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第三話 お披露目会





『おお……これは、"ナウい"のう』


「ナウいはちょっと、古すぎませんか」


 信綱は服装を新調していた。というのも、召喚された時に着ていた服は、千年も着古したものだったからだ。正直に言えば、臭かったのだった。


 巫女が着るトーガ(ローマで着られていた一枚布の上着)の袖を和服のように長く、しかし裾は膝が隠れるまでで短く切った特注品である。


 また彼女の手足には刺青のような黒い文様があったが、それとコントラストを成すように黄金のブレスレットとアンクレットを身に着けている。これは、勇者様の隣に立つのだからと、美しさを見せる事に拘った宰相の趣味であった。


 しかしどう宰相が乞い願っても、信綱は靴を履く事だけは拒んだ。つまり裸足だ。『手袋や靴などと、わざわざ指を満足に使えぬようにする。そんなの人間だけじゃぞ。酔狂に過ぎるし、滅茶苦茶に窮屈じゃろう』……という事らしい。


 得意気に鼻の穴を膨らませて『美しいかろ?なあ、美しかろ?見惚れたか?』と聞いてくるのは確かに、可愛いと勇者は思った。


「でも、本当にいいんですか?僕の召喚獣なんかになって」


『じゃから獣ではない。そうさな、召喚鬼じゃ。召喚友達でもよいぞ』


「と、友達、ですか?」


『そうじゃろう。これから旅を共にするのじゃからの』


 友達なんて日本ですらほとんど居なかった義則は、赤くなった顔を背けるのだった。少し感動して泣きそうになってしまったのだ。友達が出来ないし虐められやすいのは、己の優柔不断さの所為だと分かってはいたが。


 こっちの世界に来てからも、尊敬の目は向けられる事はあっても、そもそも対等の立場として話せる者がいなかった。尊敬にしたって、劣等感が強い彼には実感出来ないのだ。僕なんかが。分不相応であると。




「諸君!伝えてあったと思うが、これにあるは勇者様の召喚獣!ノブツナ!少女のように見えるが、その角を見れば分かる通り、人ではない!しかし魔物とも違う!勇者様の心意気に惚れ、自ら協力を申し出た、神聖なる獣なのだ!」


 義則と信綱が今立っているのは、城内の謁見の間だった。二人の目の前には臣下や騎士達が整列していて、後ろには王座に座った王様、王妃、王女。そして失礼な口上を叫んでいる宰相が立っている。


『なあ……クフ、あれはカツラじゃろ?』


「……そうなんですよ。でもほら、ベートーベンとかバッハみたいな音楽家もそうだったでしょ?こういう時代の貴族だと、普通なんじゃないですか」


『しかし……プッくっく』


 二人は囁き声で笑い合う。聞こえるような音量で話している訳ではないが、今は式典の最中であるし、後ろには王がいる。つまり、ナメられているという事は伝わったのだった。新たな召喚獣と勇者の仲が良いと分かっただけマシだろうか。


 宰相は大げさに格好良く、信綱という新たな戦力を紹介したいようだが……信綱にそのような人間の細事に構うつもりはない。またビビりである義則も、王家の威光よりも鬼の強さに従うつもりなのだった。そもそも現代日本の高校生であった彼にとって、偉い人の話を真剣に聞くという作業は不可能なのだ。全校集会の壇上で校長先生が話す意味の無い長話のせいである。


「あれが召喚獣……ただの角の生えた小娘ではないか!」

「しかもあの態度、人間様を舐めているのか?獣のくせに」

「しかし、あの獣は美しい。そうじゃないか?」

「……貴殿の娘と変わらぬ歳だぞ、あの召喚獣は」


 二人の私語につられてか、貴族達がざわざわと騒ぎ始める。半分はその態度に呆れるか、失望するか、怒りを覚えている。もう半分は、信綱の顔に見惚れていた。胸は無いがスタイルは良く、また造形そのものは人を越えて美しい。中身は、下衆で下品で、また器も大きくないのだが。


「静粛に!静ま『ワシは召喚"獣"ではない!鬼である!!』


 ゴウ、と質量の濃く重い風のようなものが、立ち並ぶ者達の間を抜けていった。宰相の言葉をさえぎって叫んだのはもちろん、信綱である。言ったように、器は大きくないのだ。獣けものと連呼されて、我慢が出来るはずも無かった。


 殺気とは何か。威圧とは何か。それは"殺す"という意志を魔力にのせて放つ波の事である。それは怖気を走らせ、足を萎えさせ、呼吸を止め、相手の意志を挫く。


 物質的な圧力を伴った殺気は、何人かの貴族のカツラを飛ばしてもみせた。強風にあおられたように、年取って垂れ下がった貴族の顔の肉がブルブルと揺れる。希少な窓ガラスも、恐ろしい程に金をかけたステンドグラスも全て割れ、シャンデリアの蝋燭は一瞬で燃え尽きて跡形も無くなった。


 勇者様である義則は失禁していたが、誰もそれを咎める事は無い。なぜならその場の全員がそうであったし、特に全身を甲冑で包んだ騎士達が勢い良く漏らす音は、鎧の内側、金属に当たって、静かな会場に高い音を響かせていた。王族達も全員気絶している。人間の尊厳を保っているのは、今や宰相ただ一人だった。


『ほう。やはりお主が一番強いようじゃな』


「くっ……貴様、何故こんな事を……」


『わはは、すまんの。キレてもうた。ワシは獣ではないと何度も言うたろうが』


 そう軽く笑う信綱の口には、鋭く尖った犬歯が輝いていた。




「あの……それ、角、なんか伸びてないですか?」

『ん?ああ、この世界は魔力が濃いからのう』


 召喚されたばかりの時は、鬼と聞いて想像するような角そのものであったが、一日経った今ではその倍以上も長く伸び、また太くもなっている。このまま伸ばせば、段々と山羊の角のように捻じ曲がっていくようだ。髪と同じ扱いなのだろうか。ヘルボーイのようにカットしたりするんだろうか。


「……って事は、日本にも魔力ってあったんですか!?」

『魔力というか、妖力というか。そうじゃのう、魂と精神に連なる力の渦ならば、地球にだって結構あったのう。ただ人間がその存在を知らぬだけで』

「なるほど……」


『でなければ、ワシのような存在がいるはずもない。(あやかし)、化生、八百万の神共も同じよ。全てはそこから生まれてくるのだ。多分』

「マジですか……」

『おう、マジよ。日本以外は知らんがの。ワシ外国旅行したことないし』


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