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「引っ越し」

 ギルドでの仕事を終えて宿に戻ってくると師匠が受付に座っていた。


「お、戻ってきたな」


 師匠は立ち上がり、受付の横にある通路から出てくると、ゆっくりと歩きながら僕の元へと向かってきた。


「いい話と悪い話、どちらが聞きたい?」


「悪い話からでお願いします」


「即答するの。まあ、ええじゃろう。先ずは「猫」の話だが、デュマの奴、まだ帰ってきていないらしい」


「え?」


「そんなに遠くまで行ったわけではないらしいが、今日帰らない場合は連絡がいくことになっていたそうじゃ。もしかしたら、何かあったのかもしれん」


「そんな……大丈夫なんですか?」


「まあ、奴もそれなりの場数を踏んでいるからそこまで心配していないんだが、それでも年を取ったし、もしかしたらひょっとするかもしれないと思っておる」


 自分が雪山で遭難して死んだことを思い出す。地球ではレスキュー隊とか出るが、この世界ではどうなのだろうか?


「うん? やけに心配しておるの、大丈夫か?」


「えっと、捜索とかは行われないんですか?」


「明日になっても帰ってこなかったら、デュマの使用人が捜索隊をギルドに依頼するかもしれないな。ただ、今日は何もすることはないだろう」


「……そうですか」


 不安が心の中で渦巻くのを感じる。


「まあ、今日は暗くなったし、もうどうしようもない。次にいい知らせだが、先ずは寄生草のつるが手に入ったぞ。ちょっと、待っておれ」


 師匠は受付に戻ると受付テーブルの下に消える。少し待つと、つるの入った透明なガラス瓶を持ってきた。ガラス瓶の中には新鮮な状態を保つためなのか、透明な液体もつるの半分ほどの高さに入っている。


「これが寄生草のつるですか」


 寄生草のつるは、小学生の時に育てたアサガオのつるを更に細くしたものに見える。なるべく細いものをリクエストしたので通常のものはもう少し太いのかもしれない。


「注意点としてはきちんと手袋や器具を使って扱うことだな。まあ、今回はお前さんが扱う訳ではないから大丈夫だろうが。そういえば、どうする? 儂が預かっておくか?」


「そうですね。そちらで預かってもらった方が安心かもしれません」


 僕は師匠に寄生草のつるを返す。


「あと、次のいいことだが宿が空いたと連絡があった。今日からはあちらの宿に泊まるといい。部屋を一つ空けておいてくれるそうだ。あと、一応言っておくが、槍の修業の方は平日の夜にきちんとくるようにしろよ。エレナが寂しがるからな」


「はい」


 予想はしていたが今日この時をもってこの宿を去ることになり、それまでの思い出が頭の中を駆け巡る……師匠は気に食わないからと言って道端で襲撃してくるカスだった。ソフィアは一見して可愛い若女将だったが結局はゴルサン狂信者だった。珍獣は……ゴルサン狂信者ではあるがましな方だったかな。リンダ様は語るべくもない……あれ? むしろホテルゴンダで合わなくなるわけだから、メリットの方が多いのではないだろうか。ピッポさんは……あかん、あちらの宿に移動したら忘れてしまいそうだ。最重要なエレナさんは唯一の心のオアシスで、これからもしばらくは心のオアシスになるだろう。あの抱き心地は決して忘れない。あと、ソフィアの豊満な香りも忘れることは……


「お前、変なことを考えていないか?」


 気がついたら口の端からよだれを垂らしそうになっていた。おっと、表情もだらしなくなっている可能性がある。真面目な紳士な顔に切り替えよう。


「いえ、ここを去ることになり思いをはせていたところです」


 顔が引き締まるように意識をして、僕は返事をした。


「まあ、きちんと槍の修業にくるのなら、これからも通い詰めることになるからそんな深刻になる必要もないのじゃが」


「まあ、確かにそうなんですが……何ていうか、ノリみたいなものです」


「ノリねえ……老人には堪える言葉じゃのう。まあ、マリオの宿はすぐそこだし、あちらの宿で夕食を取ったらもう一度来るといい。修業してやるから」


「はい。あ、桶とか干してあったシャツとかだけ回収しないと……」


 僕は庭に乾かしておいた桶やシャツを回収しにいく。そして、忘れ物がないか確認をした後にソフィアと師匠に挨拶し、そのまま新しい宿へと向かった。ソフィアが僕よりも鞄を見ながら涙ぐんでいたのは見なかったことにしよう。


 新しい宿は反対側に建っているゴルサンの眉毛2号店の横にある脇道を通ればいい。エレナさんに案内してもらった時は馬小屋や個室のない安宿も見たかったので、入り口側の治安が悪い場所から入っていったが、安息日でなく人通りの多い今の時間ではガラの悪い奴に因縁をつけかねられない。寄り道はしないようにしよう。


 ホテルゴンダを出て、ゴルサンの眉毛2号店の横にある脇道を通り、左に曲がるとすぐにマリオさんの宿はあった。素早くマリオさんの宿へと入る。


 受付では肩ひじをついて、眠たそうな表情をしているマリオさんがいた。


「おっ、来たか。えっと、マサムネでいいんだよな」


「はい。今日からよろしくお願いします」


 僕はマリオさんに頭を下げる。そして、鞄から銀貨を2枚取り出して渡す。


「とりあえず、3泊分でお願いします」


「はいよ。じゃあ、銅貨10枚のおつりだ」


 僕は銅貨10枚を受け取ると鞄の中にしまった。やはり、値段が全く違う。ホテルゴンダの面々には悪いが同じ値段で3泊出来ておつりまで戻ってくるのはありがたい。


「部屋は上がってすぐ右に曲がれ、すぐに201号室が見える」


 マリオさんの差し出した鍵を僕は受け取る。鍵には201と記載している木の札のキーホルダーがつけてあった。


「あの、お風呂はありますか?」


「風呂ならうちの隣に公衆浴場があるからそこを使ってくれ。えっと……うちに泊まっていると無料になるから、これを使いな」


 マリオさんが受付の机から木の札を取り出し、僕に手渡す。木の札には「旅宿・タンポポ」と刻まれていた。


「これを見せれば無料で入れる。あと、うちの宿の食堂で利用すれば銅貨1枚割り引くから良ければ利用してくれ」


「分かりました。ありがとうございます」


 僕はマリオさんに会釈をすると、受付のすぐ脇にある階段を上り、右に曲がった。マリオさんの言った通り、そこには201号室の部屋があった。ドアノブに手を伸ばして鍵を開け、ドアを開く。


「……うん。まあまあの部屋かな」


 部屋の中は値段が安くなっただけあって、ホテルゴンダより一回り小さい部屋だった。木でできたベッドの上には簡素なシーツと硬そうな枕がある。また、他にあるものと言ったら簡素な椅子とテーブルだけだ。


「まあ、あまり期待していなかったし、あまり寝ないからこれで十分かな」


 僕は荷物をテーブルの上に置いて硬いベッドの上に寝転んでみる。ホテルゴンダの布団と違い背中に硬い感触がしっかりとある。地球にいたころなら、ここで寝たら確実に背中が痛くなると感じる。


「まあ、さっさと風呂に入って、夕食を取るか」


 僕は宣言通りに風呂に入って、夕食を取るとホテルゴンダへ槍の修業に向かった。そして、槍の修業が終わると魔法の修業を行い、いつもの日課をこなすのであった。


久しぶりの投稿です。待っていた方がいたら、すいませんでした。

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