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ゴンダにします!

 僕は門の入り口にある詰め所の中で町への滞在許可を得るための手続きをしていた。


 結果的に僕が門の前で騒動を起こしてしまったので、念のためにと詰め所の中で他の人よりも多めに真実の玉での質問を受けることになったのだ。


「では、最後の質問だ。お前は殺人、盗みなどの犯罪をしたことはあるか?」


 髭の門番が僕に質問をした。


「ないです」


 僕は正直に答える。


 手のひらに置かれた真実の玉は透明なままだった。


「よし。合格だ」


 髭の門番はそう言うと、僕の手のひらから真実の玉を回収した。


 やましいことはないが、僕はようやく終わったと安堵する。


「お疲れ。滞在許可証を出そう。値段は銀貨1枚だ」


 髭の門番が僕に向けて手を差し出す。


 僕は鞄から銀貨に見える硬貨1枚を取り出して、髭の門番に渡した。


 すると、髭の門番は詰め所にある棚の中から金属のプレートを取り出して、僕に渡す。


 滞在許可証はゲームで見たことのあるドッグタグのような形をしていた。金属プレートにこの世界の文字で番号と滞在許可証の文字が彫られており、端の方には米粒大の青色のガラス玉がはめ込まれている。また、チェーンがついているため、首飾りにできるようになっていた。


 僕はその形状を見て滞在許可証を自分の首にかける。


「滞在許可証の有効期間は30日だ。更新したければ、中心街に町営の役場があるからそこで銀貨1枚を払うこと。それと、この町を出ていくときにはここに返却してくれ。あと、一応言っておくが、滞在許可証は失くしたら再発行に弁償代も含めて銀貨2枚かかる。落としたり、盗まれたりしないように気をつけろよ」


 髭の門番はそう言うと、詰め所のドアを開ける。


「ありがとうございました」


 僕は髭の門番にお礼を言うと詰め所の外に出た。やはり、銀色の硬貨が銀貨だったようだ。お金の価値や物価も調べなければと僕は考える。尚、部屋の片隅で僕のことを睨んでいる変態はいないものと思ってガン無視をした。視線があったら変態がうつるかもしれないからだ。


 そして、髭の門番は町の入り口の門まで僕を誘導し、門を開くとこう言った。


「分からないことがあれば、入ってすぐのところに観光用の案内所があるから、そこで聞きな。ようこそ、ゴルサンの町へ」


 僕は「ごるさん」という聞き覚えのある言葉に顔を硬直させた。だが、持ち前のスピリッツで髭の門番に笑顔で軽く会釈をすると町の中へ入る。


 町に入り先ず眼に留まったのは広場の中央にある眉毛の太さが特徴的な彫像だった。少年漫画のかっこいいポーズのように剣を天高く掲げている。顔はかなり美化されているが、彫刻の腕が良いのだろう。ところどころに……あの「ごるさん」の面影が見受けられる。


 僕はそれを見て、おじいさんが「近いうちに分かる」と言っていたのを思い出す。そして、無表情で一直線に彫像の元へと向かった。


 彫像は待ち合わせ場所にもなっているようで多くの人が見受けられた。また、観光名所にもなっているようで、彫像の前に置かれている石碑を読んでいる人が何人かいた。


 僕は石碑の前に立って書いてある内容を確認する。


 石碑にはこう書かれていた。

 おお、我らが偉大な勇者ゴルサン。おお、太い眉毛に優しい瞳。その剣は魔王を切り裂き、世界を救った。ゴルサンは最強だ。ゴルサンは戦う。ゴルサンは叫ぶ。ゴルサンは癒す。ゴルサンは勉強する。ゴルサンは商売する。ゴルサンは子沢山だ。ゴルサン、ありがとう。ゴルサン、あなたがいてくれて本当に良かった。


 僕はそこに書いてある痛いポエムに昭和アニメの歌詞か! と心の中でツッコミを入れる。


「やあ、君はゴルサンに興味があるのかな?」


 と、僕の隣にいつの間にか見るからに世話好きのおじさんが立っていた。


「いえ。ちょっと落ち着いてからにします」


 僕は自分でも意味が分からないことを言ったと思う。そして、すぐその場から離れようとした。


「まあ、聞きなさい。儂はゴルサンについて研究している者だ」


 だが、僕の動きは止まった。おじさんにいつの間にか服の裾を掴まれていたのだ。この人は話を聞かないタイプだと僕は思った。ゴルサンのことについて語りつくすまで、この場から逃がさないつもりかもしれない。


