"自称"異世界転生
「ほんとなんだって!!信じてくれよぉ!!!」
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―――賑やかな広場の方から誰かの叫ぶ声が聞こえた事が気になってサザは声の聞こえた広場へ歩を進めていった。
ガヤガヤと老若男女問わず賑わい、ヒソヒソと話し合う婦人から物好きそうな老人、好奇心旺盛な子供と兎に角騒がしい。
「そういうのは良いから!!こっち来い!!!」
「たからここどこなんだよ!!!やめろってばー!!!!」
自分と歳の近い青年が小太りな壮年の男性に連れて行かれる最中であった。
どうも困っているらしかった様で、「困ってる人を放っておけない」サザはつい助けに割り込んでしまったのだった。
「おいおっさん、その人困ってるじゃないか。離してあげてくれないかな」
サザが困った様に眉を下げて懇願するが、
「何だい兄ちゃん、あんたこいつの知り合いかね?」
「え、いや…知り合いじゃないけど、さあ………」サザは問われてゴニョゴニョと小声になる。
返しづらいな、と困惑した。
「……………(涙目)」
其の、肝心の人物の方を見ると涙目で切実そうにサザの事を見ていた。
其れが余計居た堪れなくなってサザは嘘でも人助けなら仕方無い、と割り切るのだった。
「……っああ!!そうだ!!!思い出した!!この人従兄弟なんです〜っ!!!もう10年近く会ってなかったので一瞬分からなかったんだ!!いや〜ごめんな!!わざわざここまで来てくれたんだろ!!?迎えに来たから、さ、行こう!!!!」
…と、サザは従兄弟の背中をバンバンと叩いて強引に連れ出してその場からどうにか青年と一緒に離れる事が出来た。
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「マジありがとう!!!助かりました!!!」
大袈裟な、如何にも迂闊そうで、やらかしそうな奴がするオーバーアクションでサザに歩み寄る。
「あんた神様だよ!!いやーほんと良かった、もしオニーサンが割り込んでくれなかったら俺ぜっっっっっっっっったいにヤバそうな所に連れてかれてたもんね!!!ありがとうそしてもいっちょありがとうございましたぁ!!!!!」
…等という事を早口で捲し立て、サザの手をギュッと強く両手で握る。
「…………あの…ちょっと」
「あっ悪ぃ!!ごめんごめん!!!俺右も左も分かんなくてさ!!感謝してるのはほんとだよ!!!!」
にへら〜…と怪しく思う位にこやかに彼は笑っている。
サザは内心で(助けるんじゃなかったかな)と思ってしまう位、己のした事を一瞬だけ後悔した。
「……で、それでさ、お前は何であんなに騒いでいたんだ?」
サザは後ろを付いて来る青年に話し掛けながら複雑な路地裏を進んでゆく。
目立つ所に捨て置いてはまた面倒な事に巻き込まれるだろう、と敢えて路地裏を通って人目を避けながら外に出る道を目指す事にした。
「いやーそれがさ、俺がちょっとした後に『あれ!?ここは日本じゃないのか!!』って言ったら面倒な事になっちゃって」
「ニホン?」
サザが訝しげに聞いた様子を、青年は興味を持ったのだと判断して話し続ける。
「そう!日本!!でも西洋の城っぽいのがあるからヨーロッパのどこかかな?とも思ったけどそうじゃ無いみたいだし…」
青年は一度大袈裟に項垂れてからがばっと顔を上げて話す。
「だからやっぱ俺、「異世界転生」したんじゃないのかな!!って思うんだよ!!!!」
サザが青年を見ると其の目はきらきらと輝いていた。明らかに喜んでいる。
「そんな馬鹿な話……じゃあ聞くけど何で異世界転生したって言えるんだよ」
「…えー?そーだな、んーと…きっかけから話すか……俺が馬車に危うく轢かれそうになってる子供を見た時思わず助けちゃったんだ。そしたら唐突に生前の事を思い出しちゃって」
記憶を思い出す皮切りはどうやら馬車に轢かれそうになった子供を助けた事らしい。少しだけ興味を持つ。
「あれは………俺が…どっか走って?そしたら交差点…猫が轢かれそうになってて、慌てて助けようとしたら何かに打つかって、そこから意識が遠退いて、真っ暗になって、そしたら………」
質問された事に真面目に答えようとしているのか、自身が転生してきた経緯を懸命に思い出そうとする。
「…そしたら……黒い姿の人と小人みたいなのが俺の前にいて、そしたらその人が「可哀想な事になってしまった様だね」ってさ。」
「"可哀想な事になってしまった様だね?"じゃあお前は事故に遭ったって事なんだろ?」
「そう!!そういう事!!!俺事故で死んじゃったからここに来たんだよ!!!で、多分その黒い人が俺をこの世界に転生させてくれたんだと思う!!」
自分が死んで転生した経緯を目を輝かせながら話すのもどうかとは思うが、青年の話す事があまりにも信じられな過ぎてサザは理解に苦しむのだった。
「転生ってのが本当だったとして…でもそれ以上の事とか転生前の事とか全部話せるのかよ」
「それがさ〜何でか全部思い出せないんだ。普通の異世界転生なら生前の事とかはっきり覚えてる筈なんだろうけどもさ。猫を助けようとして何かに打つかって死んだっぽい事と黒い人に出会って気が付いたらこの世界にいたって事しか正直覚えてない。何であっちの俺は必死に走ってたのか、きっと猫助けようとした事が理由とも思えないんだ」
青年は落ち込んで直ぐにまた改まって自分が異世界転生した事を、戸惑い以上に感動として噛み締めていた。
「ふーん?…で、それでお前の名前は?」
正直な所、サザは半信半疑だった。
此れ以上聞いてもどうせ頭のおかしな奴の妄想なんだろうな、と心の何処かでは思っていたからだ。
「あ、俺?俺は環悠理!!こっちの世界ではリュース!でも、生前の俺の事思い出しちゃったから俺の本当の名前の方が良いんだ」
へへへ…と笑うリュース…悠理はどうも気が抜け過ぎている節があると言うか、何と無く迂闊者の様な気がした。
(こいつ……もし俺が盗賊だったりしたら今頃命なんて無いぞ………!?)
…サザは隣で歩くこの迂闊そうな人間相手に先が思いやられるのではないかと他人事ながらに心配になる。
「……お、出口だぞ」
サザが悠理(仮)の肩を軽く叩いて出口を指差し、早めに国を出る様に促す。
「おっ、じゃあここでお別れになるな!さっきはありがとよ!」
「そんなんでやって行けるのか?第一手持ち無沙汰で独りだし」
「俺は何とか出来るから大丈夫!!転生する前にいた日本でもそれなりに上手くやってたんだからさ〜」
「…………はぁ」
能天気か!!と突っ込みそうになったが最早ここまでアホなら何も言うまい、とサザも余計な事は言わずにひらひらと手を振り彼を送り出す。別に気掛かりでは無い訳では無い。だがこんなん気にしても却って自分が面倒な事になるだけだ、とサザは己を優先したのだ。
「じゃーな!あんたも元気でやってけよ!!」
サザの気も知らないでニカッ、と屈託の無い笑顔を向けた悠理(仮)は出口のゲートを抜けて、何処かへ続く道を歩き始めて行った。
「…………。さーて…」
自称異世界転生者タマキ某とやらを見送ったサザは、公国でまず何をするべきか、より目的を明確にするべきだろうかと考えるのだった。