「ゴブリン退治2」
変態の案内でゴブリンの巣へと到着すると、洞窟の入り口近くにある茂みから、僕等は様子をうかがっていた。
洞窟の入り口には、右手に棍棒を持っているゴブリンが二匹いる。薄汚れた腰巻を身に着けており、上半身は裸だった。また、暇なようで、何やら談笑をしているようだ。もっとも、十数メートル離れたこの場所からは、遠くて言葉が聞こえない。どうせ、何を言っているかは分からないだろうが。
「じゃあ、打ち合わせ通りに行くぞ」
ロベルトさんが小声で言うと、僕等は頷いた。
僕は先頭を切ってゴブリンに突撃し、数メートルの距離に詰め寄ると、右手で抜いた短剣を投擲した。右側にいるゴブリンはこちらに気がつくこともなく、頭に短剣が突き刺さり絶命する。そして、同時に左側のゴブリンの額にこぶし大の石がめり込んだ。二匹のゴブリンは悲鳴を上げることもなく、地面に倒れ込む。
「……できた」
ゴブリンを一匹仕留められたことに心の中で安堵する。そして、短剣をゴブリンから引き抜いた。
リンダ様のおかげか、ゴブリンを殺したことに大きく心が揺れることはなかった。もちろん、罪悪感のようなものは心に残ってはいる。
もう一方のソフィアの魔法により倒れたゴブリンに視線を移す。頭蓋骨が完全に陥没しているように見えるので、死んでいるのはほぼ間違いないだろう。
三人の隠れている茂みに手を振ると、三人はこちらに歩いてきた。
「時間がある時は、完全にとどめを刺しておいた方がいい」
ロベルトさんは僕にアドバイスを告げつつ、鞘から剣を抜いて二匹の心臓、頭を刺した。
「……分かりました」
緊張感のせいで習っていたことを忘れていた。確かに、生きていて不意打ちとか受けたら危険だ。
「じゃあ、野郎どもは俺についてこい。ソフィアはここで荷物番と見張りを頼む」
ロベルトさんはソフィアの前にリュックを置いた。
「はい。分かりました」
ソフィアは頷く。
「アーサー。導きの光球をだせ」
「分かりました。光よ。我が声に応えよ。光は集まり。我らを導く。導きの光球」
ロベルトさんの言葉に変態は「導きの光球」を唱えた。変態の手のひらに光球が現れて、洞窟の中が明るく照らし出される。そして、変態が先頭、僕が真ん中、ロベルトさんが殿の並び順で洞窟へと入っていった。
洞窟の中は案外と広かった。槍を横になぎ払えるくらいは幅がある。ただ、高さがそこまでないので上から振り下ろすのは無理そうだ。場所によっては、短剣を使うことになるだろう。
アーサーは左手を差し出して、明かりを照らし、右手に剣を握っていた。ロベルトさんも右手に剣を握っている。僕も変態からある程度の距離を取りつつ、槍を短めに握っていた。
緊張感を保ちながら洞窟をすすむと、Y字に分かれた道が現れる。
「俺が右の道を調べてくる。戻って来るまで、絶対にここを動くなよ」
ロベルトさんは「導きの光球」を唱えた後に小声で僕等に告げた。
僕等は真剣な面持ちで頷く。
数分も経過するとロベルトさんが戻ってきた。
「こっちはゴブリンが一匹いただけだった。多分、見張りが休憩する場所だったんだろう。次に進むぞ」
ロベルトさんの剣には新しい血がついていた。大きな音は聞こえなかったが、ゴブリンは始末されたのだろう。南無阿弥陀仏。
そして、再び先を急ぐ。すると、奇妙な甲高い獣のような声が洞窟に響き渡った。
声の方に目をやると、洞窟の奥からゴブリンが棍棒を振り上げて三匹走ってきた。こちらと同様に縦一列に並んでいる。
明かりをつけているので、当然ではあるが、見つかったらしい。とはいっても、ゴブリンは夜目がきくそうなので、洞窟で灯りをつけるのは定石だ。隠れる場所も少ないので、見つかるのは仕方がない。
「くるぞ」
事前の打ち合わせ通りに、変態は少し左側に立ち位置をずらしてから、剣を構えた。
僕はアーサーの右側に立ち位置をずらしつつ、槍を構える。
すると、先頭の一匹が飛び上がって、変態に棍棒で攻撃を仕掛けてきた。変態の胸のあたりまで跳躍している。頭を狙っているのだろう。
「ぐがあ!」
だが、変態は冷静に剣の腹の部分でゴブリンを叩き落す。
