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結局、ごるさんじゃねえか!

「……えーと。ホテルゴンダでいいんですか? その、あそこは上級者向けというか……何というか」


 お姉さんがひきつった笑顔で言う。


 身内の宿だというのにどういうことだろうか?


「おいおい。実家だって言うのにひどい言い草だな」


 おっさんがからかうような笑顔で言う。


「ロッシさんだってあの人達の鬱陶しさを知っているでしょう?」


 お姉さんは額に手を当てて少し俯くと憂鬱な表情をした。


「まあ、見たところあまり金持ってなさそうだしさ。なるべく安いところの方がいいかと思ってね」


 おっさんは僕に視線を向けて言う。


「……まあ、そうですね」


 僕は少し考えた後に返事をした。今、手持ちがいくらか把握できてないのでなるべく安い方がいいに決まっている。


「でしょ! 君、幸薄そうだもん」


 おっさんは僕を指差して笑顔で言った。


 このおっさんマジでうざいな。お姉さんがいなかったら足の小指を踏んでやるところだ。


「ロッシさん、失礼ですよ! すいません。このろくでなしの言うことは気にしないでください」


 お姉さんはおっさんを叱責したあとに僕に謝る。


「ろくでなしとは失礼だな。まあ、否定はしないけどな。おっさんは嫌われているみたいだし、外の様子でも見てくるわ。ま、若い二人で仲良くやりたまえ」


 おっさんは背を向けると片手を振って外に出て行った。


「あ、ちょっと。またさぼる気じゃあ……もう!」


 お姉さんが頬を膨らます……かわいい。


「……えっと、質問していいですか?」


 僕は手を挙げてお姉さんに質問をする。


「はあ……ホテルゴンダのことでしょ?」


「はい」


「あそこの従業員はね、狂信的なゴルサン信者達ばかりなの」


「狂信的?」


「うん。すごいとか、熱心とか通り過ぎてね……私の両親なんて宿をほったらかして、半年前からゴルサンの使っていた伝説の剣を探す旅に出ているわ。妹もそれなら仕方ないとか言って魔法学園を休学して宿の若女将をしているし」


「……それは凄まじいですね」


 僕は呆れ顔になる。


「私は小さい時からそんな家庭に育ったから、逆にゴルサンのこと嫌いになってね。と言っても、町を出るお金が溜まっていないからこんなところで働いているわけ。ゴルサンは嫌いでもここ給料いいの。私、知識だけは無理やり叩き込まれたし」


 お姉さんはため息をつく。


「どうする? それでも、ゴンダにする? この2つ以外のセキュリティーがいいところは割高になっちゃうけど」


 お姉さんは冊子を指差す。


 冊子をよく見ると、ゴルサンの眉毛2号店の隣にホテルゴンダについても記載があった。「ホテルの従業員はみんなゴルサン好きなので、ぜひ語り合いましょう」とか書いてある。わざわざ観光案内の冊子に書いているのだから、本当にゴルサン好きが多いのだろう。ただ、ゴルサン眉毛2号店の1泊が銀貨3枚に対して、ホテルゴンダは銀貨2枚だった。


 僕は念のために鞄の中を覗き込む。


 現在の所持金は銀貨10枚と銅貨10枚だった。この世界の物価はまだ分からないが、なるべく節約をしたい。だからと言って、安宿に泊まって荷物を盗まれるなどしたら最悪だ。セキュリティーの低い宿に泊まるのは避けたい。


「うーん。とりあえず、ゴンダにします。あと、食事をとるところを教えて欲しいのですが?」


「そのままゴンダで食べられるよ。軽食なら銅貨2枚からかな。それなりに量を食べるなら銅貨5枚以上はかかる。ちなみにこれは泊まった場合の値段ね。泊まらないのなら、食事代は銅貨1枚分上乗せされるよ。泊まった場合ならすごく安いからゴンダで食べるのがお勧め」


 冊子には別の宿のことも書いてあったが、確かに食事の値段はほぼ一律だった。これなら、泊まった場合の割引を利用した方がよいだろう。


「なるほど……ありがとうございました」


 僕は会釈をして案内所から出ようとする。


「あ、最後に一度話をすると止まらなくなる人もいるから気を付けてね」


 お姉さんからの最終警告に僕が笑顔を向けると、お姉さんも笑顔で返してくれた。


 僕は案内所を出ると、ホテルのある3番通りを探そうと周囲を見渡す。すると、案内所の脇にこの町の大まかな地図が掲示されていた。


 3番通りに出るには、広場の奥にある3つの道のうち一番右を通ればよいようだ。一番左の道が1番通り、真ん中の道は2番通りに通じているようである。


 僕は宿が取れないと困るのですぐに3番通りへと向かう。


 3番通りには宿が多くあり、屋台や食事処も混在していた。屋台に売っているものを見ると、具の少ないスープが銅貨1枚、パンや肉の串焼きが銅貨2枚となっている。また、肉を挟んだパンや具の多いスープは銅貨3枚した。軽食が具の少ないスープとパンの組み合わせとすると銅貨3枚なので、お姉さんからの情報通りホテルゴンダで食べた方が安いだろう。


