皇国を目指して
「よっと」
皇国までの長旅に必要そうなものは揃えた。食料などは旅の途中で揃えるなり集めれば良い。
「皇国までにはどの道船便に頼らざるを得ないから…よし!ここは大きな港町までゆっくり進んで行こう!!」
荷物を―――思いの外多くなってしまった荷物を背負って、サザは公国の門を出た。
…その眼差しは遥かな未来を捉えていたという。
「さあ行くぞ!!ラディウスへ!!!」
第七大陸のラディウス皇国へ向けて、一歩を踏み出す。
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「やっぱり自然は凄いな〜」
公国を出てから幾分か歩いて、サザは雄大な景色の中に居た。大きく広がる景色がサザ自身の小ささを示す。
(やっぱり俺達って小さいなあ)
サザは連なる山々を見て、噛み締める様に思いを馳せた。
―――世界がどれほど広いのかは分からない。八の大陸が存在している事は知っているが、それ以上はサザも知らない。
だけど、あらゆる生態系が構築されたこの世界を美しいと思う。
この景色を創り上げたナイエスと云う黒い神はさぞ美しいものを多く知っているのだろう。
そしてかつて存在していた古い時代の世界も、沢山の美しいものが存在していて、沢山の煌めきがあったのかもしれない。
サザはそれを少しだけ良いな、と思った。
「ん―――?」
サザの耳に、ふと、遠くから賑やかな歌が聴こえてきた。
―――♪、♪♪、♪……
妙に情緒のある音色が、サザの後ろから近付いてきた。
「――!!あ、あんた達…」
「はぁ~い!クラストラム一座です!!先日はありがとね~」
サザが驚いている傍らで、一座の男が賑やかに微笑みを返した。
「所で貴方は何処へ向かうのでしょう~」
一座の男がサザに対してにこやかに訊ねる。
「俺…?俺は第七大陸のラディウス皇国、かな」
「おや~それはそれは!!奇遇ですねえ!!私達も皇国を目指しているのですよ~」
一座の男は更に嬉しそうな様子で両手を広げた。
「とは言え皇国まではすぐじゃないです、各地で様々な劇を披露しながら目指しているのですよ~」
「へえ、でも劇団?一座とかならそういうもんだろうな」
隣を歩くサザの歩調に合わせてくれているのか、一座の馬車はゆっくりと進んでいる。
「でも、ここで再会したのも何かの縁、途中まででしたらご一緒にどうですか~?」
一座の男は明るくのんびりとした調子でサザにまた訊ねた。
「え、良いのか?俺なんか」
「はいはい~、勿論ですとも!!何だか気が合いそうな気もしますしね!!」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
断って好意を無碍にする訳にもいかない。
ここは折角だから、とサザも一座の馬車に乗り込む事にした。
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「しかし凄いんだなー…こんなに道具を抱えているなんて」
サザは初めてあの"舞台"の中身を知った。幕の裏側にこんなにも沢山の小道具と大道具、そして衣装が沢山あったからだ。
「でしょう?これアタシが作ったのよぉ」
サザの背後から妙に野太く低い声が聞こえ、サザの肩をガッシリと掴んだ。
ギョッとして振り返った先に、妙にくねくねとした感じの大男がサザをじっと見ていた。
「そ、そうなんだ……!?」
「ホントよぉ、時間い~っぱい掛けて作るのよぉ。…アラ、貴方よぉく見たら凄くイイ男じゃない……どう?一座の団員にならなぁい?」
妙齢の女性の様な話し方をする大男から勧誘されたものの、サザは初見のインパクトの方が勝っていたのか言葉に詰まっていた。
「駄目ですよ~ジャニターさん~、困ってるでしょ?」
「アラヤダいけない、アタシってば。はしたないわよね、でもアタシイイ男に弱いのよぉ」
ジャニターと呼ばれた大男はハッと我に帰った振る舞いをして、そして恥ずかしそうに頬を染めていた。
「え…ああ……うん、俺は平気……?です…」
サザも混乱し戸惑っているのか、妙にズレた答えを返す。
