"汐"騒離れて
「はあっ……はあっ……はあっ………!!」
眠る事よりも走り続ける選択を選んだサザ。
疲れていたとしても、今は少しでもあのタカ村から遠く、遠くの方へ。
(ずっと走っちゃいるけど……追手が来ないのは不思議だ)
普通なら追手の一人や二人程いてもおかしくは無い筈なのだが、どうもそうでは無いらしい。
(好都合ではあるけど、何か嫌な予感がするな…)
──とは言え、追手が来ないなら好都合な事に変わりは無いのでひたすら走る。
(…あの母子、無事だったら良いんだけどな)
もう二度と会うことはないかもしれない相手だが、その無事を願いながら指し示された方角へ必死に向かい続ける。
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「~っはあっ、はっ、はあ…っ………」
しばらく走り続けて、サザは目の前の光景を見て青ざめる。
「嘘だろ…………」
あの女性から指し示された方角をひたすら走り続けたというのに、目の前は崖。
後ろへ戻ろうものなら、あのタカ村へ戻ってしまう。
「まさか飛び降りろって事じゃ…無いよな………」
息苦しさと崖の高さにより顔を青ざめた彼は、ふと明け方の空の下でまだ街灯の灯る街を見つける。
───港町だ。
夜明けの空より深く暗い海の傍にで賑わう場所。
サザが目指していた目的地は確かに崖下から少し先の、海の近くに広がっている。
……のを確認出来て、かつ目的地が近い事は良かったのだが、ずっと走り続けた青年の勢いは残念な事に崖の手前で止まれる程制する事は出来なかった。
「うわわわわ!!そもそも崖があるなんて知らなかったからっ、ととととっ、止ま…止まれない~っ!!!!」
─勢い良く飛び出して、崖からそのまま落ちてゆく。
「わあああああああああああああああああ!!!!」
─────急降下。
「ぐっ、痛っ、うわっ」
岩肌に数ヶ所ぶつけ、咄嗟に受け身を取ろうとしても思う様に出来ない。
「流石にこれはただじゃ済まない……!!」
あの時とはまた別に覚悟を持って目をぎゅっと閉じたサザは、なるべく最小限で済む様焦りながらも受け身の体制を取る。
───ガサッ!!バサッ!ガサガサガササッ!!
「うわ!!うぇ、あ痛っ!!」
ボスッ!!と木の上に落ちて、ガサガサと音を立てながら落ちてゆく。
…幸運にも、木がクッションとなって青年を助けた様だ。
着地すら出来なかったが、岩肌にぶつけた際の軽い打撲と枝葉のこすれによる切り傷程度で済んだらしい。
「いてて…………」とは言えサザにとってはかなり痛いものであり、当然ながら無事とは言い難い。
打撲の際に片足を軽く負傷もしている。歩行に少し支障が出るだろう。
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「───くっ…痛いな………けど港町は近いし…足は…………一応歩けるみたいだな…良かった。よし」
多少不安は残るものの、槍を支えに進めば何とか行けなくは無かった為、サザは港町まで進む事にした。
タカ村からの追手は───来ているのかは分からないが、切り立った崖しか無い以上奴等が追ってくる事は無いだろう。
きっと「あの愚か者は足を踏み外して死んだ」とでも考えるはずだ。
「………でも!予定よりちょっと遅れた程度で何とか間に合いそうだし、良かった」
あちこち痛むし、足も少し引きずってしまうが港町に辿り着いたらちゃんと診てもらおう、と誓うのだった。