戴冠式
静寂。
その場には1000人を超える人間がいるのに、衣擦れの音すらしなかった。
ミラセア城大広間。それが静寂を保つ場の名だ。白のローブを身にまとった集団が、身動き一つせず、一点を見つめていた。
その視線の先には、白地に金の刺繍をあつらえた華美な装束をした若い男がいた。
ハルバード・リスティーク。今日は、彼がこの国、ミラセアの王となる日だった。
突如、静寂を破るように管楽器の音が響いた。戴冠式の会式の合図である。数秒間鳴り響いた楽器は徐々に存在感を消していき、残響がすべてなくなった後、現王の側近の声が響いた。
「魔法王の登壇である!頭を垂れよ!」
その言葉で、1000人を超える人間は、みな一様に床を見た。一糸乱れぬ動きは、かなりの訓練を積んできたものと思われる。
頭を垂れずにその姿を見ていたのは、ハルバードの弟であり、現王の次男、ラジック・リスティークである。
(やっぱ魔法騎士の人たちはカッコいいなあ)
王の息子であるラジックは、身内枠で1000人を見下ろす立場にいた。まだ14歳のラジックにとって、この式がいかに大切かは分かっていなかった。
「諸君!本日はこの老いぼれとその愚息のために、こように大人数が来てくれたこと、誠に感謝申し上げる!」
自身を老いぼれと呼ぶ王、いや、魔法王はそう呼ぶのにふさわしい姿だった。青白い顔には深いしわが刻まれ、あごには白いひげが無精に生えている。しかし、その眼光だけは普通の老いぼれとは違い、見たものを震え上がらせるほど鋭いものだった。
「本日をもって、我は魔法王の座を退位する!そして、本日より、ハルバード・リスティークをこのミラセア国を統治する魔法王とする!」
王は自らの頭に載っている王冠を下ろした。
「ハルバードよ、上へ!」
王に告げられたハルバードは、登壇した。王に一礼すると、その場に傅いた。その頭の上に、王は、先程まで自分の頭にあったそれを、載せた。
「皆の衆!次代王のハルバード・リスティークに拍手と歓声を!」
その言葉を皮切りに、場が大きく盛り上がった。その騒ぎの最中に、先代の王は降壇した。
拍手と歓声が鳴りやんだ時、新たな魔法王、ハルバードは宣言した。
「我こそは、魔法王ハルバード・リスティーク。諸君らの未来と、ミラセアの未来を私に任せてほしい」
その言葉に、場は再び沸いた。
プロローグ的な話が続きます。