 通りを眺めながら歩いていると20分程でホテルゴンダへ辿り着いた。ホテルゴンダは外観的には意外にもゴルサン押しではなく、シンプルな瓦屋根の3階建て和風宿だった。和風宿がホテルと名乗ってよいのか疑問に残る。また、瓦とかこの町では一度も見なかったが、どのように手に入れたのか不思議である。


 逆に向かいのゴルサンの眉毛2号店は入り口の両側にゴルサンの像が建っており、眉毛の形をしたエンブレムが入り口のドアに装飾されているなど、ゴルサン押しが全開の3階建て洋風ホテルだった。


 だが、油断してはならない。受付のお姉さんが語るにはホテルゴンダにはゴルサン狂信者がいるらしい。けれど、巨乳美人若女将が出迎えてくれるだろうという期待が僕の純情な若い性欲を持て余す背中を押した。


 僕は「権」の字を丸で囲ったマークのついている暖簾をくぐり入り口のドアを開ける。ドアを開けると入出を確かめるベルの音が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 僕の耳に心地よい巨乳美人若女将の声は……聞こえなかった。そこにいたのは広場でゴルサン研究者を名乗っていたおじさんだった。僕の純情な若い性欲を持て余す背中は一瞬のうちに冷や汗という名の海水に洗い流され、マリアナ海溝より深く沈んだ。


 僕は間髪入れずにドアを閉めた。


「待ちなさい」


 しかし、瞬時にドアは開いた。そして、またもや服を掴まれた。どうやら、逃げられないようだ。


「君は宿にゴルサンを語りに来たのだろう? 儂は目を見ればゴルサン好きかが判別できる」


「どんな目だよ」


 僕は無表情でツッコミを入れた。


「おかしいの。確かにおぬしからはゴルサンの息吹を感じるのじゃが……」


「どんな息吹だ」


「ゴルサンの香りも……」


「マジで止めてください」


「あの……お客様でよろしいでしょうか?」


 僕がおじさんに3度目のツッコミを入れた時だった。そこに女神のような声が割り込み、宿の入り口から若女将らしき女の子が姿を現した。


 若女将は何故か巫女さんの格好をしていた。だが、問題はない。彼女が出来たら巫女さんのコスプレをさせたいと考えたことがある程、僕は和服好きだった。また、おっさんの情報通り、美人で巨乳であることが服の上からでもよく分かる。マリアナ海溝より深く沈んでいた純情な若い性欲を持て余す僕の背中は再浮上した。


「はい。お姉さんに紹介されてきました」


 僕は決め顔で答えた。


「若者は現金だの」


 おじさんがぼそりという。そして、僕の服から手を離した。


 どうせお前は若い頃ゴルサンで抜いていたんだろ! あいにくこちらは健全なのだよ!


「おじいちゃん。お客様にその態度は駄目よ。その様子を見るとまた無理やりゴルサンについて語ろうとしたのね」


 若女将がおじさんに優しい声で言った。


「ん? おじいちゃん?」


 僕は若女将の言葉に反応した。


「ええ。こちら、私の祖父です。お客様に無理やりゴルサンについて語るのは止めて欲しいと頼んでいるのに……ちっとも言うこと来てくれないんです。ゴルサンに関係なく泊まるお客さんも多いのに……」


 若女将がため息をつく……かわいい。


 おじさん……もといジジイの遺伝子は若女将には全く受け継がれていないのだろう。きっと、突然変異でジジイの遺伝子は100%消滅したに違いない。


 一方のジジイは若女将から視線をそらして口笛を吹こうとしている。誤魔化そうとしているのだろうがスカスカ音がするだけで吹けていない……視界に入るだけで不機嫌になるから地中6400km付近で埋まっていて欲しい。


「あ、お客様へお話しすることではありませんでしたね。失礼しました」


 若女将が深く会釈をした。素晴らしい。どうやら、そこのジジイ……もといカスと違って教育が行き届いているようだ。


「こちらへどうぞ」


 若女将が入り口を指し示す。


 僕はそれについて行く。そして、ドアを閉めるときにちらりとカスが僕に向かってあっかんべーをしているのが見えた。この世界は魔法を使えるらしいから、手始めに人を地中に埋める魔法を覚えようと心に誓った。


 宿の中は和風の作りとなっており、玄関で靴を脱ぐ形式のようだった。床が板張りとなっている。この世界にも日本に近い文明があるか、ゴルサンによるものだろうと僕は考える。