「すみませんね~、ジャニターさん、こういう方なんですよ~」
一座の男が申し訳無さそうにジャニターに代わって謝罪をする。
「もうっロイン座長ったら!!それじゃアタシが節操無いみたいじゃないっっ」
一座の男をロイン座長と呼んだ、ジャニターは不服そうにする。
「ジャニターさんは悪い方では無いですよ~、ただ、服飾や道具製作に、あとはいい男の方が好きなだけでしてね~」
一座の男、改めロインがにっこりと表情を崩さずにサザに説明する。
「おっ、おう……??」
それでもサザは戸惑っていた様だったが。
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「じゃあちょっと話題を変えましょうか~」
ロインがぱっ、と側に置いてあった箱を持ち上げて、サザの前にドンっと置いた。
結構重そうに見えるが、開かれた箱の中身は意外にも軽そうな感じに見えた。
「これはですね、先日公国で行った伝承劇と同じものが入っているのですよ」
ロインは続けて説明する。
「厳密には前日譚、とでも言った方が正しいのでしょうかね。物語において寵児がシルフェーンに殺される前の内容が入っているんです。他にも複数ありますが、何故伝承劇の方が民衆からの人気が高くて」
彼によるとどうも歴史のあるものは古くからの普遍的なテーマとして愛されているらしく、様々な者によって少し脚色されながらも綿々と続いているらしい。
「旅の最中ですし、少し退屈ですからね。今回は貴方を特別なお客様としてお見せ致しましょう~」
ロインは再びにっこりと微笑むと、箱に付いている大きな歯車を軽く回す。
―――すると、箱の中身がカチャカチャと音を鳴らしながら一つの小さな劇場を作り上げてゆく。
「うわぁ……!!」サザが大きな興味に惹かれている内に、小さな劇場は出来上がっていた。
小さな舞台の上に、小さな人形が立つ。
「始めに旧い時代在り…………」
ロインの言葉は、いつの間にか物語の神秘を帯びていた。
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『―――……蒼い鳥が歌う頃、後の寵児が訪れました』
ロインは歌う様に言葉を紡ぎ上げながら、左右の歯車を回して舞台や人形達を動かす。
『深い傷を抱えながらも、友になれる人と出会えるだろうか、と新たな世界への関心と希望に彩られていました。寵児となる者は、多くの友を求められる蒼い鳥の地へ踏み入れたのです』
『そこで彼は出会いました。彼女の名はシルフェーン。最初は無闇な繋がりを恐れて彼は遠くの木陰で見守るだけでした』
『然し聡しきシルフェーンは、遠くの木陰に座る彼の姿に気付き、自ら近付きました』
ロインの手によって舞台には蒼い鳥の仕掛けが本物の様に舞台の空を飛び、木陰に座る寵児の人形とシルフェーンの人形が向き合っていた。
『寵児とシルフェーンは幸運にも気が合い、少しずつながら親しき友の様になれました。彼女自らも「貴方は私にとって友達ですから」と喜ばしく告げました』
『その他にも寵児はユキフィカやアンクァーとも繋がり、更にそこからリナテラやペルゲーラ達とも繋がり合えました。彼の瞳の希望は輝いていた事でしょう』
『然し、彼は恐れていました。…ソフィーティア。彼女の言葉は蒼い鳥の地とは異なる大地で知っていたからです。火柱の様に燃え上がる強い感情が、傷を負っていた彼にとっては命取りでした』
『不運な事にシルフェーンと彼女は唯一無二の様に繋がり、癒着の如く深かったのです。寵児は逃れられませんでした。とうとうソフィーティアにまで見つかり、そして強引に繋がされました』
語るロインの声は先程よりも暗く、落ち込んでいる様に見えて、サザの心も僅かに不安になってしまう。
『然しそれでも傷を忘れなかった彼はどうにか上手くやってゆこうと、希望を絶やす訳にはいかないと、心を減らしながら尽くしました。それが功を奏して彼女達が信奉するエズケスの加護を受け、そして傷が報われかけました』
『それであれば、きっと全ては良かったのかもしれません』
ロインの言葉は、先行きに不穏をもたらした。