禁足の園
────美女に声を掛けられ、街の男性達からしばらくおちょくられた後、賑わいを増して混み始めた人混みに揉むに揉まれた彼は、半ばほうぼうの体で宿に戻る。
(…あれ?何か賑わってるな……)
もしかして、と騒がしそうな宿の中に気乗りしない状態で入ると、案の定一階の酒場は賑わいを見せていた。
(うわぁ)
あまり静かに過ごせそうに無いな、と少し食傷気味になり掛ける。
(でも何で賑わってるんだ…?)青年の細やかな好奇心のせいか、酒場のホールが賑わっている理由が気になって周りを見回す。
屈強そうな港町の男達や自警団と思われる一団、旅に慣れているであろう傭兵達。女性も幾人か混ざり少しだけ華やかさを加えている。
「凄いなあ…」
ワイワイと賑わう酒場に気圧されそうになりつつ、|一瞬ながら鮮明に映り込んだとある一角が気になってそこへ視線を向ける。
********
──そこに、サザの視界に、見覚えのある赤みを帯びた銀の髪と、蒼い瞳が映った。
「────〜ロインさん!!?!?」
「やぁやぁ久し振りだね〜、君も「彼」に会いに来たのかい?」
先程の疲れも吹き飛ぶ程驚いているサザに反して、ふりふりと手を振るロインは相変わらずのんびりとした雰囲気を漂わせている。
こっちこっち、と招かれて、サザは彼の隣の小さな椅子に座った。
「"彼"?」
思い当たらぬ者の事を問われて、サザは頭の上に?マークを浮かべた。
「おやおや知らないのかい?ドラヴィスの事だよ」
「ド…ドラヴィス────!?」
ロインの口から出た人物の名に、サザはより一層驚く。
「そうだよ。あの「ラディウスの吟遊詩人ドラヴィス」さ!」
ロインの蒼い瞳が、心無しかきらきらと輝いている様だった。
「おっ…おっ、俺も!!知ってます!!!!」
同じくサザも興奮気味にロインに返す。
ラディウスの吟遊詩人ドラヴィス────
数々の伝説を巡り世界中を旅する旅人でありながら、時に冒険者らしく脅威へ勇敢に挑み──ある時は考古学者として多くの古代文明にまつわる著書を出版し、ある時は旅に有用な知識を提供する────いわゆる「有名人」だ。
しかし彼の本分はあくまでも吟遊詩人である事であって、伝説を詩にするに当たって培っただけに過ぎない───
「ドラヴィス・デュ・セイン!!アルターの伝説を求めて凄腕の冒険者になった、あのドラヴィスだろ!?」
サザは興奮のあまり早口になってしまったらしい。
それもそのはず、彼の様な人物が興奮しない訳が無い。
"凄腕の冒険者"────────
凄腕の冒険者とは、大きな賑わいと勇敢な話を愛する少年の心にときめきを与える──
それはある意味ロインも同じだった。重度の冒険好きとまではいかないが、いち大道芸人として優れた詩人である彼の伝説を謳った詩文の数々へ想いを馳せるのも当然だった。
ある意味、冒険に憧れる少年のそれに等しい。
「そうだよそのドラヴィスさ!!なんでも今回は『昔馴染みの場所に戻りたくてね』って理由でヌウム・テラに来たんだってさ。いや〜君と別れた後に知る事が出来て良かったよ〜、さては君って幸運のライオンくんだな?」
ロインはサザを軽くおちょくる。
「幸運のライオンって………確かに俺の名前"サザ"って意味ですけど……そんな、それは流石に買い被り過ぎですよ」
ははっと笑うサザに「本当だよ~買い被ってなんかいないったら」とロインは弁明する。
「正直僕もドラヴィスに直接会うのは今回が初めてだなあ。僕の知る彼は著書の中だけだもの」
ロインはドラヴィスの著書と思わしき、少し古くなった本を取り出しながら感慨深く溜息を吐いた。
「俺もです。こんな事ってあるんですね…………」
「そうだよ。だから旅をする事は楽しいんだ」
ロインの言葉が、心に重く響く。
「あはは、確かに」
もう共感しかしない──形こそ違うけれど、お互い世界中を旅する旅人の様なものだ。
──ふとロインの手の中の著書に視線を送ると、確かに"Drabis・Du・Sein"のサインが書かれていた。
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「でも本当にドラヴィスって謎だよねえ。ラディウスの吟遊詩人、とは誉れ高く言われてはいるけど…実際は何処出身で、いつ生まれたのかなんて分かっていないんだもの」
「え!?そうなんですか!!?」
ロインによる突然の暴露でサザは本日3度目の驚きを得た。
「伝説巡りのついでに皇国が抱えていた問題に関わっちゃったせいで有名になったんだよ。だけど有名になる以前の彼は詳しく分かっていないんだってさ。「既に旅人だった」って事以外はね────」
有名人の持つ謎に、驚きと軽い戸惑いを覚えるサザの姿を見てロインはなだめる様に彼の顔を覗き込み、そしてあっけらかんとした態度でにこやかに話す。
「でもそういうミステリアスな所があるって素敵だよねえ!!」
「…!!確かに!!!!」
ファンなのに知らなかったショックより、未知の側面に対するロインの見解に激しく共感する。
わあわあと賑わう酒場の中で、ずっと静かに酒を飲んでいた一人が突如として口を開いた。
「───…『禁足の園』だ」
発された男性の声が、酒場の中をぴたりと一瞬にして静かにした。