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まー!

「はあ。はあ。過ぎたことは仕方がない。過ぎたるは仕方なし。杉田玄白は解体新書」


 おじいさんは僕の頭倒立を見て頭を冷やしているようだ。頑張ってこの状態をキープしなければならない。


「杉田さんは……やはり! 許さん!」


 おじいさんは予想通り僕を許してくれないようだった。まあ、僕でもあれは許せないと思うから仕方ないと思う。


「お前には頭のアレの弁償を命ずる!」


 おじいさんは大声を出しながら僕を指差した。


「えっと、質問です。頭のアレはどのように弁償すればよいのでしょうか?」


 僕はおじいさんに問いかけた。指を差されたことに腹は立つが加害者に人権はないのだ。


「材料を集めるだけで良いから協力しろ! 今、書いてある本を持ってくるから少し待ちなさい……はあああああああああああああ……ふうううううう……世界の中心である儂の家!」


 おじいさんは謎の掛け声とともに蜃気楼のように消えた。


 ……20分後。


「ま……おーい! こっちに来い!」


 おじいさんが戻ってきたようだ。


 声のした方を向くと再び円状の透明な壁の中心付近に左手でお腹を押さえたおじいさんがいた。また、右手には厚めの赤いカバーの本を持っている。


 僕は暇つぶしにしていた腕立て伏せを中断して、おじいさんの元に急いで向かった。一瞬でおじいさんの元まで辿り着く。


「このしおりのついているページを読みなさい」


 おじいさんは先程と違い驚いた表情も見せず、右手に持っていた本を僕に渡した。


 僕は素直にその本を受け取る。そして、言われた通りに本の真ん中に挟んであるしおりのページを開いた。


「……すいません。字が読めないのですが」


 本には見たことのない文字が記載されていた。少なくとも日本語ではない。写真も記載されているが、見たこともない動物や鉱物の写真も記載されているので結局内容は把握できない。かろうじて分かるのは猫の肉球とたくさんのリンゴの写真だけだった。


「ふむ。これは儂の失態だ。君に文字を読めるよう魔法をかけてあげよう。ちょっと失礼」


 おじいさんは腹を押さえていた左手を離すと僕の頭に手をのせる。


「……はあああああああああ! もじもじしろー!」


 おじいさんは気合の入った魔法を放つ。ちらりとおじいさんのお腹を見ると破れた服の部分から包帯が見えた。どうやら負傷しているようだ。


 僕のパンチは神様にも届き得るものだと思い。つい嬉しくなる。


「……セクハラですか?」


 僕は嬉しさのあまり普段はあまり言わないブラックジョークを飛ばした。


「……これ以上は本気で怒るぞ」


 おじいさんは静かに言った。


 静かに言われると逆に怖い。これ以上怒らせると命にかかわりそうなので、僕は黙った。……死んでいるけど。


「……これで文字が読めるようになったはずだ」


 おじいさんが手を離す。


 僕は本を開いて先程のページを開く。そして、右のページのタイトルを読んだ。


「えーと。伝説の肉球の作り方(猫編)」


「違う! 左のページだ!」


 おじいさんが僕に鋭くツッコミを入れる。


 僕は鋭いツッコミに感心して素直に左のページを読む。伝説の肉球の詳細はとても気になるが、これ以上おじいさんを怒らせると何をしでかすか分からない。


「えーと。神様・天使様とかの頭のアレの作り方」


 本の作者のネーミングセンスを疑う。エンジェルリングとか……あ、でも神様もつけているのか。ゴッド……オーマイゴッドリング? ……まあ、僕が考えることではないか。


 僕は自分のネーミングセンスのなさを憂いつつ本を読み進める。


「えーと、材料は黄金のリンゴ、虹色リンゴ、光のリンゴ、ゴッドキャットリンゴ……アレってリンゴが材料なのか……」


 僕は衝撃の事実に何とコメントすればよいか困る。だけど、ゴッドキャットリンゴの写真がなかったのでどのような形をしているのかがとても気になった。


「君の世界ではリンゴは一般的な果物だが、この本が書かれた世界では知恵の実とも呼ばれている。君の世界でもリンゴが知恵の実と呼ばれる説があったと思うが……アダムとイヴの話は知らないかね?」


