翅の蛍火
―――――――サザが公国で最初の一夜を迎えている頃、太初の自然が残る聖地オクタ・テラのどこかで蛍火が動いた。
『―――――!!』
がさり、と草葉を踏み抜く音、パキパキと落ちた小枝が重みに折れる。
夜闇の森に、小さな人の影が蠢く。獣達がその音に反応し穏やかな瞳を覚ます。
足音の主が向かう所は澄んだ水溜まる泉。
水面の蛍火と天上の月がなだらかな風に揺れた。
『………でてきた』
泉を覗いて、小人は語る。
『かみさまのつみをせおえるひとが、やっとでてきたんだよ』
光を反射して輝く泉の光を受けて、鮮やかな翠の瞳が栗色の前髪から覗かせた―――
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―――さあ、と風が少しばかり強く木々を揺らした。
夜闇が染めた黒い森が哭いている。
『…もう、ゆかなければ。つみを、そのひとにわたしにいくために』
ふわ、とその身は軽くなるや、背に小さな翅を出した。蛍火の様な色が栗色の髪に反射する。
『はやくあわなきゃなあ、かみさまはようせいづかいがあらいんだよ』
ぽつりとぼやいたその小人は手に何かを携えている。
程良く夜の影がそれを包み隠し、天上に未だ残る堕ちた月の灯火だけが姿を知っていた。
『………。』
くい、と顔を涼やかな空の上へ向けた時、小人の身体は羽根の様に軽く、豊かに茂る草の上から浮き立ち、地より足が離れた時より小人の身から蛍光が溢れ出す。
―――そして蛍火に似た淡い光を背に、小さな主は聖地から飛び去っていった。