蘇りしアクロバティックババア
「おーいば〜ちゃ〜ん」
サザが老婆の後を追って駆け足で進んでは老婆を呼ぶ。
「なんだい!!あたしゃ疲れてんだよ!!!!」
老婆はサザに向かい、強く怒鳴る。
「や…あのさぁ……俺はその………」
「うっさいね!アンタもあの若造共と同じさ!!!!」
流石に老婆も腹を立てたのか、振り返って先程より強めに叫んだ。
「ええ〜…」
全く関係の無い立場にも関わらず同じ様に見られてしまったサザは、何とも言えない気まずく複雑そうな苦めの表情を浮かべた。
「ったくあのトンチキベルディアン共よりはマシだろうけどねぇ…………」
「!!」目の前の老婆の口から「ベルディアン」の言葉が出たのを聞き逃さず、サザは反応する。
「ばーちゃん!!ばーちゃんベルディアンの事知ってんのか!!!!」
「あン?知ってて何か文句でもあんのかい」
「ったく…あンの若造共とアンタのせいで帰りが遅くなっちまったよ……」
くるりと踵を返して、エイヌスは崖の方へ歩き出す。
「さーてと…」
「あっ…ばーちゃん、そっち危な」
サザが止めようとしたのも虚しく、老婆はあっさりと崖下に落ちていった。
「ばーちゃああああん!!?!?!?」
サザは慌てて岩伝いに崖下へ飛び降りていった。少しだけ掠ったりしたが、それを気にする所では無い。
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「くっ…!!いっ……て!!!!」
着地した時に大きく擦りむいてしまったのか、右肘を左手で抑えつつ先程の老婆を探す。
「おーい!ばーちゃーん!!!!」
辺りを見回しても、それらしき人物の姿が見当たらない。
「あのばーちゃん……まさか…」
サザはゾッと顔を青ざめさせた。もしかしたら、いやもしかしなくても、と凄惨な状況がありありと浮かんだからだ。
運動神経のある程度あるサザですら、岩伝いに飛び降りたとしてもあちこちに擦り傷を作ってしまっているのだから、あの足の悪い老婆だったら擦り傷だけでは済まないだろう。
高所から何の抵抗もせずに落ちたのだ。今頃肉塊になっているんじゃないかと思ってしまった。
「ばーちゃん……きっと今回だけじゃなくて毎回あってとうとう嫌気が差しちまったとか………!!!?」
ただ居合わせただけだったのに、サザはあれこれと不吉な考えばかり巡らせている。
「あわわわ俺もきっとその中の一つなんだよな……………どうしよう、ばーちゃんに謝るべきだったかもしれないよな………ごめんばーちゃん、俺が余計な―――」
「いちいちうるさいねえこの若造は」
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「ぎゃーーーーーーーー!!!!!!!!」
背後から聞き覚えのあるしわがれた老婆の声が聞こえ、更に右肩を誰かに叩かれた事でサザは驚きのあまり大声で叫んだ。
勢い良く振り返ると、確かに崖下に飛び降りたあの老婆本人が立っているではないか。
「ひぇっ…………ば……ばーちゃんの幽霊だーーーー!!!!」
「失礼な若造だね!!!!」
死んでもいないのに幽霊扱いとは失礼だ、と老婆は酷く憤慨する。
「でも、さっき確かに…………あ、足が……………………」
サザがじっと見回すと、老婆の足がほんの少しだけおかしな状態である事に気が付く。
「これかい?こういうのがあるから、あたしゃ杖が欠かせないのさ」老婆は杖をカンカン!と叩いて、ゆっくりとゆっくりとどこかへ向かって歩き始める。
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「あたしはねぇ、「スボルタス族」ってのさ」
「スボルタス?」
「あたし達の言葉で「不死」を意味するんだよ。老化はするけど、そんなもん見た目だけさ。あたし達に与えられた神様の加護でそう簡単には死なないんだよ」
「いやでもさっき死んでたじゃん!」
道中。
サザは何とか老婆と合流した為、老婆の後を付いて行く。そんな彼を振り切りもせず老婆は道中で煙草を吹かしつつまるでぼんやりとした過去を話す様に自身の出自を話し始めた。
そしてどう考えても想像し難い事に対するサザの突っ込みに、老婆は溜息混じりの煙を吐き出して答えた。
「…厳密には蘇る、ってやつだね。スボルタス族は死んでも仮死状態になるだけ。その時はどんな傷でも早く癒えるのさ…ほら」
老婆が酷く折れていた筈の足を見せる。
―――確かに、元通り。普通の状態に戻っている。
「ぅえっ……⁉さっきあんなにグニャグニャになってたのに……!!?」
「というかあたしが歩いてるの見て驚かんかったんかい」
「―――え、……………………確かに!!!!」
「はあ〜、全く困ったもんだねぇ………ほれ、あそこを見てみな。足場が崩れちまってあんなんなってんのよ」
ほれ、と杖で指した方に、崖と崖の間を転々とした足場が存在しているのが見えた。
「ほんとは一つの道だったんだけどねぇ…………さて」
老婆は軽く身体を動かす。
そして杖を棒高跳びの棒のように使いこなし、点々とした足場すら頼らず向こう岸へ一気に飛んだ。
「えええええええええええええええええ〜!!!!」
サザはまた大声を上げる。今度は驚きの声だ。
「ふう、若造…アンタ、あたしに用があるんなら足場を伝ってあたしのいる向こう岸まで来てみな!!」
軽めの挑発とも取れる老婆の言葉に、サザはどうせこうなら…と駆け足で足場を飛び渡る事にした。