大飯喰らいとの邂逅
「ふわ〜あ、あんま寝れなかったな」様々な露店が並ぶ通りをサザは大きな欠伸をしながら通ってゆく。
「あんなに心躍って寝れなかったのなんて牧師様達と一緒に遠足に行った時以来じゃんか……」欠伸の時に出た涙で少しばかり視界が霞む中、人にぶつからない様に気を付けながら丁度良さそうな店を探す。
露店であろうが目的の物が揃うならそれで充分。
サザは少しでも早く見つけて公国から出て旅に出ると誓ったのだ。
……まず、旅というものは危険が付き物である。当たり前の事だが。
そういうものだから、次の目的地までの食料、武器、野宿に必要なもの。衣服の上に羽織る物、火を起こしくべる物。それらを必要とする以上荷物は多くなる。
だが揃えてさえいれば余程の不運に見舞われない限りは安全だ。
(でも野盗や天候によっては面倒な事になるしな)
だからこそ武器も衣も必要になるのだ。長旅になる。目的が明確になった事の弊害だが、やむを得ない。
……ぐぅぅぅ。探し物の為に露店通りを練り歩いていたサザから唐突に空腹を訴える音が鳴り響く。
大きな音が通りを行き交う者達の視線を一心に集める。
「……………………。」流石に目立ち過ぎた、と衆目の視線に恥じらいを覚え、近場の食堂に駆け足で入っていった。
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―――やれ一時はどうなる事やら、と出来るだけ端の席へ座ったサザは、一先ず旅に必要な物を揃える事から離れて、食事にありつく事にした。
手元にあるメニューを手に取って、一覧をじっくり見る。
「……マグルォンのムニエル、ファタ豆のスープ、マンドラゴルァのリゾット」
どれにしようかな、色々あるな、とメニューと睨めっこをしながら迷いあぐねている所を、ドズーン!と発生した地響きが彼の意識を現実に引き戻す。
「…………え?」
何事かと思い隣の席を見ると、何だか大きな荷物を引き摺っていたのだろうと思われる、小柄な人物がいつの間にか座っていた。
「おっちゃんマンドラゴルァのリゾットくだしあ」
何とも気の抜けた話し方と表情で食堂の主へ注文したその人物は見た目から声など、どう見ても普通の子供にしか見えなかった。頑張って水増しして見ても大体12歳位にしか見えない。
……ただ、妙に旅慣れた雰囲気がある事を除けば。
「あいよマンドラゴルァのリゾットね」その人物?の注文を受けて、食堂の主は淡々と調理をし始める。
「そこのしと」
「ひゃびい!!?」
視線に気付かれでもしたのだろうか。隣に座った子供の様な人物にいきなり声を掛けられて流石のサザも変な声を上げた。
「あっ…ごえんよ、ひょと訳があってかつぜしゅ、あんまり良くないの」
しょぼん、と目に見えて落ち込んだその人物に慌てながら慰めを入れるが、店主の「ほい、マンドラゴルァのリゾット出来たよ」の声にすぐさま瞳を輝かせた。
「おあ〜」
妙に間の伸びた声がこだまする。
「いやらひまーひゅ…!!」…既によだれだらけなせいもあってか、普段から悪い滑舌は余計に悪くなっているようだ。
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「異国の人なんしゅか」
「へっ?」
――結局、サザも隣の客と同じマンドラゴルァのリゾットを注文し一緒に食べる事になった。どうも隣の奴は既に3杯目にあり付いているらしかったが。
「らから、異国から来た人なんしゅか、ときいてるのえす」
滑舌が悪く間の抜けた話し方は……人によっては苛つくかもしれないだろうが拙い喋り方の子供の様に思えてしまう。容姿も相俟って尚更そういう風にしか見えない。
妙に丁寧そうな感じとか。
「ん…いや、俺はこの国の統治下にある所出身だから異国から来たって立場じゃ無いかなあ」
「んじゃーこの国の人なんしゅね」
相変わらず目の前のリゾットを美味しそうに頬張っている。まるでリスだ。髪の栗色と縞模様を彷彿とさせる焦げ茶のメッシュが尚更リスを思わせる。
「そうなのか……?何かちょっと違う気がする様な」
「??なにが言いたいんしゅか」
モゴモゴモグモグと頬張り続ける隣の客はサザが言いたい事が分かっていない様子であった。
「いや何でも無いや」
