第1章 変化3
ゆっくり進んでいきます。
「なあ…こんな傷治るのか?」
運ぶのを手伝ってくれた男が呟く。
普通の人間ならまず無理だろう。助からない。
だがこの男は人間ではない。
「…わかりません。ですがやれるだけのことはします。
処置に入りますので皆さんは外に出ていていただけますか?」
皆素直に従って外に出てくれる。
だいぶ信用されるようになったなと苦笑した。
「…まだ意識はありますか?」
「ああ…」
私の声に反応して男がうっすらと目を開ける。
「血を飲んでください。…ですが少しだけ。」
完全に治るとこの男が人間ではないことが分かってしまう。
それにこの町の人間が気づけば恐らく面倒なことになるだろうと思った。
そのため、少しだけと警告する。
男の目が見開かれ、私を見る。
初めてまともに目が合い、男の顔が整っていることに気づいた。
「いいのか…?」
「死にそうな顔で遠慮しないでください。」
「すまない。」
腕にナイフで傷をつけて差し出す。
血が一滴流れ落ちようとした瞬間、男の口が腕に触れた。
血が少しずつ抜けていく感覚に背中がゾワリと粟立つ。
あー…どうやって誤魔化そうかな…
と、他人事のように考えていた。
男の顔色に血の気が少し戻ってきた頃、男が口を離した。
言った通り、完全に傷を治すほどの血は飲まなかったらしい。
「助かった。ありがとう。」
「完全に治ったわけではないでしょう。傷の手当をします。」
力なく男が目を閉じたのを見て、てきぱきと傷薬を塗り包帯を巻いていく。
包帯が巻き終わって、ちらりと男の顔を見ると意識を失っていた。
本当にすごく整った顔をしている。
意識がないのをいいことにしばらく観察するが、この男は鬼。
関わっていいことはないので、傷が治ればすぐに出て行ってもらおうと心に決めた。
当たり前になり始めた日常が少し変化した。
それくらいの認識だった。
この日のこの鬼との出会いが
全ての始まりになるとは思いもしなかった。