タカ村の聡いお嬢様
───エイヌスの見送りの後、港町を目指しサザはひたすら歩き続けていると、次第に開けた場所が見えてくる。
港町まではまだ先の方だ。だから、エイヌスが言っていた「ベルディアン達の集落」なのだろう。
この先にあるであろう集落は何故か異様に活気に溢れ、そして多量の水が落ちる音も薄っすらとだが聞こえてくる。
(?何だ…水の音?)
少し訝しんだサザが先の方へ進んでゆけば、村らしく入り口の簡素な門らしき物が視界に映り込む。
特に門番の様な存在はおらず、村の光景が覗き込めた。
「シフォ様!!」
「シフォ様!!」
女達のきゃあきゃあと黄色い声がシフォ様、シフォ様と呼び続ける。
シャン!!と鈴が鳴るのと同時に、小鳥のさえずりの様に愛らしく甘く、しかし水を打つ程の凛とした女の声が響いた。
「ご静粛に」
その声に当てられた村民はぴたりと静かになる。恐ろしい位に…
───声の主はどうやら、あの可憐さと美しさを持った色素の薄い長い髪の女性らしい。
ぱっと見、パンドルアンの女性に似た特徴の髪の色だが、ベルディアン特有の青い目の色だ。
(シフォ様―――そう言えばエリナも「シフォ様」って言っていたよな)
エリナが言っていた「シフォ様」と同じ人物なのかは定かでは無いが、集落のベルディアン達が騒ぎ立てる「シフォ様」とはどうもあの偉そうな女性らしい。
村民からの尊敬と憧憬を一気に集める者の正体はともかく、その一連の様子を隠れながらサザは見る事にした。
「…それと、本日の託宣は遅くなります。私はこれから「ユウカ・タカムラ」としてデンデ村にいるデンちゃ…チャン氏と、私を待つ他の村の者達の所へ行きます。私が帰ってくるまで、皆さん、必ず私の言葉を守っていなさい」
「はいっ」"シフォ様"とやらの言葉に一人の村民が涙を溢れさせながら歓喜と希望に満ちた表情を浮かべ、そして目の前の女性へ祈りを捧げた。
それを皮切りに、一人、また一人と、"シフォ様"の為に喜びと涙を浮かべて祈り始める―――
「……………………。」
どうやらあのシフォ様と呼ばれた女性が「タカ村のユウカ」らしい。
エイヌスが最も気を付けろ、と言っていた人物だ。あのエイヌスでも知っている程なのだから相当な事をやらかしているのだろう。
(あれ─────)
それ以上に、サザは覗き見た先の光景に妙な違和感を持った。
彼女達の一連の流れを見て────
(…どうして「男」はあの場所にいないんだ?)
"シフォ様"を崇める集落のベルディアン達は、ほぼ女性だけだった。何故か男性は誰一人としてあの場所にいなかったのだ。
何となく不気味で、恐ろしい気がする。
サザは一瞬そう感じたが、しかしこのまま迂回する道を模索していれば間違い無く間に合わない。出来れば早く港町に着きたいし、野宿して悠長に進んでいたら船便に合わせられなくなる。
出来れば厄介事は避けたいが───直接集落を越えた方が最も早く港町に辿り着ける。多少の事には目をつむり、サザは旅人として集落の中に入った。
********
「───あ!!」
案の定、サザは見つかってしまう。そもそもベルディアン達の容姿とは大いに異なる姿をしている分、目立ってしまうのは仕方が無い。
数人のベルディアンの子供達がサザの元へ駆け寄ると──子供達は、サザを歓迎し始めた。
「旅人さん!タカ村へようこそ!!」
「え、あ、ちょっと」
「旅人のお兄ちゃんもシフォ様のしんじゃ?になる為に来たのー?」
「あのね!シフォ様はすごいんだよ!!シフォ様は何でも当てちゃうんだ!!「イダイなものにエラバレタそんざい」ってやつだからなんだって!!!」
「シフォ様はベルディアンの聖女ジャンヌ様の生まれ変わりだって言われてるんだぜ!!」
子供達に囲まれて戸惑うサザ。タカ村の子供達は皆口々に先程の女性の事を自慢気に話し、旅人のお兄ちゃんも信者になるんでしょ!?ときらきらとした眼差しを向ける。
「あっ…いや、違うんだ、俺は……」
「こら!!みんな!!困らせてはいけないでしょう!!!」
子供達をぴしゃりと窘める、大人の声。
「すみません子供達が……あら…あなた旅装…旅人か冒険者なのね?」
飛び入る様に駆け寄ってきたベルディアンの女性。サザの姿を見て旅人と見なした後、すっと立ち上がりその手を取る。
「村の子供達がご迷惑おかけしました…何せシフォ様から直々の教育を受けていらっしゃるので……」
女性の言葉からサザは何と無く察した。あの「タカ村のユウカ」は子供の頃からベルディアン達女神の民と自身がどれ程素晴らしく尊い者であるかを刷り込ませる為だろう。
───要は信者に相応しくする為の教育だ。
「つかぬ事をお訊ねしますが、あなたは何処へ?」
「え?……ああ、俺はこのずっと先の港町を目指していて…」
「まあ!!そうでしたの?…でも港町までは遠いでしょう……見た所汚れが目立ちますし、一日だけでもお休みになりませんか?」
サザの手を握る女性の手の力が少し強くなる。親切そうな態度ではあるが───いきなり手を握ってきたり、原住民相手に異様に優しい。
先程の様相を目撃している以上、この女性も彼女の信者の一人の筈だろう。警戒を怠らない事に変わりは無い。
「あ、いや…すみません、俺、どうしても早く港町に着きたくって」
「そんな!!たった一日だけでも!!もてなしの為の食事も寝所もちゃんと用意します!!!」
「そういう事じゃなくて………」
何としてでもサザを引き留めたがる女性の眼差しにほんの少しだけ良心が痛みかけて──目線を泳がせる。サザの周りには子供達もすがる様に見つめている様だった。
「お兄ちゃん」
「だめなの…?」
女性と同じく、いやこの子達の場合は純粋かもしれないが、サザが断ろうとする事に瞳を潤ませて悲しそうな表情を浮かべている。
(うっ)サザは余計に良心が痛み、ええいままよと腹を括る事にした。
「………分かりました分かりました…じゃあ、一晩だけで…」
根負けしたサザの返答に、子供達も女性もぱあっと明るい表情を浮かべた。