「アダムとイヴは聞いたことはありますが、知恵の実がどうのとかは知らないです」


「……まあ、良いだろう。ともかく、アレは複数の知恵の実の結晶なのだ。アレの中には世界の英知が詰まっていて、神の格を上げるとても大事なものなのだ」


「リンゴの結晶……つまり、リンゴ飴ということですか?」


 僕は真面目な空気に耐え切れずにぼけた。


「……まあ、間違ってはいないがアレは食べることはできないものでね。リンゴの形をしているだけだ。食べたら腹を壊すだろう。あと、アレは特殊な加工をしとるのでな。陶器の壺のように砕けたものは元に戻せない。つまりは作り直すしかない」


 僕は普通の返答に落胆した。神様の鋭いゴッドツッコミが欲しかったのに……。


「なるほど……僕に4つのリンゴがある異世界に行って材料を取りに行くという話の流れですか」


 僕はわざと不満顔で言う。


「何故、嫌そうな顔をしている。元はと言えば貴様が儂に不意打ちしたからではないか」


「だって、話を聞いていた間に思ったけど、おじいさんが僕を放置してエステに行っていなければこんなことにはならなかったはずでは?」


「……ふむ。まさか、行きつけの高級エステにアレを狙っていたビッチが変装して忍び込んでいたとは思わなかったのじゃ」


「そう言えば、ビッチって何者?」


 僕は何となくビッチが何者か気になったので聞いてみた。


「嘆かわしいことに儂の娘じゃ。どうやら、最高神の地位を狙っているらしい。それで、ビッチはアレを盗んだという訳じゃ。あ、そうそう。ちなみに4つのリンゴがある世界へ神は過度な介入は禁止されているので、お前さんへのサポートは少ししかできないから、そこのところよろしく」


 おじいさんはあっけらかんとした顔でいう。


「そんな適当な……」


「4つのリンゴを手に入れたら、この袋に入れるように。儂の元へと届く仕組みとなっている」


 おじいさんはローブの袖から古びた小さな袋を取り出して、僕に押し付けた。


 僕の訴えを無視して先に話を進める強引さに少し腹が立つ。


「まあ、そんな顔をするな。特典としてこちらでトレーニングして得た力そのままに異世界に転移させてあげよう。本来は過ぎた力ではあるが……。神である儂に不意打ちであるとは言え、素手で傷をつける力があれば生きるのに苦はないはずじゃ」


「えっと、ありがとうございます……そう言えば、この世界では何でまったく疲れないのでしょうか? お腹も減らないですし」


 僕は疑問に思っていたことを聞くことにした。


「ああ、それはこの世界にはマナ……魔法を使うためのエネルギーが高密度で存在していて絶えず体に栄養の代わりに吸収されているからだ。君の筋肉には長いトレーニングにより、この世界以外では実現不可能なほどにマナが満ち足りている。解除負荷の身体能力上昇魔法をかけられたようなものだな。だから、数メートルを一瞬で移動するような非常識な力を得たのじゃ。まったく、魔法は不思議じゃ。ははは」


「ははは。本当に魔法は不思議ですね。」


 僕はそれらしい回答につられて笑う。


「あとは……はあああああああ! くばああああああ! 世界最北端の孫の古着!」


 おじいさんの手の平から謎のオーラが僕に放たれた。


 僕の着ている白いローブが一瞬で別の服に変わる。


 僕は昔の行商人のような格好となっていた。鞄もセットでついている。


「孫の古着ですか……伝説の最強チート装備とかは……」


 僕は期待していたのとは違う待遇だったので抗議してみる。


「馬鹿か。少ししかサポートできないといっただろう。これでも破格の待遇じゃ。普通は鍋蓋1枚とすっぽんぽんで放り出す」


「何て素晴らしい衣装! センスの良さが光ります!」


 僕は衣装を指し示しながら即答した。


「ちなみにおぬしが行く世界はテレビゲームのような剣と魔法の世界だ。初めに比較的治安のよい町の近くに転移させる。周囲をみればすぐ分かる位置に転移させるから先ずは町の宿に向かえ。あとは、鞄にいくらかの通貨とあちらの世界のことが書いてある本も入れてあるから、宿に着いたらよく読んでおくことだ」


