婦人の真相
(あーあ…まともに寝れないなー………)
広場に放置されてから一時間が過ぎた。
どうにか抜け出そうと思ってひたすら身をよじったり縄抜けをしようとしたりしたが、身をよじっても縄は解けず、縄抜けをしようとしたら身体を痛めた。
(嫌だなあ俺…ラディウスへ向かって夢を叶えるつもりたったのにな)
夢を抱いて外へ飛び出した筈が、目的地のラディウスよりずっと遠いこの場所で自分の命と夢が終わるなんて、と悲しい気分になっている。
(せめて武器さえ…あの武器さえあれば………)
天上から授けられた?であろうあの槍があれば、縄を切って強引にタカ村から出られるのに、と悔しそうにする。
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しばらくして、サザが半ば諦めの境地に至り途方に暮れていると、背後から何者かの足音がサザに近付いてきている事に気付いた。
(あの三人か…!?それとも、野次馬の誰か…なのか………!!?)
身動きの出来ない状態の彼では、背後の気配の正体を掴む事は叶わない。
もしかしたら原生の人間である事が気に食わなくて、贄にする前にさっさと殺してしまおうと近付いているのだろうか。
───もし先に殺すつもりで近付いているのなら、大声を出してベルディアンの誰かを起こしてしまえばまだ大丈夫なはず。
(こうなったら最後まで…!!)
サザが大きく息を吸い大声を出そうと口を開いた時、「シッ」とたしなめる声が耳元で囁かれた。
その瞬間、刃物が縄を切り落とす音が聞こえる。
「誰だ…!?」
自由の身になったサザがすかさず後ろを振り向くと、───先程の女性と、一人の少年がそこにいた。
「静かにして下さい。騒げばすぐに見つかります…………。シフォ様達は儀式の準備に忙しく、村民も二時間後に備えて広場を見てはおりません…旅の方、今の内に……」
女性はサザに状況を説明してから、早々にここを出る様促す。
「あんた…さっきはあんな態度だったのに……」
「…っ、先程は申し訳ありません……私の様な者は彼女達には逆らえないんです……」
どうやら処罰を恐れて反論が出来なかっただけらしい。
「はい、旅の兄ちゃん。兄ちゃんの荷物全部持ってきたよ」
少年は両腕いっぱいにサザの荷物を抱え、そして一つも落とす事無くサザに返した。
「あっ…ああ、ありがとうな、重かっただろ?」
「へへっ…母ちゃんを守れる奴になるんだから、この位へーきへーき!」
少年は屈託の無い笑顔で返答をした。
「…誰にも見つからずタカ村からすぐ出られる安全な道を案内します。付いて来て下さい」
女性が静かに立ち上がると、サザに付いて来る様一言言って歩き出す。
「さ、兄ちゃん早く行こう!シフォ様達に見つかったら今度こそ助けられないよ!!」
少年にも促され、サザは出来るだけ気付かれない様に気を付けながら足早に歩き始めた。
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────しばらく歩いて、タカ村の光景が遠くになった頃、女性は振り向いてサザに話し出した。
「私達が案内出来るのはここまでです……旅の方、どうか無事に港町へ辿り着けますように…」
女性は少し物悲しそうな表情を浮かべて、少年の手を引いて元の道へ戻ろうとする。
「待ってくれ!!…どうして、俺を助けるんだ?原生の人間を嫌ってるベルディアンだろ?」
サザは気になっていた事を訊ねた。
「…………。」女性は、一瞬目を見開いてから、またゆっくり静かにいつもの表情に戻り、理由を打ち明け始めた。
「………あなたが、私の夫にそっくりだったからです。私の夫は……ベルディアンでは無く、アルターの人間でした。タカ村に来る以前…別の場所で過ごしていた私は、夫と出会い、この子をもうけたのです」
──少年を見つめる女性の瞳は、母親の様に優しい眼差しだ。