「すいませんが。持病の中二病が発症したので止めてもらえませんか。くそ! 目と鼻の奥が疼く!」


僕は片手を顔にかざすポーズをとった。もちろん、嘘である。


「それは花粉症ではないか?」


僕はおじさんの言葉に動揺する。そして、この世界にも花粉症はあるのかと思う。


「いえ、違います。早く宿に行って薬を飲まないと、目と鼻から汁が止まらなくなるかもしれない!」


「やはり花粉症では? ……うん、宿?」


おじさんは服から手を離す。


「そう言えば、君はさっき町の門から入ってきていたね。宿は決まっているのかな?」


 おじさんは急に冷静になって僕に問いかける。


「えっと、そうですが、おじさんには関係ありませんよね? そうだ。案内所で手ごろな宿を探さないと!」


 僕は初対面で馴れ馴れしすぎる人はあまり好きではない。態度が少し辛辣かなとも思うが、少し強めの口調でそう言ってから周囲を見回す。すると、すぐに案内所は見つかった。


 この町の入り口は入ってすぐに大きな円状の広場があって中心にゴルサンの像がある。案内所はゴルサン像から丁度90度右の所にあった。


 僕はその場からすぐに立ち去った。おじさんは意外にも追いかけにはこなかった。強く言ったのが効いたのかもしれない。そして、そのままの勢いで案内所の中に入る。ドアを開けると入出を確かめるベルの音が鳴った。


 案内所の中に入ると、ベルの音に気がついたようで、受付にいた2人は僕に視線を向けて軽く会釈をした。


 案内所の中は6畳程でそんなに広くはなかった。入ってすぐの正面に受付が2つあり、左側の受付は中年のおっさんが、もう一方は若い美人のお姉さんが担当している。今の時間帯は暇なのか受付に並んでいる人は一人もいなかった。また、入り口の脇には簡素なテーブルと椅子が2つ並んでいる。観光パンフレットらしきものがテーブルの上にのっていたので、おそらくその場所はフリースペースになっているのだろうと思う。


 僕は迷わずに若い美人のお姉さんが担当している受付へと向かう。美人のお姉さんを見れば、さっきまでのもやもやした気持ちは吹き飛んだ。


「えーと、宿の案内を頼みたいのですが」


 僕はお姉さんに問いかける。


「はい。どのような宿をお探しでしょうか?」


 お姉さんは笑顔で僕に返答した。丁寧な対応に表情が綻ぶ。


「一人旅なので、えっと、狭くてもよいので一人用でセキュリティーのしっかりしている宿を探しているのですが……あと、なるべく安めの値段でお願いします」


「そうですね。それなら、3番通りにあるゴルサンの眉毛2号店がお勧めです。近くに治安隊の詰め所があるので安心ですよ」


 お姉さんは冊子を取り出すと、ゴルサンの眉毛2号店が記載されている箇所を指差す。


 僕はこの町にいる限りゴルサンからは逃れられないのかと気持ちが反転する。


「……す、すいません。ゴルサンと名前の付く以外の宿はありませんか?」


 僕はこの町のゴルサン押しに嫌気がさしてきたので、ゴルサンという名の宿に泊まりたくなかったので聞いてみた。


「あー。もしかして、ゴルサンのこと嫌いな方ですか?」


 お姉さんは苦笑する。


「いえ、嫌いではないのですが……この町はその、ゴルサン押しが強いように感じて。ここってゴルサン由来の町……何ですよね?」


 別に僕は「ごるさん」が嫌いなのではない。知人が英雄としての痕跡を残している町の様子に胸やけのような感覚がしてしまったのだ。


「ええ。この町は勇者ゴルサンの生まれた町として特に観光が栄えています。ただ、これだけゴルサンに囲まれていると拒否反応を示す人も稀にいるんですよね。私も気持ちは分かります。ふふ。観光案内の職員がこう言っては何ですが」


 お姉さんは素敵な笑顔で笑う。


「だったら、向かいにあるホテルゴンダなんてどうだ。坊主」


 もう一方の受付にいたおっさんがいつの間にか僕の隣にいた。先程の、おじさんや門番のマルコさんと言い、この町の人間は気配を消す能力でも有しているのだろうか?


 そして、「ゴンダ」という言葉に僕は心にとげを刺された気分になる。


「ゴンダ……」


 僕は露骨に嫌そうな顔をする。


「お? 何だ。坊主、もしかして知っていたのか?」


 おっさんは嬉しそうな表情を見せた。


「いやあ。お前さんマニアックだね。物語ではゴルサンって全部書いてあるけど、史実では親しい人物にゴンダ・ルイって名乗っていたんだよな」


 おっさんは僕の背中をバシバシ叩く。僕は初対面で馴れ馴れしすぎる人はあまり好きではないので、何となく不機嫌になってきた。


 しかし、おっさんが僕の耳元で小さくささやいた言葉ですぐに気分は元に戻った。


「あそこの宿、こいつの妹が経営しているんだ。同じく美人で乳もでかいぞ」


「ゴンダにします!」


僕は決め顔で即答した。


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