黙らせるために使う魔法ではなかったが。
「そんな代物ではありませんよ。ただ、私は昔は声を出すことができなかった。そんな私を救ったのが、ガブリエラ様で――」
ファララはそこまで口を開いて、会話をやめた。
「あなたに話すことは、これ以上ありません。さあ戻って次の仕事ですよ」
ラジックに背を向け、ファララは城内へ戻っていった――しかし。
「危ない!」
ファララをめがけて、こぶし大ほどの石が投げられた。