「しかしシフォ様──彼女が私達の暮らしていた街に、ベルディアン達を連れて現れてから、夫は彼女から理不尽な難題の数々を押し付けられ……今では、私達の所へ帰りたくても帰れない。夫が戻らぬまま、彼女の一団と無理矢理組まされ、私はこの子を連れてここに来たのです」
心無しか、女性の瞳には戻らぬ夫への寂しさとその原因であるユウカへの憎しみの二つで満ちている様に見えた。
「本当は抵抗したかった。けれど、逆らって抵抗すれば穢れ多い非人としてこの子にまで及んでしまう───情けないですが、怖かった」
悔しさからか、その身は震える─────
「…ごめんなさい。あの時の私はきっと幻を見ておかしくなっていたんでしょう……夫にそっくりだとは言え関係の無いあなたを、夫だと思い込んで………」
女性の言葉に、サザはあの時の出来事を思い出して顔を赤くする。
「……い、いや、あれは……!!理由があったんなら仕方無いよ!!俺が旦那さんに似ていたんならそりゃ間違っちゃうだろうし~…ははは………」
慌てて取り繕う。
「~っふふ、可愛らしいのね。良いのよ、私が原因なのだから。さ、早く逃げて。私もこの子を連れて戻らなきゃ」
少し眠そうにしている少年の頭を撫で、女性は朗らかな表情を向ける。
「…そうだったな、じゃあ、早く港町の方を目指すよ。助けてくれてありがとう!!」
急いで立ち去るサザの後ろ姿を見送ってから、女性と少年もタカ村へ戻る。
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贄の儀は近付いている。
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───深夜、刻限が迫ったタカ村ではサザの失踪によって騒ぎが起きていた。
女性がタカ村へ戻った時、もう既に間に合わなかったらしい。家とは別の方角から女性と少年が戻って来たのを見たシラサイ達が、女性を問い詰める。
「…あの人間はどうしましたか」
シラサイの質問に女性は静かに答える。
「様子を見ようと思いましたが、縄を解いたらしく逃げられてしまいました。捕らえようと追いかけたのですが足が速く……」
「あの男の荷物も無かったそうですが、その事は?」
「きっと途中で自分の荷物も持ち去ったのでしょう。まさか荷物があっても速いなんて思いませんでしたわ」
「嘘をつくんじゃない。どうせあなたが逃したのでしょう?あなたの息子と共謀して…」
シラサイの眼光が鋭くなる。
「…共謀?共謀だなんて、そんな事が出来るほど私は賢くはありません。何より、我等がシフォ様に逆らう事は畏れ多くて出来ませんわ───」
女性はどこまでも従順な信者の振りをする。
「とぼけるな!お前は汚らわしい原生の人間と結ばれた者!!ベルディアンであれ、多少穢れているだろう!!!」
アーラスィーオが激昂する。
「シフォ様、いかがいたしますか?」
スィオヤがユウカに処遇を訊ねる。
「………そうですね。こうしましょう。彼女とその息子を殺しなさい。逃げたあの人間の代わりに」
ユウカの口が残酷な選択を下す───────
「…逃げなさい!!ここからずっと遠くの方へ──」
女性は我が子である少年へ強く呼び掛け、ハッとした少年へ逃げるように告げた。
「させるものか!!追え!!」
スィオヤの言葉に従ってベルディアンの人間達が一斉に少年を追いかけ始める。
「させない!させるものですか!!」
今まで逆らえなかった相手へ、初めて反抗する。
女性は我が子を追い掛けようとするベルディアンの人間達の前に立ちはだかった。
決して逆らったりはしない、と傲慢に思っていた長の忠実な下僕は、初めての抵抗に強い怒りを抱いた。
「邪魔をするその裏切り者を殺しなさい!!死んで間も無ければ殺しても贄としては充分です!!!」
スィオヤの残酷な命令がベルディアンを動かし、強い殺意となって女性へ向かってくる。
「こんな母親でごめんね…可愛い我が子……」
母は双眸を閉じ、殺意は彼女を貫いた。
少し加筆致しました。