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翌朝、王宮へ向かうと王族つまり、国王陛下、王妃殿下、王弟殿下、王女殿下、そしてニコラス殿下が揃って私を出迎えた。応接間みたいな所で。
「セレニアから態々、先触れを出し王宮をたずねるというのが珍しくてな。これは出迎えねばと思ったのだ。」
国王陛下がにこにこと云う。
ああ。確かに、セレニアちゃんはニコラス殿下に誘われるか、王妃教育かのどちらかじゃないと王宮に行かなかったなぁ。それ以外は大体お家でお勉強してたもんね。
「私、本日は殿下にお話がありまして。」
「私達は席を外した方がよくって?」
王妃殿下が云う。
うーん。ふたりのほうがいい気がするんだよなぁ。
しかし、目が怖い。王族みんな(ニコラス殿下除く)の目が、『ねぇねぇ?何話すの?私にも教えて?』って輝いてるよ。
ここは、秘技を使うしかないっ!
「ニコラス殿下とふたりきりでお話したいことがあるのです。」
頬はチークをうっすら塗ってあるからピンク色だし、もじもじと恥ずかしそうに云って、ニコラス殿下をちらちらと見れば、ほら完成!
秘技‘恋する乙女(美少女ver.)’だよ!
これを出せば、あとはお若いおふたりでみたいになるに違いないよね!
「あら、本当に?うふふ。」
ほらね!ぎらぎらが、にやにやに変わったよ!王妃殿下が陛下を、王女殿下が王弟殿下を掴んでどこかへ去っていった。扉がパタンと閉じられる。
さぁ、本題だ!
「殿下、お話があるのです。」
「あ、嗚呼。」
ニコラス殿下もなんかそわそわしてる。なんでだろう?前髪をちょいちょいと触って、忙しなく目を動かしている。
「昨日の言葉は嘘です。婚約破棄がどうでもいい、なんて。」
「っ!本当か?」
殿下は目を見開き、少し頬を染める。口角は上がっている。
「ええ!私、是非、婚約破棄して頂きたいのです!」
どうだ!嬉しいだろう!
やっぱり、婚約破棄を告げた相手が協力的だとこれからの手続きやらなんやらがやり易いだろうしね!
しかし、殿下は顔を青ざめさせて、俯いた。
「そうか。」
……キィイ
「セ、セレニアちゃん?本当なの?」
「姉様、嘘でしょう?」
扉が開いて顔を出したのは、これまた顔を青ざめさせた王妃殿下と王女殿下。その後ろには、口を開けぽかんとしている陛下と王弟殿下がいる。
え、まさかの王族が盗み聞きですか。
少なからずひいていると、王妃殿下と王女殿下がこちらに詰め寄ってきた。
「本当なの、婚約破棄したいって?」
「姉様は私の姉様になってくれるんでしょう?」
私はニコラス殿下の方を見る。あらま、更に顔を青ざめさせ、体は震えている。
矢張り、家族に云ってなかったんですね。
仕方ない。ここは、私が説明しよう。
「殿下に婚約破棄を申しつけられまして。ノエル様と云う伯爵令嬢の方と恋に落ちたそうなのです。そして、私も、婚約破棄に賛成なので、是非そちらの方向で話を進めたい、と。」
そうですよね、とちらりとニコラス殿下を見るが、こちらを見てくれない。
「ニコラス?」
王妃殿下がにっこりと微笑みながら、ニコラス殿下に近づく。一歩一歩がやけにもったいぶって見えるのは何故だろう?
「セレニアちゃんに、婚約破棄を申し入れた、と。」
うふふ、と笑う。
「他のご令嬢に現を抜かして。」
どこに隠し持っていたのか、口元を黒い扇で隠す。
「貴方のお口から説明してくださる?」
目が笑っていない。
殿下は、わなわなと唇を震わせて、今にも泣き出しそうだ。わかる。めっちゃ怖い。
ここは、私がフォローをっ!
「あ、あのですね。私も恋愛小説なんか好きですし、いいと思うんです。運命の人に出逢えた、みたいなやつ。素敵じゃないですか?」
「セレニアちゃんは黙ってて。」
あ、はい。すみません。黙ります。
王妃殿下は、こちらを見ずに、ソファに座っている殿下を見下ろし続ける。
「どういうこと、かしら?」
怒気をはらんだ声が、本当に怖い。王妃ってあんな怖さ持ってなきゃ駄目なの?そしたら、私本当に無理。今、王妃になりたくない理由追加されちゃったじゃん。
その時、殿下が俯いたまま言葉を漏らした。
「私は。私は、セレニアのことが好きでした。」
突然の告白。いや、知ってたけどさ。初対面の日の表情で分かるよね。でも、なんで、その告白から入った?
みんな、は?お前何云うとんの?みたいな目で見ちゃってるから。
「初めて逢った日、こんなに綺麗なものがこの世にあるのか、と思いました。この子と結婚出来たら幸せだと心から思いました。」
え、そこから?そこから話すの?
「セレニアのために努力しました。勉強も、礼儀作法も、剣技も、なんだって。彼女に相応しい男になるためにはなんだって頑張れました。」
か、回想?まさかの?ちょっと、私だけ置いてけぼりなんですけど。ニコラス殿下の記憶なんて、お茶会とかでセレニアちゃんと会う度にもじもじしていたってだけだよ。
「でも、セレニアは、私の何倍も上を行きました。勉強だって、礼儀作法だって、普通力で男に敵わないはずの剣技だって。」
確かに、ゴリラだったよね。セレニアちゃん。騎士団長をしているお父様と互角に渡り合ってたよね。
「なにひとつだって勝てない私は、次第にセレニアの隣にいることが苦しくなった。そんな時に、私に優しくしてくれたのがノエルでした。」
嗚呼、そう繋がるのか。
「そのままでいていいと、云ってくれたのがノエルでした。」
そっか。
やけに納得した。
でも、でもさ。
私は、向かいのソファまで歩き、殿下の隣に座った。
「ニコラス殿下。」
彼はまだ俯いたままだ。
「貴方に、勝ってほしかったわけじゃない。」
ニコラス殿下は、顔を上げ私と目を合わせる。どこまでも澄んだグリーンの瞳。
「私のために、努力してくれたって云う、それだけが大事なんじゃないですか?人と比べるなんて、つまらないです。殿下は、私の事を大切に思ってくれたんでしょう?それで、頑張ってお勉強して、礼儀作法を身につけて、剣の練習をして。」
私は笑う、心から。
「かっこいいじゃないですか?」
殿下は、目を見開いた。
「(セレニアちゃんはどうかわかんないけど)私、覚えてますよ。殿下が色々なところに連れて行ってくれたこと。お祭り中の街や、人気のカフェ。歌劇場に、王家の別荘地。嗚呼、あそこで見せてくれたお花畑は今でもお気に入りです。」
セレニアちゃんはどうかわかんないけど。
「殿下は、私を思ってくれました。それが、素敵だったんです。」
そこまでしてくれる恋人、なかなかいないよ?
殿下は口を一度きゅっと結んでから意を決したように云った。
「セレニア、もう一度チャンスをくれないか?」
「無理です。私、浮気する殿方と付き合えません。」
即答しますけどね。
ブクマ、評価、有難うございます!
作者の趣味に、こんなに多くの方にお付き合い頂き、大変恐縮です。
今日、新しい小説を探そうと日間ランキングをうろうろしていると、自分の小説を見つけました。めっちゃ、びびりました。
嬉しいです。有難うございます!
これからも投稿していくので、お楽しみ頂ければ幸いです。