追憶の雲梯
滑らかな曲線を描いた緑色の雲梯。
幼稚園生の私は、いつもそれに一人ぶら下がって、空を見上げていた。
雲になりたかった。
悠々と世界を旅するその生き方に憧れていた。
ふと横を見ると、ブランコに子供たちが並んでいる。
「じゅういーち、じゅうにー、じゅうさーん、」と声をそろえて、
ブランコを揺らす子を急かしている。
彼らのことも、雲になれば、まるで行列を作る蟻のように見えるのだろうか。
そんな妄想をしていると、いつの間にか皆は教室の中にいる。
私は雲梯から手を放し、走った。
幼稚園が嫌いだった。
私のことをいじめる同級生がいた。
私は毎朝、母の手を掴んで幼稚園をさぼろうとした。
それでも、一度園の門をくぐってしまうと、あっという間に一日が終わるのが不思議だった。
私は久しぶりに、幼稚園を訪ねた。
前回りに失敗して頭から血を流した鉄棒も
一人できれいな泥団子を作っていた砂場も
母の帰りを待った職員室も
何もかもがあの日のままだった。
でも、私がぶら下がっていた雲梯は、なくなっていた。
私は、涙が不織布マスクを濡らすのを感じた。
空を見上げた。雲は、ゆっくりと風に流されている。
あの日の私も、同じようにこの景色を眺めていたのだ。
雲梯は、もうない。
でも、あの日々は、記憶は、変わらず心の中にあって、たまに顔を出す。
私の中に、いつまでも雲梯はあるのだ。
そして今も私は、それにぶら下がって、空を眺めるのだ。
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