 若女将が草履を脱いで、下駄箱へとしまう。きちんと足袋を履いていることに僕は驚く。


 僕も真似して靴を脱いで、下駄箱へしまった。


「あちらで受付をお願いします」


 若女将が受付を指し示しながら僕を誘導する。


「当ホテルには何日のご滞在でしょうか?」


 受付に辿り着くと、若女将が笑顔で僕に聞いてくる。


「……3日でお願いします」


 僕は少し考えてとりあえず3日間この宿に滞在しようと考えた。おじいさんは僕の筋トレで得た力があれば、「生きるのに苦はない」と言っていた。おそらくはこの世界にもゲームのようにクエストを受けるようなギルドがあるはずだ。この力があればお金は稼げるだろう。ギルドという存在がなければ……土木工事の会社に就職すれば食べていけるだろう……たぶん。


「シングルでのご利用ですよね? 1部屋しか空いていないのですが、よろしいでしょうか?」


 僕は空いていた部屋があって早めに来てよかったと思う。


「はい」


「銀貨6枚になります」


 僕は鞄から銀貨6枚を取り出して、若女将に渡した。


「滞在許可証を確認させていただきますか? 番号を控えさせていただきますので」


 僕は首からぶら下がっている滞在許可証を取り出すと、若女将に提示する。


 若女将は素早く宿の台帳らしきものに記入をした。


「ありがとうございます。空いている部屋は3階の301号室ですのでご案内しますね……少し、お待ちください」


 若女将は一度、外に出る。すると、しばらくしてカスを連れてきた。


「おじいちゃん。今日は人が少ないんだから。ちゃんと手伝ってくれないと困ります」


「ああ、分かった。分かった。受付ならきちんとやるから」


 カスは若女将の言葉に鬱陶しそうに返事をした。


「大変ですね」


 僕はカスのあまりのクズっぷりに若女将に同情する。


「また、ご失礼を。すぐに案内させていただきます」


 若女将は少し慌てた表情をしていた。若くして祖父がこんなではかなりの苦労人だ。僕が同じ立場だったらカスの尻をバットでぶっ叩いていただろう。応援してあげたいと思う。


「荷物をお預かりいたします」


「あ、軽いので大丈夫です」


「……そうですか。失礼しました。では、参りましょう」


 若女将は会釈をすると階段の方へと歩き出す。


 僕は若女将に案内されて301号室へと向かった。


 この宿は3階建ての和風の建物だ。この世界にはエレベーターはないようで、階段で3階まで登る。廊下を進むとすぐに301号室は見つかった。


「こちらになります」


 301号室のドアが開く。和風の建物でも入り口は鍵付きの洋風のドアだった。だが、中には畳、背の低い和風のテーブル、座布団がきちんとあった。また、布団が部屋の端に折りたたまれている。テーブルを少しずらせば布団は十分に敷くことができるだろう。流石に地球のようにテレビや給湯器などはなかったが、それでも十分に快適に過ごせる。


 僕は鞄を部屋の脇に置いて座布団の上に胡坐をかいて座る。


「こちらが鍵になります」


 若女将は袴を押さえながら正座をすると鍵を僕に手渡した。


「また、ドリンクのサービスがございますが、コーヒー、紅茶、緑茶のどれがよろしいでしょうか?」


「緑茶でお願いします」


 僕は緑茶好きなので緑茶を頼む。こっちの世界にも緑茶があるとは思わなかったので、良いサプライズだった。


「砂糖は何杯必要でしょうか?」


「砂糖はいらないです。そのままでお願いします」


 そう言えば、海外では緑茶に砂糖を入れる人が多いと聞いたことがあった。確かに紅茶には砂糖入れる人が多いよなと思う。


「すごいですね。私、砂糖入れないと苦くて飲めないです」


 若女将は素直な娘らしい、僕に向けられる尊敬の眼差しに自然と嬉しくなる。


「僕は初めから砂糖入れないで飲んでいただけで……こっちでは砂糖入れる人が多いんですか?」


「はい。でも、宿のみんなは「ゴルサンは緑茶に砂糖を入れていなかった」って言ってそのまま飲んでいます。私も他のことはゴルサンに見習っているのですが、どうしても緑茶だけはそのままでは苦くて飲めなくて……」


 若女将は本気で落ち込んでいる……かわいい。


「慣れれば飲めるようになりますよ」


「……そうですよね。かのゴルサンも言っていますし。千里の道も一歩からと」


「………ソウデスネ」


 この世界では「千里の道も一歩から」はごるさんの作った言葉らしい。老子さん、すみません。


「では、お茶を持ってきますね」


 若女将は立ち上がって軽く会釈をするとドアの外に出ていった。


 僕は手持ち無沙汰になり、何となく畳の上に倒れ伏す。そうしたら、おじいさんの言っていたこの世界のことが書いてある本について思い出した。


 僕は鞄の中から緑色のカバーの本を取り出した。本の表面には大きく金色の文字で「異世界の記録」と日本語で記載されていた。驚いて本の作者を探すと、本の背には……「権田瑠偉」と記載されていた。


 僕はゆっくりと立ち上がると本を地面に叩きつけて叫んだ。


「結局、ごるさんじゃねえか!」


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