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「セレニア・フォーサイス!ここにお前との婚約破棄を告げる!」
待って、本当に?
私は、驚いて、手をグーパーしたり、頬を抓ったりして、これが現実であることを確かめた。
本当、だ。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
私、セレニア・フォーサイスは、婚約者のニコラス第一王子から婚約破棄を告げられて、雄叫びを上げた。
時は、9年前に遡る。
目を開けると、知らない天井だった。
体を起こすと、周りは豪華でラブリーな部屋だった。
(趣味じゃない。)
ピンクと赤しかなくて、目はチカチカするし、朝からこんなものを見ると胸焼けがしてしまう。
私は、ベッドから降りて歩き出す。
(ん?)
そこで、気が付いた。
目を開ける、体を起こす、ベッドから降りる、歩く。
そのどれもが私の意思ではないのだ。
(えっ?怖っ。)
突如の恐怖。でも、考えてみてくださいって。自分の体が、勝手に動いて、意識だけある状況。リアルホラーだから。
私の体はそのまま大鏡の前まで歩いて、止まった。
(うわっ、美少女じゃん!)
プラチナブロンドの髪は、緩やかなウェーブを描き、腰まで垂れている。瞳はブルー。肌は白く、毛穴ひとつない。頬と唇は薔薇色で、鼻は筋が通ってる。
(私が、金髪碧眼美少女になる日が来るなんて!?)
感涙したいところだが、残念ながら涙すら流せない。
私は考える。
(もしかして、これって、異世界転生ってやつ?)
記憶は、高校の下校中に親友が、横断歩道のど真ん中で転けて、私が手を伸ばしたところで終了している。横にはトラックが迫っていた。
(多分、死んじゃったんだろうなぁ。)
でも、親友を突き飛ばした感覚を覚えてるから、きっと彼女を救えたのだろう。私が死んでも、彼女がまだ生きてくれてる。それだけで、嬉しい。
(まぁ、いっか。)
それよりも、今の状況だ。
歩く。出来ない。しゃがむ。出来ない。手をにぎりしめる。出来ない。ウィンク。出来ない。
(美少女のウィンクちょっと見たかったな。)
しかし、私は鏡の前で無感情に自分の姿を眺めているだけだ。
コンコン。
ノック音が聞こえる。
「はい。」
これも、私の意思ではないが、鈴の鳴るような声(本当にあるんだね。)を発した。
メイド服を着た女の人が入ってきた。
「セレニアお嬢様。お支度をさせていただきますね。」
私は頷くと、大きなドレッサーの前に座る。
あっという間に支度が終わり、私は淡いブルーのドレスにポニーテールという大変可愛らしい格好になった。
私は、支度が終わると部屋を出て、とことこと歩いていく。
(どこに行くんだろう?)
大きな扉の前で止まり、執事が扉を開ける。
「おはようございます、お父様、お兄様。」
目の前には、これまた美形なおじ様とおにいさんが座っている。
「遅かったな。」
おじ様が云う。
「申し訳ありません。」
私は、そう云って頭を下げると、席に着いた。
食前の祈りみたいなものをして、ご飯を食べる。
「セレニア。今日は、ニコラス殿下と顔合わせだ。粗相のないようにな。」
おじ様は、それだけ云うと黙りこくる。おにいさんも黙っている。
(つまらない食事。)
私はそう思った。
私は、馬車に乗り、王宮へと向かった。
(目がチカチカする。)
金色をベースに豪華絢爛に装飾されている王宮は、これまた私の趣味ではない。
しかし、王宮の温室は素晴らしかった。
色とりどりの花々が、庭師の腕により、綺麗に植えられている。
そこで、ニコラス第一王子は待っていた。
これまた金髪碧眼の美少年。
「セレニア・フォーサイスです。」
カーテシーをする。
「ニコラスだ。」
彼は、ぶっきらぼうに云うと、目を逸らす。頬は紅く染っている。
(わかるよぉ。セレニアちゃん超絶美少女だもんね。)
その後、ふたりで話をして、その日は終わった。
果たして、数ヶ月後、ふたりは婚約した。セレニアちゃんは、公爵家の長女だそうで、身分的にもなんの問題もない。
そして、私。まだ、一度も自分の体を動かせない。意識だけがある感じだ。
もうひとつ、不思議に思ったことがある。セレニアちゃんは、どうも機械的な動き、言動をしている。まるで、ゲームのオートみたいに。
なにか、役割を果たそうとしているみたいに。
そのまま、数ヶ月、数年・・・9年経った。
この9年で、沢山のことが分かり、沢山のことが変わった。
分かったことの一つは、セレニアちゃんは、家族の愛を知らないということ。
お父さんは、お母さんが死んでから心を閉ざし、お兄さんは、セレニアちゃんへの接し方が分からないみたい。
変わったことの一つは、学園に入学してから、セレニアちゃんを大好きだったニコラス第一王子が、ノエルという伯爵家に養子にとられた女の子にお熱だということ。
その間も、セレニアちゃんはオートで動き続ける。
私も、9年も意識しかなくて、動けないでいると流石に暇で、セレニアちゃんがオートで動いている間眠ったりすることが多くなった。
そんなある日だった。
文化祭における後夜祭みたいなパーティー。
その日も、私は退屈で寝ていた。
セレニアちゃんは、ニコラス第一王子からエスコートを断られ、ひとりでパーティーに出ることに。(これは、婚約者がいる人からしたらかなり屈辱的なことらしい。)
セレニアちゃんは、泣きもせず、悲しい顔もせず、ただ動き続ける。
私は、眠る。
Zzz・・・
「セレニア・フォーサイス!ここにお前との婚約破棄を告げる!」
(はっ!)
体がびくっとなる。
・・・あれ?今、私の反射じゃない?
待って、本当に?
私は、驚いて、手をグーパーしたり、頬を抓ったりして、これが現実であることを確かめた。
本当、だ。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
私、セレニア・フォーサイスは、婚約者のニコラス第一王子から婚約破棄を告げられて、雄叫びを上げた。