「ぐぎゃっ!」
一匹は倒した。だが、続けざまに、後ろの一匹は低い背を生かすように変態の足を、もう一匹は先頭のゴブリンと同様に跳躍して頭を狙ってきた。同時攻撃だ。案外、頭はいいみたいだ。
「ごあああ!」
「ぎぎゃあ!」
変態はそれを見越していたのか、下がった剣先を正面に向けるとタイミングを合わせて、踏み込みつつ、下から上に切り上げる。
ゴブリン二匹は同時に縦一文字に切られ、胸から血を拭きだすとその場に倒れ込んだ。
変態はやはりそれなりに強いようである。出番がなかったのは、良かったのか、悪かったのか。
「マサムネ。念のためにとどめを刺すぞ」
ロベルトさんの言葉に頷くと、僕は倒れているゴブリンの心臓、頭を槍で刺した。
「よし、次だ」
ロベルトさんの言葉に僕等は頷くと洞窟を進んでいく。
洞窟は静寂が支配していた。あれから五分程歩いたがゴブリンの姿は見えない。途中で分かれ道がないか、岩陰にゴブリンが隠れていないかなどを確認しながら、慎重に進んでいく。すると、遠目ではあるが、奥行きのある空間が見えてきた。
「打ち合わせ通り、人質を取っていたらアーサーの「強者の威圧」を許可する。あと、人質は気にしすぎるな。自分の身を守ることを一番に考えておけよ」
ロベルトさんがこちらに指示をする。
おそらくは、最深部なのだろう。事前に地図を呼んではいたが、緊張でどのような構造であったか、頭に思い浮かべられなかった。だが、ベテランのロベルトさんが言うのなら、間違いはないと思われる。
「了解です」
「分かりました」
僕とアーサーはロベルトさんの言葉に頷く。
洞窟の最深部に入ると、そこにはゴブリンが十匹ほどいた。ご丁寧にも隊列を組んでいる。頭の良い個体がいるのだろう。前の列には棍棒を持ったゴブリンが五匹おり、真ん中にぼろぼろの服を着た女性へ短剣を首筋に突き立てている個体が一匹いた。そして、後ろの列には弓を持ったゴブリンが三匹、さらに奥には木の杖を持ち、頭に派手な鳥の羽を束ねた飾りをかぶっている、派手な個体がいる。
女性は人質として扱うつもりなのだろう。また、派手な個体は魔法使いのようだった。ゴブリンの中には時折魔法を使う個体が入るそうだが、どうもこの個体は魔法使いのように見える。
洞窟の最深部は学校の体育館程に広く、槍を振り回すのに十分な広さを有していた。もしかしたら、昔、人が住んでいた、あるいは何か手を加えた場所なのかもしれない。
「アーサー、出番だ」
ロベルトさんが一言告げると、アーサーから以前感じた強い殺気のようなものがゴブリンに向けられた。
すると、人質を取っていたゴブリンが苦しみだす。他のゴブリン達はその様子を見て動揺を見せた。
瞬間、空を切る音が聞こえた。
ロベルトさんはゴブリンに接近すると、剣で切りつけて、女性を救出する。
ゴブリン達は唖然とした顔をしていたが、魔法使いの個体が杖をロベルトさんの方に向けて、「ごあ!」と叫ぶ。攻撃をしろという指示なのだろう。
他のゴブリン達は魔法使いの指示通り、注意をロベルトさんの方へと一斉に向けた。
それを見て、僕は隙だらけの魔法使いの個体に短剣を投げつける。
「ぎゃ!」
魔法使いは短剣を額に受けて、仰向けに倒れ込んだ。おそらくは即死したものと思われる。
「よくやった。ナイスコントロール」
再びゴブリン達が動揺している中、ロベルトさんは笑顔を向けながら、女性を肩に担ぎ、こちらに余裕をもって走ってきた。
女性は肩まで茶色い髪を伸ばした女性で、かなりの臭いを発しており、どのような扱いを受けたか想像ができない程に目の輝きも失われていた。ただ、涙を流し、息をしているので生きているのは分かる。
「あとはお前らで奴らを倒せ。俺はこの娘をここで守っているから」
ロベルトさんはそう言うと、女性をそっと降ろして「導きの光球」の明るさを増加させた。先程まで薄暗かった空間が昼間のように明るくなる。
「ごぎゃ? がが」
「がが、ごぎゃ」
ゴブリン達は魔法使いが倒されたことに大きく動揺しているようだった。おそらくはリーダーだったのだろう。明らかに浮足立っている。
