旅立ち、足踏む若草
────────エリナとレオの件が落着し、サザは西南側に位置する嵐の谷の出口にいた。
「こんなに沢山………悪いな、ありがとうばーちゃん」
「アッハッハ!!なあに、粗末な物ばかりで寧ろアタシが申し訳無い位だよ。……よくやったじゃないか、お陰でアタシも長生き出来るねぇ」
エイヌスは大笑いをしながらサザの背中をバシバシと叩き、旅の細やかながら便利な保存食等が入った袋をもう一つ渡した。
「ばーちゃん!!これってばーちゃんの分だろ!!?」
「アタシゃもういいんだよ、嵐の谷に居を置く事にしたんだ、だからもう要らないよ」
──不死族の持つ技術なのだろうか。袋の中の保存食はかなり質が良く、そして新鮮そうな色を保っている。
「これ…本当に30年前に作ったのか?信じらんねえや……」
「アタシ達に伝わってる技術さ。本当だとも」
「うひゃあ……これならしばらく困らなさそうだなあ。凄いや、スボルタスって」
サザは驚きつつも感慨深く感じる。エイヌスは少し満足そうな表情を浮かべ、そしてふと思い出した事を語る。
「まあ、そうさね。──所で若造、あんた、あのエリナがやって来た方角を覚えているかい?」
「え?あっ、ああ!!確かこの先…西南の方だったっけ」
「おお、そうだとも。あいつは西南の空から──レオに乗って来たんだ。西南っていったらベルディアンの領地があるんだよ。次の大陸へ行く為の港もあのずっと先にあるのさ」
ベルディアンの領地────
次の大陸へ行くには、ベルディアンの領地を越えなくてはいけないなんて思わなかった。
「ベルディアン共が何を思ってか…30年ほど前に突然現れて勝手に住み着いちまったんだよ。迷惑ったらありゃしない……」
はあ、とエイヌスは深い溜息をついた。
「領地ってどれ位広いんだ?」
「ん……そうだねえ……確か…あんた、アタシんとこに来た奴等を見たろ?そいつ等の街より先の方からは奴等の領地さね。領地にゃ幾つか村があってね。ミズノ村、ミワ村、それと…」
するすると紐を解き、ボロついて黄ばんだ地図を広げた。
「まあこの地図は古いもんだから今のよりも正確さは欠けるかもしれないが…ああ、この辺がデンデ村だろ、で、此処がペーゲ村、そしてこれがタカ村」
いつからかは分からないが、恐らく30年よりもずっと前からこの嵐の谷に居たであろうエイヌスの地理はしっかりとしていた。老婆の骨張ってシワの深い指先が、領地の村々を指し示す。
「5つの村があるんだ。元は小さな村が集まったものだが…」
「あと…」
エイヌスは煙管を離して、旅行くサザにこう告げた。
「この先にあるベルディアンの領地の内…「タカ村」って所は特に気を付けな。彼処を治めているユウカって名前の奴は昔から質が悪いって噂を耳にしてね。きっとエリナは───タカ村のユウカに諭されたんだろうね」
「タカ村のユウカ…………」
あまり馴染みの無い妙な名前だな、とぼんやり思っているとエイヌスがその考えを読んだのか─────
「ああ。ベルディアンは特にシルフェーンに近いと自負してる種族でね。シルフェーンの世界の言葉を重んじたり名称として使うのさ」
「へえ。じゃあ領地の村の名前も、シルフェーンの世界の言葉なのか?」
「そりゃアタシにも分からないね…まあ、もしナイエス様が実在しているとしたら、知ってるかもしれないだろうね」
エイヌスは嵐の無い、晴れ渡っている空を見上げていた。
「──アンタが皇国を目指すってんなら止めやしないよ。でも、危険が沢山ある事は忘れるんじゃない。──その武器を手にした以上、アンタの旅は困難になるだろう」
真摯的な眼差しで、エイヌスは語る。
「だけども、屈したりするんじゃないよ。いいかい?それは黒神からの祝福そのものさ。アンタが大きな渦の中に巻き込まれても、必ずや共に在るんだよ」
──エイヌスの言葉は、長く生きた者故の重さだろうか。彼女を含めたアルターの生命は今も神と共に在るのだと、その深い瞳が教えている。
「アタシを助けてくれた事について改めて感謝するよ。────さあ…行きな、若獅子。天から与えられた赤刃はアンタと常に在り、そして導くだろう」
「…うん。この先──どんなに苦しくても、俺は俺の目的を果たす。そして、困難だって乗り越えてみせる」
「行ってくるよ、エイヌスばーちゃん!」
嵐の谷の嵐が晴れる────
獅子の名を持つ青年が、谷の向こうへ進み征く。
「行ってこい、若造」
嵐の谷に生きる不死の老婆は、サザへ感謝と祝福を含めた言葉を贈り青年の背姿を見送った。