この世全ての理不尽に鉄槌を!
おじいさんが謎の発狂をしながら消失してどの位たったのだろう。暇だったので、僕は筋トレを始めた。何故、筋トレかというと他にすることがなかったのである。
僕は今白いローブを着ている。だが、他に持ち物もない。ここではお腹は減らないし、汗もかかず、何故か疲れない。なので、とりあえずはその場でできる筋トレ……腕立て、腹筋、全力50mダッシュなどをひたすら繰り返していた。
「やっぱり、大体50m位か」
一周約50mの円状の透明な壁がこの場所にはあるようだった。ちなみに調査方法は着ていたローブを地面に目印に置いてからの歩幅での測定である。尚、この透明な壁は押したり、蹴ったりしたのだがびくともしないのでこの場からの脱出は不可能だと思う。
時間を測る方法がないので、おじいさんが消えてからどの位たっているかはわからない。だが、感覚的には少なくとも3週間以上は経過していると……思う。自信はないけど。
「ま……あれ? ……どこだ? おーい! 待たせたな! こっちに来い!」
おじいさんが戻ってきたようだ。声のした方を向くと円状の透明な壁の中心付近に元気に手を振っているおじいさんがいた。
僕は全力50mダッシュ中で透明な壁に近い場所にいたので急いでおじいさんの方へと向かう。鍛錬の成果なのか一瞬でおじいさんの元に辿り着いた。
「……おぬし、今、一瞬でここに到着しなかった?」
おじいさんはきょとんとした表情で僕に言う。
おじいさんの禿げた頭の上に金色の輪が浮いている。おそらくはビッチから取り返したのだろう。良かった。話が進むと僕は思う。
「死んでいるからですかね? なんか、筋トレをひたすらしていたらできるようになりました」
僕はおじいさんに正直に答えた。
「ちなみに……いつから筋トレをしている?」
「おじいさんが消えてからずっとです。何故か疲れないので」
僕はおじいさんに正直に答える。
「ずっと!? ……というと。1万2000年も!?」
「1万2000年? 3週間くらいでは? ははは」
僕はおじいさんの冗談に笑ってあげた。
「いや、儂はビッチをきっかり1万2000年追っていたから分かる。ちゃんと週休2日制の8時間労働で1日1回は家に帰っていたからな。それに毎年のバカンスだって1万2000回消化したことは覚えているから確実じゃ」
「えっと。いや。そんなこと言われても……」
「まあ、待たされすぎて時間間隔がマヒしているのかもしれんな。気にすることはない。すぐに転生するのだし」
「転生? 漫画とかによくある?」
「ああ、儂の事情で1万2000年も待たせたのだから、特別に好きな世界に転生させてあげよう」
「……えーと、一応聞きたいのですが、拒否権とかはないですか?」
僕は鍛え上げたこの力を惜しんで駄目元で聞いてみた。
「駄目じゃ」
おじいさんはきっぱりと答える。
「うーん。好きな世界か……」
僕は生きている時に憧れた剣と魔法のファンタジックな世界、SF的な銃と魔法が使える世界、そして元々生まれついた21世紀の地球などを思い浮かべる。
「そうですね……隙あり」
何となく今の実力を試したくて、隙だらけだったおじいさんのお腹を全力で殴った。
おじいさんは刹那に透明な壁にぶち当たる。
透明な壁はとても頑丈でおじいさんを受け止めた。やはり透明な壁は今の僕の力では破れないらしい。やはり透明な壁は凄い。
僕はおじいさんの元へ急いで向かう。
おじいさんは神様と名乗っているだけあってやはり強いようだ。服は破れていたがお腹に傷はついていないようだった。また、僕のことをこの世全ての怒りを集約したような鋭い瞳で瞼を大きく広げて睨みつけている。そして、眼球が破裂しないか心配な程血走っていた。
「はあはあ。よくも……よくも!」
おじいさんがふらつきながら立ち上がった。怒りによるものか小刻みに震えている。
そして、僕は同時に気がついた。おじいさんの頭の上から金色の輪が無くなっていたことを。地面を見ると砕け散った金色の破片が散らばっていた。
「よくも。儂の頭のアレを砕いてくれたな!」
この世全ての理不尽に訴えかけるような雄叫びが世界に響き渡る。そして、おじいさんの額に「この世全ての理不尽に鉄槌を!」という文字が浮かび上がる。おじいさんの怒りは頂点に達しようだ。心なしか立ち上る金色のオーラが見える。
僕は調子に乗りすぎたと思い、その場で土下座の上位技である頭倒立(手を使わない頭だけでの逆立ち)をした。
「すみませんでした!」
僕はおじいさんに僕の用いる全てを使って謝った。