僕は槍を構え、ゴブリンの群れの中へと先陣を切る。
「が!? ごぎゃー」
すると、弓を持っているうちの一匹が大声を上げてこちらを指差す。
他のゴブリンもその声に呼応して、こちらに攻撃を仕掛けてきた。
弓を持っているゴブリンは矢を手に取り、棍棒を持っているゴブリンは棍棒を振り上げてこちらに向かってくる。
「土よ。我が魔力を纏い、敵を妨げる壁となせ。土の防壁!」
弓のゴブリンの目の前に二メートルほどの土壁を作り上げた。
「ごぎゃ!?」
土壁の奥から困惑した声が響いた。
ゴブリンの背丈は一メートルもないので、これで少し時間が稼げるだろう。
「ナイスだ。マサムネ」
変態はそう告げると、そのまま正面のゴブリンを切りつけた。
ゴブリンの首が宙に舞う。ゴブリンの首が地面に落ちて、生々しい音が洞窟内に響き渡る。
「ぎゃ!?」
「ごがっ!?」
残った棍棒を持ったゴブリン4体は動揺したのか足を止めた。
すかさず、一番近くにいた個体の首を突き刺す。槍を引き抜くと、ゴブリンは悲鳴を上げることもなく地面に倒れ伏せた。これで残りは三匹。
「ふっ」
アーサーが剣を横一閃して、近くにいたゴブリンの首をはねた。残り二匹。
残りのゴブリンは明らかに戦意を失ったようで狼狽している。
罪悪感を得つつも、足を止めている個体の心臓を突いた。アーサーの方を見ると、頭をかち割られた個体が倒れ伏せた。これで、前衛のゴブリンは全滅した。
そして、土壁の方を向くと、弓を持ったゴブリンが顔を引っ込めたのが見えた。
「壁をしまえ」
「分かった」
変態の言葉に頷いて、土壁をなくす。
奥では弓を持ったゴブリン三匹が、向かい合って話し合いをしていた。すると、壁がなくなったことに気がついたのかこちらに顔を向ける。そして、数秒の沈黙が流れると、非常に動揺している表情になった。
「ふん」
変態は鼻を鳴らしながらゴブリン達に歩み寄っていく。
それに僕も続いた。
ゴブリンは三匹ともすでに戦う意思を失くしたようで、弓から手を離して、全員で抱き合いながら肩を震わせていた。
これから起きることを理解しているようだ。何だか、後ろめたさを感じてしまう。
「お前、まだ、こういう奴らを殺したことはないのか?」
変態が言う。
どうやら、表情に出ていたようだ。
「うん。さっきは戦闘の流れであまり意識していなかったけど、こう怯えられると」
「そうは言うが、さっきの女性はこいつらにひどい目にあわされたんだぞ」
「でも」
「あと、こいつらを生かしておけば、今後も被害者が増える」
アーサーは剣を上に構えるとゴブリン一匹の頭を両断した。
それは悲鳴を上げることもなく、血しぶきを上げながら、地面にうつ伏せに倒れた。そして、残りの二匹の悲鳴が洞窟に響き渡る。
二匹は鳴き声を上げながら、死体を揺すっていた。
気分がひどく悪いが、その光景に目が離せない。
すると、一匹がこちらを睨みつける。そして、憎悪に染まった瞳を向けながら、腕を振り上げて飛びかかってきた。
「ふん」
アーサーは僕の前に出てくると、握っていた剣を下から斜め上に振り上げる。
「ぎゃー!」
悲鳴が洞窟内に響き渡る。そして、地面に落ちたゴブリンの頭を剣で突き刺した。
「これで、借りは一つ返した……あと、最後の一匹はお前がやれ。今後も冒険者をするなら誰もが通る道だから、これが出来ないようなら冒険者は諦めろ。さもないと、お前以外の人が死ぬことになるかもしれない……って、これは、ロベルトさんから言われたんだけどな」
アーサーの表情を見ると、いつもの強気な顔の中に複雑な思いが渦巻いているのが見受けられた。
最後に残ったゴブリンに視界を移すと、地面に尻もちをついて失禁していた。
視線が合うと、恐怖の色が瞳に浮かんでいるのが分かる。こんな状態なら殺さなくてもよいのではないかと一瞬考えてしまう。だが、今後も人間を襲う可能性もあるかもしれない。だけど、襲わない可能性だって……
「お前がやらないなら、俺がやる」
アーサーが真剣な表情で肩に手を置いた。
僕がやらなくても、アーサーがゴブリンを殺す。
「僕は……」