あまりにも美味しそうに食べ続けているものだから、呆れ返ってサザは話を打ち切った。
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「もしかしゅて旅人えしか」
カタン、とスプーンを置いて、その人物は問うた。
「え、ああ、そうだけど」
丁度リゾットを食べ終えたばかりのサザもまたあっさりと答えを返す。
「だったら…ラディウスを目指しゅた方がいいかもしゅれないしゅえ」
「皇国か?」
「そう。道のりは遠くなうかもしえあんけろ」
―――つまりは、道程は遠くなるがラディウス皇国を目指した方がいいぞ、という事である。
「皇国に俺の望むものってあるのかなあ」
「分かりましぇすよ?あっちの方がらいたい何でもありゅましから」
ほほう成程、大きな国ならではだ。
「んー、確かに。ありがとな」
……取り敢えず大まかな目的は決まった。
「なあ、あんた」
「なんしゅか?」
今度はサザの方から訊ねる。後ろの大きな荷物からして、相当な目的を抱えて旅をしているのだろうと思ったからだ。
「あんたはそんなにでっかい荷物を持って何を目指してるんだ?」
―――ただ、サザは気まぐれで些細な好奇心から訊ねただけだった。
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「…ん!!レピのもくえきは世界じうのたえものをたーくさんたふぇる事えす!!!!」
突然、椅子の上に立ち上がり大きく腕を広げた。
「お客さーんそういうの止めてくれませんかねぇ」
「しゅいましぇん」
…店主に注意されてすぐ椅子から降りたが。
「あ、あと、レピのかちゅぜつを悪くしたわっるーいやしゅを締め上げるたえに旅してるんしゅ」
レピ、と自らを呼んだこの人物は意外な事を答えた。
「滑舌を悪くした悪い奴?」
「そえす、レピは元々かつぜちゅは悪くありあせんれした。えもある日わっるーいやしゅがあやわえてでしゅね……」
似つかわしくない神妙な面持ちに、何と無くそれなりの深刻さと恨みがましさを感じた。
「ははあ、成程な。それであんたは食べ歩きの旅みたいな事をしながら呪いみたいな滑舌の悪さを何とかする為に大荷物抱えていたんだな」
「おっ、さしゅがえすね、話が分かりゅしとえしゅね」
子供の様に小さな手をパタパタと振る。先程からのほんの些細な挙動といい、ますますリスに見えてきた。
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「んや、おにーさんは旅人なら、きっと長ーいものと相性が良いかもしえましぇんね」
椅子に座る隣の奴が唐突にサザへ指摘した。
「長物の事か?俺に??」
「うい。そうえしゅ。おにーさんは剣の様なものよりもながーい武器を使った方あ相性良さえかと思うんしゅよ」
「ふーん…成程な」
……流石旅をしているだけあるからか、そういった知識はかなりあるらしい。
更に言えば適正のあるものを当てられる程度には優れている洞察力の様なものがあるのかもしれない。
「おにーさんは背あ高いしゅえど身体はあまりがっしゅりしえましぇんし、腕もしゅっかりしゅてる、もしかしゅたらリーチの長いおのを扱うのは慣れえしゅはしゅでせよね?あったらその方が良いへしゅ」
……つまり「背が高いが然程がっしりしている訳では無い事、腕がしっかりしている事、そして長物の扱いに慣れてるはずではないか」と言いたいらしい。滑舌が悪過ぎて殆どの言葉が「かろうじて」分かる程度でしか無いが。
「あっ、おっちゃん、お勘定しゅえす」
ふと、お勘定と告げると大荷物を背負って立ち上がり、食べた分の金銭を払った後出入り口の方へ向かい始めた。
そして彼は一度サザの方へ振り返ると、
「おにーさん、またよほかえ会えたら良いしゅね!!」
と笑顔で告げてから、踵を返して店を出て行った。
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「ああ、またどこかでな!」
フリフリ…と大荷物に隠れた後ろ姿をぼんやりと見送った後、サザも勘定を済ませて早めに店を出る。
(そっかぁ…長物か………)
本当は剣が良いんだけどなあ、と思いつつも指摘された通り長物の武器を探しに市場の武器屋へ繰り出して行った。