 僕はその言葉を聞いて鞄を開けた。中には確かに緑色のカバーの本が入っている。空きスペースがあるので、ついでにリンゴ回収用の袋と材料の書いてある本も鞄の中にしまった。


「……あと、リンゴ探しはのんびりとやるといい」


 おじいさんは僕が鞄に荷物をしまうとぽつりと言った。


「えっと、アレは大事なものではないのですか?」


「1万2000年アレが盗られていてもビッチが逃げ回るほどには儂は強いからな。アレを持っていないビッチなど雑魚同然だし問題はない」


「なるほど。では、あっちの世界でリンゴを探さずに遊び回っても……」


 突然の宣言に僕は反射的に聞いてしまった。


「それは駄目じゃ……そうだな。何でもは無理だが、リンゴ1種類につきささやかな願いなら叶えてやろう。何十年もそちらの世界にいれば困ることの3つや4つは起こるだろうからな。これでやる気は出るだろう? ちなみにあまりにも探さないようだったら、魔法が乳首から出る加護を与えることになる」


「全身全霊で探させていただきます」


 僕は敬礼をしながら即答する。そして、同時にあんな質問しければよかったと思ってしまう。


「そんなに気合入れなくても生きている間に4つ探せば良いだけなのだが……では、他に聞くことはないか?」


「……えーと、そう言えば、僕と一緒に遭難していたごるさんはあの後、助かったか知っていますか?」


 僕は唯一の心残りをおじいさんに聞く。


「ああ。それなら、近いうちに分かるから気にしないでよいぞ」


「それはどういう……」


 ピピピピピピピピ! 突然どこからか電子アラーム音が聞こえた。


「すまないが。10分後にはひひひひひひひひひひひひひ孫の面倒をみることになっているから、これ以上は鞄の本を参考にしてくれ」


 おじいさんが袖から小型の装置のようなものを取り出してスイッチを押すと、アラーム音が止まった。


「どれだけ親戚がいるんですか!?」


 僕は孫の前についた「ひ」の多さに突っ込む。


「もう儂でも把握できないほどにおる! では、急いでいるからいくぞ! はああああああああああ! うおおおおおおおおおおお! 異世界とは? 異世界? 猫? まー!」


 おじいさんが僕に両手の平を向けると眼が眩むほどの強い光が発せられた。


 すると、視界に渦を巻いた光のトンネルが現れた。どこまでも続くかと思われるトンネルの中央一点には漆黒の穴が存在しており、僕の身体はすさまじい力で引き寄せられていく。


「うおおおおおおお! 負けるものか!」


 僕の心の中にはこの瞬間、男の意地が生まれていた。尻の穴が引き締まるほどに力を入れてその場に全力で踏ん張る。


 僕はこの時、小学2年生の時に手術をしたことを思い出していた。僕の中で最大の敗北の1つと考えている経験だ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 手術台に載せられた僕は「バナナとイチゴ、桃どれが好き?」と女の看護師さんに聞かれた。


「バナナです」


 僕はその時、最初に言われたバナナを適当に選択した。


 すると、鼻から口を覆う大きさの医療用の半透明なマスクがつけられた。マスクには管のようなものがついている。


 僕には子供ながらにこれが何なのか検討がついた。これは、麻酔なのだろうと。


 しばらくして、バナナの香りが腔内に立ち込めてくる。フルーティーでとても良い匂いだ。


 僕は子供ながらの男の意地で眠ってやるものかと思ったが……気がついたらベッドの上にいた。そして、人間の意思ではどうにもならないことがあることに謎の敗北感を受けた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 僕は回想から目を覚ます。いつの間にか僕は光のトンネルの中に引き込まれてしまったらしい。トンネルの中の上下左右の感覚はすでに分からくなっていた。どんどんと落ちているような感覚だけがする。


 底のない穴に落ちたらこんな感覚がするのかなあと思う。


 そしていつの間にか……中央にある漆黒の穴に……あれ? あれは……。


 よく見ると、漆黒の穴は巨大な猫だった。近づいたから全体像が把握できたのだろう。


「まー!」


 巨大な黒猫が鳴いた。何故か特徴のある独特のおじさん声だった。


 そして、猫は僕を発見すると……大きな口を広げてぱくっと丸飲みした。


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